◆第152話◆ 『門番』
今回の話の序盤の展開は第132話(朝比奈が北条と手を組むようになった話)の続きになります。
朝比奈が甘音アヤと知り合いになったのは、北条と同盟を結んですぐのことだった。
「やっほー。朝比奈美結ちゃん、だっけ?」
「......え?」
北条に連れて行かれた空き教室。そこには黄髪のポニーテールの女が、机に座りながらスマホをいじっていた。朝比奈はこの女を知らないわけではないが、クラスが違うので今までに関わりはなかった。困惑して扉前で固まる朝比奈に、北条がぽんと肩に手を置く。
「彼女は甘音アヤ。あ、彼女ってのは人称な? 俺の幼稚園からの幼なじみなんだよ」
「あ、そう......なの」
「まぁ、これから長い付き合いになるだろうし、甘音とは仲良くしてやってくれ」
好きな男に幼なじみの女子が同学年に居たという事実は少々複雑だが、とやかく言う気も起きないので軽く挨拶だけしておく。そうすると、甘音は机から飛びおりて朝比奈と距離を詰めてきた。
「ねーねー、朝比奈ちゃんはなんでホージョーくんのこと好きになったの?」
「えっ? は?」
急すぎる問いかけに、朝比奈はピクリと肩を跳ねさせた。すぐに北条の方を向いて、”どういうこと?”という意味を込めた視線を送ったが、肩をすくめるだけで何も答えてくれない。
「いや......普通に答えたくないけど」
「えーなんでぇー。ワタシ口固いよ? ぜぇったい、誰にも言わないから!」
「なんで初対面のあんたにそんな話しないといけないのよ」
「えーっ。初対面だからこそ、仲良くなる第一歩じゃない?」
答えるのを拒否すると、大げさな反応で落ち込んだ様子を見せる甘音。少し話しただけで分かるコミュニケーション能力の高さ。朝比奈は今目の前に居る女が自分よりもカーストが高いであろうことを一瞬で悟った。
「まぁまぁ、朝比奈さんが困ってるからアヤもそれくらいにしときなよ」
「まー、ホージョーくんがそう言うなら我慢しまーすっ!」
軽く腰を折って「ごめんねー」と手を合わせながらウインクする甘音。別に怒ったりはしていないが、この明るくてフワフワした女子には怒りたくても怒れないようなそんなあざとさがある。それに、さりげなく北条が甘音を下の名前で読んでいたので、また更に複雑な気持ちにさせられた。
「――よし。じゃあ改めて、今日から朝比奈さんは俺たちの仲間になる。仲良くしような」
「わーいっ。ずっとホージョーくんと二人だったからこれでタコパとかしても盛り上がるね」
「タコパなんてしないし、別に盛り上げる必要ないけどな」
勝手に話が進められ、ぽかんと未だ教室の扉前で硬直する朝比奈。北条と手を組むことには同意をしたが、よくわからないグループに参加させられるのは聞いていない。
「え、えっと......」
「ん。どうかした? 朝比奈さん」
耐えられず、思わず言葉が溢れ出た朝比奈。それをしっかりと聞いていた北条が、優しく視線を向けてくれる。
「これって、何の集まりなの? ただの、仲良しグループってわけじゃ――」
「星宮琥珀への復讐」
朝比奈の声を遮ったのは、少し声のトーンを落とした甘音のものだった。その言葉の不穏な響きに、朝比奈は息を飲む。
「ごめんね。もしかして、ワタシがバカそうだから仲良しグループみたいに見えちゃったのかな。でもね、ワタシとホージョーくんは真剣だよ。朝比奈ちゃんも聞かされてると思うけど、ホージョーくんは星宮ちゃんに復讐しないといけないの」
北条は星宮に復讐をしないといけない。その理由を北条は朝比奈に教えてくれなかったが、それに甘音が加担するとなると更に謎が深まる。謎の多い二人に朝比奈は少し恐怖を感じた
「復讐って......あんたも星宮になんか恨みがあんの?」
「んーワタシはないよ? てか、まだ喋ったこともない」
「え。じゃあ、なんで?」
どうやら甘音はまだ星宮と関わりがない様子。朝比奈の問いかけに、甘音は「えへっ」と笑いながら朝比奈を更に混乱に落とす答えを差し出してくる。
「ワタシは幼稚園の頃からホージョーくんの手足なんだよっ? ワタシはホージョーくんのために、なんだってする」
答えになっていないような答えに、朝比奈は言葉を詰まらせた。とりあえず甘音は特に星宮に対して恨みがないことが分かったが、この女は少々頭のネジが外れている部分がありそうだ。朝比奈が表情を硬くしているところ、隣の北条は軽快に笑っている。
「ははっ。ほんと、アヤにはいつも感謝してるよ。いつか恩返しをしないとな」
「えーっほんとにーっ? でも、ワタシがしたくてしてることだしー、ちょっと申し訳ないなーっ」
北条が甘音に近づき、優しい手つきで頭を撫で始める。気持ちよさそうな猫みたいな顔をする甘音を見て、昔から北条は甘音とこの距離感なのだろうかなんて疑問を朝比奈は抱いた。一つ確かなのは、甘音は北条にとって特別な存在であるということ。それは逆も然りだ。
「......仲良いのね、あんたたち」
「んー? 仲良いっていうか、運命共同体かな」
「あっそう」
甘音アヤからは北条に対する崇拝のようなものを感じる。それは、恋愛感情とは違ったまた別の何か。自分で北条の手足などというのだから、とにかく”普通の関係”ではない。
