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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
最終章・前編

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◆第169話◆ 『宝石級美少女の私服は可愛いです』



 ――北条の死から一週間が経った。


 いつの間にか月日は流れ、別れの季節である3月に突入している。まだまだ冬の寒さは顕然だが、時々、暖かな春風が吹いてくるようになってきた。庵たちも、もうすぐ高校二年生だ。


「――おつかれー、庵先輩。いっしょ帰ろ」


「琥珀に見つかったらまた面倒なことなるから断る」


「今日は見つかる心配ないでしょ」


 バイト帰り。仕事を終えた後、素早く着替えをして、最速でコンビニを出たはずなのだが、後ろから追いかけてきた後輩に絡まれてしまった。


「てか、いつの間に下の名前呼びになったんですかー。馴れ馴れしいぃ」


「お前に関係ないだろ。てか、下の名前で呼び合おうって言い出したのは琥珀の方だし」


「うっわ。そういうこと言っちゃうの男として普通に最低だよ、庵先輩。”別に俺はそのつもりなかったけど、彼女が言うから仕方なく?”的なさぁ、保険かけてる感がパなくて情けないわ」


「......くそ、正論だな。ごめん」


「いやアタシじゃなくて琥珀ちゃんに謝れよ」


 変なプライドを持って反論をしたら、案の定痛いところを疲れて凹んでしまう。これだから、庵は愛利とは二人きりであまり関わりたくないのだ。できれば、今すぐにでも愛利から離れたい。これでは早くコンビニから出た意味がなくなってしまう。


「まぁ、そんな話はどうでもよくてさ。アタシ、今から琥珀ちゃん行くけど庵先輩も来る?」


「行くわけ......え、琥珀の家?」


「ははっ。目の色変えて草。そうそうアンタがだーいすきな琥珀ちゃんの家」


 突然の愛利の誘いに、庵はぴくりと肩を跳ねさせた。


 まさに棚からぼた餅。琥珀の家なんて滅多なことがなければお邪魔することができないので、庵からしたら降って湧いた幸運。普段だったら、断る理由なんて勿論ない。


「え。行っていいなら、じゃあ、俺も――」


 庵は直ぐに返事を返そうとするが、ギリギリで踏みとどまった。一つ、見過ごせない懸念点があったことを思い出したのだ。


「......琥珀、今落ち込んでるはずなんだよ。そんなときに会いに行っていいのか?」


 そう。琥珀は今、落ち込んでいる。病んでいるとまではいかないが、少なくとも、友達と遊んで心から楽しめる状態ではないのは確かだった。


 だが、そんなことは織り込み済みとでも言わんばかりに愛利は得意げな顔をする。


「もう既に琥珀ちゃんからLINEで許可取ってまーす。てか、落ち込んでいるからこそ会って、励ましにいくんでしょうが」


「......なるほど。それもそうだな。てか、それ目的?」


「まーそんなとこ」


 庵は、琥珀の心の整理がつくまで下手に刺激せず、様子を見ておくのがベストと考えていた。しかし、愛利の言っていることも一理ある。庵たちが巧い具合に琥珀を励ますことに成功すれば、琥珀のメンタルの回復は早まるだろう。失敗すればただのおせっかいになってしまうが。


 と、都合の良い建前を心の中で作り、自分を肯定しておく。


「てわけで、行くぞ庵先輩。琥珀ちゃんを励まそうの会開催!!」


「おいっ、ちょっと待てよっ」


「GO!」


 半ば強引に庵も同行することが決定し、2人揃って琥珀の住むマンションに向かう。庵は表面上渋々といった様子を醸し出していたが、心のなかでは琥珀の部屋にまた行けることに愛利以上にワクワクしていた。



***



 ――午後6時。


 日がすっかり沈んだ頃に、琥珀のマンションに辿り着いた。愛利は琥珀のマンションは分かっても、部屋までは分からないらしい。庵が案内すると、不満そうな顔をされてしまう。素直に感謝すればいいのにと思うのだが。


