◆第161話◆ 『私を、許してください』
失踪していてすみませんでした。
最近執筆になかなか時間が割けず、更新までだいぶ日にちが空いてしまいました。さすがにこれはまずいと思って今日更新したのですが、結構急ぎで書いたのであまり精査ができておらず、もしかしたら文章が少し変かもしれません。気づき次第修正するので、あらかじめご了承ください。
次の更新は今回ほど遅れないよう頑張ります。それと、キャライラストはもうしばらくお待ちください。
「――さて」
みのりから教えてもらった星宮の居る病室、379号室の扉前までたどり着いた庵。このスライド式のドアを掘らけば念願の星宮とご対面だが、庵は先程から扉前から一歩も動けていなかった。
「星宮、今落ち込んでるんだよな.....そんなときに勝手に病室入っていいもんなのか。てか、そもそも女子の部屋に入ることからハードル高いだろ」
秋たちに星宮と会ってくると断言しておきながら、扉前でウジウジと一向に結論の出ない考え事をする庵。我ながら情けないが、星宮が今繊細になっているのは事実なので慎重にはいきたいと考えている。
「うぁ......部屋入ったとして第一声はなんて声かけるんだ。とりあえず名前を呼んで、今大丈夫かを聞くのが普通か......」
脳内シミュレーションでは完璧なのだが、いざ実践となるとなかなか体が動かない。典型的な行動力のない陰キャだ。
「あ、なんか差し入れとか持っていった方がよかったかな。手ぶらでいくのもなんかあれだしな。そっちの方が会話のネタにもなるし。......うん、ここは一回出直して」
「あ、天馬くん」
「どわっ!?」
ぶつぶつ独り言をつぶやいていると、後ろから声をかけられた。間抜けな声を上げながら後ろを振り返れば、そこには雪色のセミロングヘアにくりりとしたマリンブルー色の瞳を持つ宝石級美少女の姿がある。いつもと違う雰囲気を感じてしまうのは、患者服を着て松葉杖を付いているからだろうか。不思議そうな顔をしながら庵に近づいてきた。
「天馬くんも診察終わったんですか?」
「あ、あぁ一応な。特に問題なかったよ」
「え、でも指にギブス付いてるじゃないですか。本当に大丈夫ですか?」
「まぁ、大丈夫だって」
どこからどう見ても大丈夫ではないが、余計な心配はかけたくないので適当にはぐらかす。それが逆に星宮を不安にさせていることも知らずに。
「俺なんかより、星宮こそ大丈夫なのか? 松葉杖だし、頭も包帯巻いてるじゃん......」
「私は......まぁ、そうですね。いろいろ怪我してたので、こんな状態になっちゃいました。まぁでも、今は大丈夫です」
「そう、なのか。ならよかった......いや、よくはないのか」
「大丈夫ですよ。しばらくは松葉杖使わないと歩けなさそうですけどね」
ふふっ、と小さく笑う星宮の姿はどこか儚いものを感じた。表情は笑っていても、目は笑っていない。今こうして話している分には普通なのだが、暗い何かを庵に隠して会話しているように見えた。
「とりあえず、私の部屋に来てください。――天馬くんには、話しておかないといけないことがあるので」
「あぁ、わかった」
そう言い、自分の病室へ招待してくれる。しかし廊下を歩く途中、まだ松葉杖に慣れていないのか、どこか危なっかしい歩き方をしていて転びそうになっている。
「えと......大丈夫か?」
「ちょっと歩きづらいですかね。まぁ、今は気合と慣れかなって思ってます」
なにか手伝いをしてあげたいが、どう手伝えばいいか分からない。必死に考えた結果、病室の扉を庵が開けた。こればっかりは、星宮も苦戦しそうに思えたから。
「ありがとうございます、天馬くん」
「足元、気をつけろよ」
そうして、庵と星宮はようやく二人きりで落ち着いて話す時間を得られた。数カ月ぶりの心から安心できる二人だけの空間は、お互い少しだけ緊張して、少し居心地の悪い甘酸っぱさを感じていた。
***
――庵は、星宮から北条との過去――否、エメラルドの話を聞かされた。
語っている最中に星宮は時折笑ってみせるけれど、その笑みはどこか薄っぺらく見えて、本心はまた別にあるのだろうと思わされる。庵は星宮が語り終えるまで、余計な口出しはせず、ベッドの前に座りながら黙って聞いていた。
「――えっと、まぁこんな感じですかね。北条くんが一方的に悪いってわけじゃなくて、私にも悪い部分はあったんです。いくら昔の話とはいっても、私が”始まり”だったんですよ」