「まぁあんたたちのことはよく分かんないけど、私は天馬庵とかいうやつに復讐するのが目的だから。私も星宮の復讐に加担する以上、そこはしっかりしてくれるの?」
「あぁ、もちろん。天馬への復讐は基本、俺に全部任せてくれればいいよ」
「......そ」
何かとんでもない闇に足を踏み入れているような気はしたが、今の朝比奈は庵に対する怒りに支配されていて正常な判断をすることができなかった。それは、もはやどうにでもなれという自暴自棄。庵への復讐を北条たちも手伝う代わりに、朝比奈も星宮への復讐を加担するという契約で3人は共犯者になった。
「......あんたが、北条くんの手足か」
「あ、朝比奈ちゃん! 朝比奈ちゃんもワタシのことアヤって呼んでいいよ!」
「遠慮しとく」
自分が一番北条と仲の良い女と思っていたけれど、それは全然違った、北条は、自分以上の関係の女――甘音アヤという謎の存在にずっと支えられていたのだ。
これが、出会い。その数カ月後、庵への復讐は達成され、その1ヶ月後、本命である星宮琥珀への復讐の計画は実行に移された。
***
―――庵たちは星宮のマンションへ辿り着いた。
少し年季の入った、古めのマンション。庵もまだ数回しか星宮のマンションには行ったことがないが、しっかりと場所と姿は記憶している。今ここに星宮が居て、星宮が助けを求めているのだ。
「――やっぱり、居た」
ある程度マンションまで近づき、庵と朝比奈は歩みを止めた。二人の視線の先は、星宮の住む部屋がある玄関の入口。ここまでは予想通りの展開だ。
「あれーっ、朝比奈ちゃんじゃん。あ、それと天馬くんも!」
相手もこちらの存在に気づいたらしく、いつも通りの飄々とした様子で近づいてくる。腰にカーディガンを巻き付けたその姿は、昨日庵の家に来たときと何も変わらない。
「甘音......!」
そう、甘音アヤ。この女が星宮の部屋に居なかった理由は、ここで邪魔が入らないように門番をしていたからだ。
「えっとー、二人して何か用かな? 朝比奈ちゃんに関しては、ホージョーくんからワタシたちを裏切ったって話を聞いたんだけど?」
「あんたと長話をする気はないわ」
のらりくらりと会話を始めようとする甘音を、朝比奈が冷徹な視線で両断する。庵も昨日のことがあったばかりなので、甘音に対する警戒度は極限まで高まっていた。
対する甘音は残念そうな顔をして、可愛らしく頬を膨らませる。どこまでが本気なのか、本当に掴みどころのない女だ。
「ま、大体予想はつくけれど、星宮ちゃんを助けにきたのかな?」
「そうだ。星宮は俺の彼女だ。北条なんかに取られてたまるかよ」
「ひゅーっ、かっこいいね天馬くん! いつもクラスの端っこで机に突っ伏してる男子とは思えないよ!」
「......突っ伏してないが」
勝手に机に突っ伏されていることにされたが、庵には暁という友達が居るので割とぼっちでいることは少ない。暁が部活の大会などで公欠のときは、多少は甘音の言う通りかもしれないが。
それよりも、今は甘音の発言を真に受けている場合ではない。普段の甘音は人を傷つける言葉を平気で吐くような人間ではないのだ。今、それを躊躇なくしてきたということは、多少なりとも庵たちに敵意を向けている証拠。
「そうよ。私たちは星宮を助けにきた」
「......」
力強い朝比奈の言葉に、甘音は表情を強張らせる。緊張が3人の間に走り出した。
「へぇ。ま、どうするつもりなのかな? ワタシを無視して強行突破してもいいけれど、星宮ちゃんの部屋は鍵かか――」
「そんなの、想定内」
有無を言わさぬ朝比奈の口調。そして、朝比奈が庵にアイコンタクトを取った。庵は強く頷き、余計な雑念を振り払う。二人が何を考えているかを分からない甘音は不気味な感覚に襲われた。
「――俺たちの狙いはお前だよ。甘音」
「え?」
瞬間、庵は強く地を蹴って、甘音の首を掴んだ。同時に強い罪悪感と背徳感に襲われるが、背に腹は代えられない。何が起きたか理解が追いつかない甘音は、庵の突然の狂行に目を丸くさせた。
「ごめん」
そのまま無防備の甘音の首を掴んだまま、近くの壁に叩きつける。「うっ」と短く、甘音から悲鳴が溢れた。
「はっ......はぁ? な、んのつもり?」
庵に首を掴まれ、壁に押さえつけられる甘音は未だ理解が追いつかない。庵も女子に乱暴を振るうという行為にとてつもない罪悪感を覚え、息を荒げていた。星宮を殴ってしまったときの記憶がまたフラッシュバックしそうになる。
「――あんたは、北条くんの手足なんでしょ」
朝比奈が喋りながら甘音に近づいてくる。先程ののらりくらりとした様子は消え失せ、怯えた目つきで朝比奈を視界に入れていた。今にも泣き出しそうなその表情には、朝比奈も心が揺れそうになる。でも、心を鬼にしなければ救いたいものは救えない。
「なら、私たちがその手足を折ってやる」
朝比奈の平手が、甘音の頬を力強く叩いた。一切の抵抗をしなかった甘音が、頬を赤くして涙目になる。体がプルプルと震えているのは、よほど庵たちに恐怖を感じているからだろうか。今まで北条という存在に守られていたからこそ、暴力を受けるというのは未知の経験なのかもしれない。
「いやっ。や、やめてよっ。二人がかりで、酷いよっ!」
庵たちの無茶苦茶な賭けが始まる。甘音アヤこそが、星宮救出の鍵なのだ。