「――琥珀ちゃーーーん。開けてーーーーー」


「なんでインターフォン押してんのに呼ぶんだよ......」


 二度手間で近所迷惑な愛利に、庵は若干引いてしまう。愛利は傍から見れば容姿が完全に不良なので、下手に誰かに見られれば良からぬ勘違いを生んでしまいそうだ。


「――」


 そして数十秒後、扉の奥から足音が聞こえてきて――、


「......こんばんは」


 扉が僅かに開いて、そこから琥珀が顔だけ出して挨拶をしてくれた。ちょっと気まずそうだ。


「やっほ! 来たよー、琥珀ちゃん。歓迎してくれる?」


「しますけど、もうちょっと静かにしてください。私の部屋の近く、気難しい人が多くて――って、え?」


 騒がしい愛利に琥珀が苦言を溢そうとするが、途中で庵と琥珀の目が合った。その途端、分かりやすく琥珀が驚いた反応をするので、庵は「よっ」と小さく手を上げる。


「な、なんで庵くんも居るんですか」


「それは――」

「アタシが琥珀ちゃんの家に行くって言ったら、「俺も行きたい!」って庵先輩がしつこくてさぁ。だから仕方なく連れてきた感じ? ほんと、マジごめん琥珀ちゃん!」

「お前マジふざけんな」


 庵が説明しようとするも、愛利の横槍でかなり事実と反する説明が琥珀に伝わってしまった。さすがに愛利の冗談とは察してもらえたようで、琥珀は苦笑いしていたが。


「庵くんなら別にいいですけど......庵くん久しぶりですね。えっと、会うのは一週間ぶりですか?」


「そう、だな。あの日以来だな」


「あの日......」


 一週間前の、あの日。思い返されるのは、一つしかない。それは北条との戦いでもなく、琥珀の部屋にお邪魔したことでもなく、はたまた琥珀が大泣きしたことでもなく――その一日の最後、琥珀とのキスだった。


「ぐぁっ......っ!」

「......」


 実はあの後、庵は遅れて自分のしでかした事の大きさに気づき、一人で悶え、暁にまで通話をかけてまで相談をしていた。そしてそれは琥珀も似たようなもので、庵とのキスが頭から離れず、定期的に記憶がフラッシュバックしてベッドに倒れたりしている。


 途端に気まずく感じて庵が硬直していると、琥珀が手招きしてきた。


「......庵くん。あのことは、二人だけの秘密ですからね」


「も、もちろん」


 こっそりと恥ずかしそうに耳打ちしてくれ、庵の緊張は限界突破しそうになる。


(俺、あの星宮さんとほんとにキスしたのか......?)


 庵の脳内に色濃く残っているキスの記憶。あれから一週間立って、その間普通にLINEでやり取りもしていたが、いざこうして実際に会ってみると急に実感が湧かなくなる。どんな奇跡が起きればこんな可愛い子がキスに応じてくれるのだろうか。否、応じてはいなかったが。


「あっ。てか、普通に歩けるようになったんだな。心配してたし、良かった」


「そうなんです。だいぶ傷も傷まなくなってきました。まだ濡れるとちょっと滲みますけど」


「そっ、か」


「心配してくれてありがとうございます。庵くん」


 いつの間にか松葉杖生活を終えていた琥珀。その事に遅れて気づき、庵は安堵の吐息を漏らす。琥珀も気づいてもらったのが嬉しかったのか、先程の照れの表情は消えて嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「あのー、二人だけでコソコソ喋らないでもらっていいですかー? ハブられてる感じして腹立つんだけど」


「あっ、ごめんなさい。2人とも入っていいですよ」


 隠そうとする様子もなく舌打ちをしてきた愛利に対し、琥珀が慌てて玄関の扉を人が通れる程度に開いてくれる。気持ちは分からなくはないが、そんな分かりやすく態度には出さないでほしい。これでも愛利は丸くなったほうだと思うが。



***



 琥珀の部屋。

 女の子らしい部屋といえばらしい部屋なのだが、部屋にこれといった特徴をなく、あまり個性を感じられない。良く言えば、すごくシンプルで大切に使っているというのがよく分かる内装だ。


「――怖いですよ。自殺じゃなくて、他殺って。いろいろと急すぎて、全然頭の中整理することができないです。だって、そんなの現実味がなさすぎるじゃないですか.......」


「うんうん。気持ちは分かるよ、琥珀ちゃん。そりゃあ、つい昨日まで話してたやつが急に死にましたとか言われたらビビるわ。いや冗談きつすぎってね」


「それに犯人もまだ分かってないみたいですし、身近に殺人犯が居るかもって思うと怖くて......」


「あー、それはアタシもそう。あの害虫男に恨みがあるやつなんて結構限られてくるからねー。普通にアタシの知り合いに犯人が居てもおかしくない」


「......そんなの、考えたくもないです」


 琥珀は神妙な面持ちで今の心境を愛利に話し、それを愛利は真面目(?)に親身に返している。話の内容に大して愛利の対応は軽すぎるかもしれないが、今の落ち込んだ琥珀の状況を打破するためにはある意味有効なのかもしれない。


