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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
最終章・前編

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◆第175話◆ 『宝石級美少女には理解してもらいたいです』


 それから少々時間は経ち、すごろくも中盤戦。今は庵が若干リードを取っているが、まだ勝負がどう転ぶかは分からない。そしてサイコロを振るたびにやらされるお題の内容も、子供向けゲームとは思えないほどに過激なものが多く、2人はヒヤヒヤさせられていた。


「――”一番近くのプレイヤーの膝の上に座る”って書いてあります」


「琥珀が、俺の上に。おぉ。ふーん。あ......じゃあ、どうぞ」


 琥珀の読み上げたお題に対し、澄ました様子で頷き、正座をする。内心、琥珀と密着できることに飛び上がるほど喜んでいたが、それを表に出したら気持ち悪がられること間違いなし。しかし、余裕を気取りすぎると逆に琥珀の機嫌を損ねてしまうことに庵は気づけなかった。


「なんですか。”ふーん”って。私は全然”ふーん”ってならないんですけど」


「いやだって、ここで琥珀に座られるの嬉しいとか言い出したらキモいじゃん。いや、キモいっていうか、キモいのもそうだしMって勘違いされそうってかなんというか......」


「......」


 ごちゃごちゃ言い訳をするも、琥珀には興味なさそうに視線を逸らしてしまう。それを見て、庵は自分のキモさに更に拍車をかけてしまっただけだったと今更後悔した。


「じゃあ座ってもいいですか、庵くん。ルールはルールなので」


「おっ...け。俺は正座してたらいい?」


「それ辛くないですか?」


「1分くらいなら耐えれると思う。多分」


 そうして、庵はその場で正座の体制を取る。久しぶりに正座をしてみたが、想像以上に足から違和感が訴えられ、ここからの展開が急に不安になった。


「......いきますよ」


 庵の準備は万端、琥珀がその場から立ち上がり、庵の眼の前に立った。正座する庵を、琥珀は少し困った様子で見つめる。


「......どういう状況ですかこれ」


「それ言うの今日2回目だぞ」


 そして琥珀は庵の膝の上に腰をおろした。その瞬間、庵の膝には柔らかな感触――ではなかったが、確かな小さな重みと、人の温かさが伝わった。今日の琥珀はカーゴパンツを履いているので、イマイチ感触が分からないのは残念だったが。