きっかけを作ったのは自分であり、自分にも非があるということを包み隠さず口にする星宮。もちろん、詳しい背景を知らない庵の立場からしたら星宮を全面的に擁護したいのだが、それをしたところで星宮の心は救われない。
「そんなことがあったんだな。......というか、よく幼稚園の頃の記憶が残ってるな。俺、幼稚園の記憶なんかもうほとんど消えてる」
「エメラルドくんは印象的でしたからね。鮮明に覚えてるわけではないですけど、私が彼に何をしてきたのかは大体覚えてます」
白い掛け布団を握りしめながら、力なく笑う星宮。よっぽど自分の過去に、負い目を感じていたのだろう。
「星宮にも非があったってのは分かったんだけど、幼稚園の話ってのはさすがになぁ......幼稚園なんてまだ善悪の判断とか付かない時期だろうし、そんな時期の子供に心無い言葉言われたからってそこまで根に持つもんなのか」
「あの場に居なかった天馬くんには、たぶん分からないと思います。いろいろな要因があって、北条くんはあそこまで追い詰められたんだと思いますよ」
「――」
庵には分からない、そう突き放されるような言葉を口にされ、庵は何も言えなくなった。確かにこれは当事者のみぞ分かる問題なのかもしれない。だが、"そうだとしても"......と、どうしても反論したくなってしまう。
「――ぁ」
ふと、星宮の横顔に視線が向いた。綺麗に整った、お人形みたいな色白な横顔。顔のパーツもすべて黄金比だ。そんな美しい容姿だからこそ目立つ、右頬の小さな一つのニキビ。
星宮みたいな宝石級美少女にとってスキンケアなどは当たり前で、肌には細心の注意を払って毎日手入れしているはずだ。庵も、星宮が少しでも肌が荒れているのを見たことがなかった。そんな星宮にニキビができるなんて普通なら考えられないことである。
(よっぽどストレスが溜まってたんだろうな)
おそらく、ここ最近は北条の策略によって精神的にだいぶ追い詰められていたのだろう。ひどい精神状況で、睡眠も満足に取れていなかったはずだ。昨日、庵と公園で会ったときも、星宮は酷く取り乱していた。きっと、やり場のない負の感情を抱えすぎてしまったのだろう。
星宮は、優しい。いつだって他人を優先して、自分は後回し。そんな人生、庵からしたらとても苦痛にしか思えない。
「――星宮は、なんか他人に優しすぎじゃないか?」
「え? 自分は別に普通だと思ってますけど」
急な庵の発言に、星宮がきょとんとしてこちらを振り向いた。
「いや、だってあれだけ北条に追い詰められて嫌な思いさせられたのにさ、今も北条に申し訳ないとか思ってんだろ? それ、普通にヤバいって」
「それは、だって私に非があるのは事実ですから」
「だとしてもだろ。俺が星宮の立場なら、昔の話引っ張り出して今更いちゃもん付けてくんじゃねぇって思って、北条に微塵も同情なんてしないからな」
「昔だからとか、今だからとか関係ありませんよ。私が北条くんを傷つけたのは事実です。昔の話だからなんて理屈、私は認められません......」
真反対の性格を持つ星宮を見て、庵は目を細めた。その何か言いたげな様子の庵を見て、星宮は少しだけムッとする。
「今、絶対私のことめんどくさいって思いましたよね」
「え? あ、いや、そんなことは別に......うん」
「その反応がもう答えなんですっ」
あからさまな庵の態度に、星宮が小さく嘆息した。
確かに庵が星宮のことをめんどくさいと思ったのは事実だが、それは星宮の性格を否定しているわけではない。ただ、今のままでは星宮はとても生きづらい人生を送ってしまうような気がしたのだ。
「――えっと、ちょっとだけ話題を変えていいか?」
「なんですか?」
「ちょっと確認しておきたいことだけどさ」
今から話すのは庵が一番星宮に話しておきたかったこと。おそらく、これが今一番星宮を苦しめている原因であって、必ず触れておかねばならない話だ。
「俺がみんなの代表としてこれを言うのは何か違和感あるけど、あんまり、俺達に負い目感じなくていいからな」
「負い目......?」
「俺達にめちゃくちゃ迷惑かけたとか思って、落ち込んでるんだろ? というか星宮の性格なら、絶対そうだろ」
「......」
庵の言葉に、星宮は視線を逸らして黙り込んだ。なんとも分かりやすい反応だ。さっきからどこかテンションが低いのも、やはりこれが理由の一つ。星宮が人を思いやれる善良な人間だからこそ生じる、非常に難しい問題だ。だが、今回に関しては星宮の立場なら誰だって申し訳なく思うだろう。