 その間、庵はというと――、


(――ヤバい。琥珀の私服可愛い。すごい俺好みだ)


 琥珀の私服に目を奪われ、2人の会話に全く入れていなかった。


 琥珀がどのような服装をしているかというと、いつもの外行きの服ではなく、もっとラフでシンプルな白色のパーカー。そして下は灰色のスゥエットパンツ。まさにダル着。


 庵がいつも見ている琥珀は、制服姿か、流行に乗ったオシャレファッション。無論この2つも捨てがたいのだが、今のパーカー姿は庵的に今までの全てを超えていた。


 飾らない美しさ、可愛さ。そのギャップが、また良い。


(いい。いい。良すぎる。ヤバい写真撮りたい。さりげなく撮ってもバレんよな)


 つい衝動が抑えられず、スマホを取り出してしまった庵。カメラのアプリをタップして、録画を選択する。写真で撮るとシャッター音でバレるので、録画で撮ってから後で切り抜く作戦だ。


 あくまでスマホをイジっている体で、さりげなく琥珀にスマホを向け――、


「――何一人でニヤニヤしてんの。きもいって」


「うおっ!? なんだお前」


 いつの間に後ろに居た愛利に声をかけられ、思わずスマホを落としてしまう。愛利の足元に落ちたスマホはしっかりと録画状態のままだ。これは言い逃れができない。


「は? それアタシのセリフ。何しれっと琥珀ちゃん盗撮しようとしてんだよ」


「いや、えっと......」


「琥珀ちゃーーん。こいつ琥珀ちゃんのこと盗撮しようと――」


「分かったっ。ごめんって! お前ダルい!」


 分かっていたことではあるが、やはり愛利は琥珀にチクるので、庵は少なからず「この野郎」と内心思ってしまう。庵が100悪いのだが。


「え。急にどうしたんですか庵くん。別に隠れて撮らなくても、撮りたいなら言ってくれればいいのに」


「いやこの空気で撮りたいとか言ったら普通にキモいじゃん。別この空気じゃなくてもキモいけど。って、撮っていいんだ」


「キモくなんかないですよ。庵くんは私の彼氏さんじゃないですか。変なタイミングじゃなければ別にご自由にって感じです。あっ、でも人に見せたりはNGですよ」


「あっ、は、はい!」


 さすがに引かれると思ったら、想像以上に好感触な反応が返ってきて庵の心は救われる。そして目元でピースしてくれたので、ありがたく一枚撮らせてもらった。やっぱり琥珀様々だ。心も宝石級のモノを持っている。


 ただ、愛利だけはつまらなさそうな反応をしていて――、


「琥珀ちゃん。あんま優しくすると庵先輩調子乗るから程々にしときなよ。琥珀ちゃんは警戒心が足りてないわ」


「庵くんは調子に乗ったりなんかしませんよ。庵くんって、とっても謙虚なんですよ? 前、私とプリクラ撮ったときも『俺は不純物になる』とか言って、すっごく遠慮してましたから。というか、庵くんは私に対して遠慮しすぎなんですよ。いっつも受け身で、大体いつも私からLINE送ってるんです。私ばっかりじゃなくて、庵くんからも話題振ってほしいのに......」


「......あー、うん。そっか。おけ」


 琥珀からの想定外の援護射撃に、愛利は一瞬にして反論する気力を失っていた。庵は愛利に対して正直なところ『ざまぁみろ』と思ってしまうが、それ以上に琥珀の口から自分について語ってもらえるのが嬉しくてつい口元が緩んでしまう。


「――でも、一週間前はちょっと調子に乗ってましたよね。庵くん」


「がはっ!?」


「”あれ”、まだ私ちょっと怒ってますよ?」


「ご、ごめんって。急に裏切るな!?」


「私が庇ったら、庵くんがニヤニヤしてたからです。庵くんって結構表情に出やすいですよね」


 完全に油断していたところに、一週間前のキスのことをさり気なく匂わされ、庵は大きく表情を崩した。あのファーストキスは、確かに庵は調子に乗ってたし、そして琥珀からも調子に乗っていたと思われている。これは完全に弱みを握られてしまったかもしれない。