「い、一応念のために聞いておきますけど、重くないですよね??」


「そんな圧かけて言わなくても、全然重くなんかないよ。俺の心は緊張で押し潰れそうだけど」


 自分の体重を心配しながらも、恥ずかしそうにそのままの体制でしばらくジッとする琥珀。庵も琥珀がどかない限り動けないので、しばらくはこのままにしておくことに。


 だが、ここで庵側に、不可抗力としか言いようのない問題が起きる。


「――ちょ、琥珀さん。あ、あのなんですけど」


「はい?」


「ちょっと密着しすぎっていうか......いや、その待って。マジで、やばい。今日の俺のズボン、生地がめっちゃ薄くてっ」


「何を言って......」


 突然挙動不審になりだす庵に、琥珀が整った眉をひそめる。しかしそれも一瞬。今、椅子として琥珀が座っている庵だが、急におかしな感触が琥珀のお尻あたりに届いて――、


「え。――きゃあぁっ」


 その違和感の正体に気づいた瞬間、琥珀が甲高い悲鳴を上げながら、直ぐ様庵から飛び退いた。そうして、若干涙目になりながら琥珀が再び庵の方を振り向く。


「違うんだよ琥珀! いや違わないことはないんだけどっ。これ、ほんと俺じゃどうしようもないの! 男の生理現象なんだわ!」


 脳ではダメと分かっていても、本能には抗えない。庵は空気を読めても、庵の息子は空気を読めなかった。


「しし、知りませんよっ。と、突然なんなんですかっ!? ほ、ほんとにっ」


 そしてやらかした庵すらも驚くほどに過剰反応する琥珀。まだ純粋かつうぶすぎるが故、反応に困っているのだろう。 


「そんな慌てなくても、俺は今は琥珀のことそういう目で見てたりしないから! これはマジで!」


「はっ。い、今はって、なんですかっ。今はって! 今以外、私のことそんな目で......っ」


「そりゃ、見ることもあるってっ。男なんだし、仕方ないだろっ」


「っ。ま、まぁそれは理解できるんですけどっ。でも、仕方ないとかじゃなくて、その......」


 庵の言葉になにか反論をしたそうな様子だが、自分の想いをうまく言語化できないようで手をアタフタさせながら言葉を詰まらせている。そんな可愛い彼女に対し、庵は一度深呼吸をしてから、姿勢を正して向き合い直した。


「でも、常に変なこと思ってるわけじゃないし、思ってもそれを直ぐ行動に移したりしないから。エッチなことは禁止って、だいぶ前にルール決めただろ。あ、あれっ、俺ちゃんと守ってるぞ!」


「あっ......そういえば、ありましたね、そんなルール。でも庵くん、この前急に私にキスしてきたじゃないですかっ」


「あれがエッチ判定なら俺もう何も言い返せねぇよ......」


 恋愛感情ゼロの付き合いたての頃に決めた懐かしのルールを引っ張り出す。しかし、すぐに予想外の反論を喰らい、庵は天を仰いだ。


「......」


 そんな庵を見て、いつの間にか冷静さを取り戻した琥珀。口元を隠しながら、頬を赤らめ、しばらく沈黙する。


「......キスは、そうですね。エッチではない...かもしれないです。ごめんなさい」


「お、おぉ。そうだよな。安心した」


「......」


「あれ、琥珀?」


 さっきまではもの凄い勢いで庵を睨みつけていたのに、急激にその勢いが萎れていく琥珀。庵の言葉が腑に落ちたのか、それとも一周回って冷静になったのか。庵も早る鼓動を落ち着かせながら。琥珀の次の言葉をゆっくり待つ。


「――そうですよね。私が男性を理解してないだけで、過剰に反応する方がおかしいですよね」


 星宮琥珀にとって、天馬庵は初めての彼氏。初めての恋愛であり、何もかもが手探りだ。だから、まだお互いの事情を理解しきれていないのは当然のことである。


「いや、おかしくはないけど......俺も実際悪い部分はあったし......ああクソ、気まず」


「気まずいとか口に出さないでくださいっ。そんなの、いつものことじゃないですか......」


 いつものことなんて言われて、庵は場違いにも少し笑いかけてしまった。確かに、いつも何かしらのハプニングが起きて、気まずい空気になっている。それも毎回多種多様なバリエーションがあって、この空気にはいつまで経っても慣れる気がしない。最早、それが心地良いと思えるくらい、当たり前の光景になってきた。


「......このすごろく、もうやめときますか」


「え?」


 庵から視線を逸らし、ぼそりと呟いた琥珀。見覚えのある流れだ。まだ約束の時間までは少し余裕があるが、この空気のまますごろくを続行するのはお互い心苦しい。


 でも、この空気のまま、せっかく琥珀が持ってきてくれたすごろくを終わらすのも納得いかなくて――、


「じゃ、じゃあ、あと1ターンだけ! せっかく琥珀が持ってきてくれたんだし、俺もできる限り楽しみたいからっ」


「あっ、はい。分かりました。じゃあ、サイコロどうぞ」


 琥珀に頼んで、突如始まるラストターン。庵は祈りを込めて、手中のサイコロをテーブルに転がした。


「よし、これで最後。――6か」


 ここに来て最大値を引き当て、琥珀のコマを追い越す庵。そして止まったマスに目を通す。


「えーっと、”一番近くのプレイヤーに乳首当てゲー”......」


「――」


「よし、やめよう」


 このすごろくの制作者に悪意があるのか、それともただ庵たちの踏むマスの運が悪いのか、短時間でかなりの波乱を巻き起こしてくれた。やはり、庵の悪い予感は的中してしまったのだ。そうして、今回もまた前回の人生ゲームに続き、勝敗は有耶無耶となったまま幕を閉じるのであった。





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