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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
最終章・前編

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◆第174話◆ 『宝石級美少女とポッキーゲームをしました』


 銀色の袋を破ると、見慣れた黄色いクッキー部分があらわになる。一袋に七本。コスパもよく、気軽に食べられ、そしてとても有名なお菓子。それがポッキーだ。


 ポッキーを袋から一本取り出した庵は、それを食べるわけでもなく、おもむろにジッと見つめる。庵の隣にちょこんと座り直した琥珀は、どこか落ち着きのない様子でソワソワとしていた。


「食べ物で遊ぶのはダメって、お母さんに昔からよく言い聞かせられてたんですけど」


「えっ......じゃあ、やめとく?」


「いやそれは.....や、やめたらルール違反です。あ、あとこれは遊びじゃなくて”本気マジ”なので」


本気マジのポッキーゲーム......」


 遊びだろうがマジだろうが結局内容は変わらない。琥珀は頑張って冷静を装おうとしているが、どうしても隠しきれないようで何度もチラチラと庵の方を見てくる。無論、庵も内心まったく穏やかではないが。


「ポッキーゲームって、あれだよな。2人でポッキー咥えて、先に口から離した人が負けっていうやつ」


「そう、ですね。ほんと、一体誰がそんな遊び考えたんですかね。なんか、すごく下品です。みんなに愛されてるポッキーがそんな使われ方しているのは、私、ちょっと許せないですよ」


 念のためにルールを確認したら、肯定に加えて、整った眉をムッとさせながらポッキーを語る琥珀。言っていることは共感できるのだが、そんなことを言われたら、今ポッキーを手にしている自分がすごく申し訳なくなってしまう。


「えっと、そんなに言うなら、やっぱりやめとく?」


「......やめるのは違います。別に、庵くんとなら嫌じゃない、ので。まぁ、一回くらいなら。今回限りの、一回です」


 恥ずかしそうに視線を逸らしながら、人差し指を立てて「一回だけ」を強調する琥珀。どうやら一回だけならセーフ判定らしい。そしてさりげなく庵となら嫌じゃないと言ってもらえ、内心で飛び上がるほどに嬉しかった。


「あ、ありがとう。俺も、琥珀となら......」


「ん......」


「じゃあ、まぁ、さっさとするか......」


 いつまでもグダグダ話してても仕方ない。それにまだすごろくゲームは序盤。ここで足踏みしていたら日が暮れてしまう。今日はまだこれ以外にも予定があるので、テンポ感が重要だ。


(――どっちも離さなくてポッキーゲームが二回目のキスとかになったらどうすんだ。やばい、めっちゃ緊張してきた。当たり前だけど、俺ポッキーゲームなんて初めてだからなぁ)


 いろいろ考え事をしながら、庵はポッキーのクッキー部分の先を、噛み砕かない程度の力を込めて、口に咥えた。そして顔を上げ、正座する。目の前で女の子座りする琥珀と、目が合った。


「ど、どういう状況ですかこれ」


「......」


 客観的に見て異様な光景に、思わずツッコミを入れてしまう琥珀。こういうゲームは正直ノリと勢いなので、冷静になってしまうのはよくない。


「......じゃ、じゃあ、私も咥えればいいんですね」


 そう言い、身長差の関係で少しだけ腰を上げた琥珀が、庵の咥えるポッキーの先端に視線を下ろす。それを桜色の唇が包む前に、雪色のセミロングヘアを耳にかける。いつ見ても、目を奪われる仕草だ。


(な、なんなんだこの状況。気まず、死ぬ)


 庵まで冷静になってしまい、張り詰めた空気になる庵の部屋。


「.......ん」


 そしてついに、琥珀の桜色の唇が動き、優しく、包み込むように、庵から見て反対側のポッキーを甘噛みした。その小さな反動が庵側にも伝わり、こんな感覚なのかと更に動揺が大きくなる。そして、琥珀の咥えるまでのゆったりとした仕草が、庵の心をざわつかせ、思考が停止させた。


 今、眼の前のポッキーは2人の口だけで支えられている。


(落ち着け、俺......っ)


 そして、ただ琥珀がポッキーを咥えてるだけなのに、良からぬ妄想が捗ってしまった。


「――」

「――っ」


 目が合った。恥ずかしそうに直ぐ側でポッキーを咥える琥珀。可愛い。可愛すぎる。

 今から、これを2人で少しずつ食べて、そして最後には――、


「――あ」


 瞬間、庵側のポッキーが音も立てずに折れた。折れた部分が粉になってポロポロと床に溢れ、宙を舞う。突然の出来事に、琥珀は残ったポッキーを咥えたまま、ぽかんと目を丸くしていた。


「え?」


「くっそおおおおおっ。何やってんだ俺ぇぇぇえええ」


 スタートラインに立った瞬間、勝手に敗北した庵。敗因は確実に、目の前の琥珀にある。ポッキーを咥える琥珀に目を奪われた、そして動揺した。あまりにも情けない敗因だ。琥珀が困惑しているのも頷ける。


(......俺、絶対早漏じゃん)


 大げさに床に両手を付きながら、”ポッキーを咥える琥珀”に欲情した情けない自分を嘆く。せっかく琥珀とポッキーゲームができたのに、これでは台無しだ。


「――」


「......なんだよ」


 悔しさに落ち込んでいると、琥珀が屈んで横から庵の顔を覗いてくる。そして小悪魔のような笑みを浮かべながら、折れたポッキーの断面を庵に向けて――、



「私の勝ちーっ」



 ニッと、太陽よりも眩しい笑みを貼りつけ、嬉しそうにからかってくる。そんな無邪気な様子に庵は心臓をどきりとさせ、無意識に頭をポリポリと掻いていた。男は単純なもので、”女の子の嬉しそうな顔を見る”という、たったそれだけのことで、敗北の余韻もすっかり消え去ってしまう。


「――まぁいいし。目的はこのすごろくで勝つことだからな。次は負けないから」


「庵くん、私に勝てるんですかー?」


「勝てるわっ! 俺はまだ本気出してないだけだからっ」


「えー、ほんとですかねー」


 先程の庵の無様な敗北が見たせいか、少しからかい口調になる琥珀。無論、先程の敗北は事故でもなんでもなく、庵がただ情けなく敗北しただけなので、反論の余地もない。


「ふふっ」


「な、何笑ってんだよ」


「いや、さっき庵くんがすぐにポッキー折ったのがまだ面白くて、つい。ふふっ」


「.......」


 口元を手で隠しながら、くすくすと思い出し笑いをする琥珀。笑いの理由を知り、庵の体は途端に熱くなる。琥珀にここまで馬鹿にされるのは、正直初めてだ。今まで感じたことのない恥ずかしさと、ちょっとした嬉しさが同時に湧き上がってくる。


「マジでさっきのは忘れてくれ。こっからだからっ。こっから俺、名誉挽回するからっ」


「はいはい。かっこいいところ見せてください庵くん」


「......っ」


 まだ馬鹿にされてるかもしれないけど、そんなこと言われたら頑張るしかない。まだすごろくは序盤。ここからの立ち回りで、先程の失態を帳消しにしていこうと庵は意気込んだ。

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やーいへたれの庵ー!一生尻に敷かれてろ!
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