「愛利からはさっきLINEで『琥珀ちゃんLINEの既読付かんから、アタシのことは気にすんなって代わりに言っといて』って来てたぞ」
「前島さん......そう、ですか。無事で良かった」
「暁も気にしてないだろうし、あの小岩井姉妹も星宮が落ち込んでるって心配してたし、朝比奈は......まぁあいつは元いじめっ娘だから、星宮を責める権利とかないしな。とにかく、誰も星宮のせいで迷惑がー、とか思ってないから」
「......そうですね」
勝手にみんなの代表として庵がみんなの気持ちを代弁したが、星宮の表情はまったく優れなかった。むしろ余計暗くなったようにも見える。
「――」
分かっていたことだけれど、そう簡単には星宮の心を救えない。こんな軽い言葉で救えるはずがない。
「えっと......ごめん、なんか怒った?」
「......怒らないですよ」
「......」
星宮が心に抱えてしまったモノを吐き捨てる場所は、庵にはまだ作れなかった――と思っていたが、突然星宮は表情を上げ、首をぶんぶんと振った。
「――あぁっ。分かってますっ。これじゃ、ダメなんですよね」
「お、おぉ。どうした星宮」
「私がずっとウジウジしたままで、助けてくれたみんなに対してずっと後ろめたさを感じているを誰も良く思ってくれないのは分かってるんです。でも、私のせいでみんなにすごい迷惑をかけたのは事実だから、もう私はどうしたらいいか分かんなくて......!」
苦しそうに胸を抑えながら、自分の中で衝突する感情から結論を導こうと苦戦する星宮。そんな星宮の姿を見て、庵は息を飲んだ。上から目線になるが、単純に感心したのだ。
「そんなこと、考えてたのか」
「考えますよ。天馬くんだって、私が悩んでいるとこなんか見たくないんですよね。だから何度も私に......っ」
今までの星宮なら、そもそもこんな悩みを抱えられない。みんなの気持ちなんか無視して、ただ一方的に自分だけが悪いと自責の念に刈られていたはずだ。だが、今は星宮を想う、みんなの意見も尊重し、今までとは違う別の答えに辿り着こうとしていた。
「俺は暗い星宮は好きじゃないな。まぁ誰だってそうだけど」
「です、よね。それは分かってるんです。でも、だからって自分を許していいのかは分からないんです。ここで自分を許したら、一生後悔しそうな気がして......っ」
一生の後悔。きっと、星宮は自分を許せても許せなくても結局一生後悔をするのだろう。”北条の人生を奪った後悔”、”大切な人を危ない目に巻き込んでしまった後悔”、それはどちらも取り返しのつかないものであるし、起こってしまった事実は変わらない。結局、逃げ場なんてないのだ。
「――まぁでも、悩みたければ、いくらでも悩めばいいんじゃないか? ずっとウジウジしてても、俺はそれでもいいと思う。俺だって、そうだったし」
「それじゃっ!」
「でもそれじゃ、俺はダメなんだよな。自分責めたところで周りは俺のこと鬱陶しく思うだけだし、星宮悲しませるし」
「......っ」
庵のいやらしい言い方に、星宮はギュッと心臓を掴まれたかのような感覚に襲われた。確かに今の星宮の状況は、庵が母親を失い、自暴自棄になって自分を追い詰めていたものと似ている。あのとき、星宮は庵を許した。いや、ずっと許してあげたかった。でも、庵はそんな星宮の許しをなかなか受け取ってくれなかった。
今、星宮が過去の庵の立場になって、取るべき選択は何だ。ずっと庵を許したかったあの頃の気持を思い出せば、その答えは簡単だ。
「天馬くんは、意地悪ですよ......」
「あんまそんな自覚はないかも」
「天馬くんは意地悪です。もう、決定です」
「マジか......」
ぽんぽんと力無い拳で庵の胸を叩き、マリンブルー色の瞳を潤ませる。でも、直ぐに拳を止めて、その腕を庵の背中に回した。久しぶりに星宮が急接近して、庵は少し動揺してしまう。でも、そんな動揺も一瞬のもので。
「私のせいで、迷惑いっぱいかけてごめんなさい。天馬くんに酷い言葉とか沢山かけちゃってごめんなさい。ずっと、一人で悩んでてごめんなさい。――私を、許してください」
「そんなの、勿論に決まってるだろ」
星宮の抱えた罪が庵の力強い言葉に許された瞬間、星宮の心を蝕んでいたモノが、ようやく少しずつ消えていこうとしていた。