「琥珀ちゃん。”あれ”って何」


「えっ。”あれ”は、”あれ”ですよ......」


 ”あれ”とは無論、庵と琥珀のファーストキスのことである。


「おい愛利。あんま俺らの事情に足突っ込んでくんなよ」


「うるせー外野。てか彼氏面すんな」


「いや俺彼氏だ」


 庵の言葉は容易く一蹴され、愛利は琥珀に詰め寄る。琥珀が庵をからかうために使った”あれ”という隠語は、少し愛利の興味を引き過ぎてしまったかもしれない。琥珀は困った表情をして、必死に言い訳を考えている。


「――はっ。あんたたちもしかして」


 突然、何かを閃いたかのように愛利が目を見開いた。


「一線越え――」


「越えてないです。へ、変なこと言わないでくださいっ」


 慌てて琥珀が愛利の口を封じ、先の言葉が出るのを阻止する。しかし、愛利の腕力で琥珀の手は簡単に振りほどかれてしまうが。


「まぁ、あんたらがHしてようとキスしてようと、アタシからしたらどうでもいいんだけどね」


「し、てません」


「わーかわいいー」


「からかわないでくださいっ! 事実無根です!」


 分かりやすすぎる琥珀の反応に、愛利は若干呆れながらベッドに腰を下ろした。そうして何も無い天井を、意味もなく見上げる。ボーッと一点を見つめて、心からポロリと湧き出る感情。


(あーあ、アタシも、彼氏欲しい。暁くん)


 なんて、らしくもない感情を胸に抱き、自嘲する。前島愛利はこれまでの人生、恋愛についてあまり興味を示してこなかった。しかし最近は、庵と琥珀のカップルを見せつけられ、そして気になる人もできてしまい、興味を湧いても仕方ない環境に置かれてしまっている。


「まったく、なんなんですか」


「愛利はちょっかいかけるのが好きなだけだからそんな気にしなくていいって。てか気にしたら負け」


「......庵くんがそう言うなら」


 愛利の中でぶつかる2つの想い。

 ”アタシみたいな体育会系ギャルが恋できんの? 無理でしょww”

 ”アタシだって琥珀ちゃんと変わらない普通の乙女。JKパワーでいけるっしょ”

 的な相反する想いに、愛利はここ最近悩まされていた。そして、こんなことで悩んでいる自分がとても嫌だった。


「あーっ、もうあんたらのイチャつき見てたらイライラしてきた!」


「イチャつき!?」


 庵と琥珀の関係を見て、少なからず嫉妬している自分。羨ましいと思っている自分が気持ち悪い。そして何より、自分まで恋愛に脳が侵されているのが気持ち悪い。

 

 こういうときは、一度脳をリセットしなくては――、



「よしっ! 今からカラオケ行こう!」



 ベッドから立ち上がり、堂々とそう提案した愛利。その瞬間、琥珀と庵の瞳から輝きが消える。


「なんでそうなるんですか。今日は北条くんについての話し合いをするって、前島さんが――」


「庵先輩の盗撮のせいで、もうそんな空気じゃないでしょ。てか、別にその件はLINEでもう結構話したし良くね?」


「え、えぇ......」


 本来であれば今日は”琥珀ちゃんを励まそうの会”を開催し、文字通り琥珀を励まして、今後について話し合う予定だったが、庵の盗撮が原因で急遽カラオケに変更することに。文字に起こせば意味が分からないが、琥珀も庵も何故こうなったのかよく分かっていない。


「てことで、行くぞカラオケっ! 朝まで歌いあかそうぜ」


 一人テンションを上げる愛利。尚、残りの2人はどんよりとした空気を醸し出していて――、



「ごめん。俺、カラオケやだ」


「あ、私も、です。ごめんなさい」

次回、カラオケ回。半年前くらいからずっとやりたかったやつです。

そしてついに最終章突入。第三章の後片付けを進めながら、新展開に向かっていきます。

おそらくそこまで派手なことにはなりませんが、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 痛いところを疲れて凹んでしまう。→ 衝かれてor突かれて    だと思います!
[良い点] 急に庵くんカッコ悪くなっちゃったけどこっちも好き。 [一言] 更新ありがとうございます!カラオケ回楽しみにしています!
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