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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・後編

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◆第140話◆ 『ハニートラップ』


 庵の自室にて。


「......大丈夫?」


「うん、ちょっと落ち着いたよ。ありがと、天馬くん」


 ベッドに横たわりながら、顔だけこちらに向けて微笑む少女――甘音アヤ。つい最近までまったく関わりのなかったクラスの陽キャが今、この大変なときに部屋に居た。


「いやぁ、天馬くんが見つけてくれて助かったよ。急に体調が崩れちゃってさぁ。えへへ、最近発作多いなぁ」


「......」


 そう、先程星宮の自宅の前で見つけた甘音は、持病の発作を起こしていた。だから仕方なく家にまでわざわざ運んだのだが、本当に仕方なく自室まで連れ込んだのだ。今は甘音なんかに構っている場合ではないし、構いたくもない。


「――まあ、体調良くなったら勝手に帰ってよ」


「え? どっか行っちゃうの?」


「......まあ、ちょっと」


 部屋に連れ込んで早々、甘音から視線を外す。背を向ければ寂しそうな声をかけられた。確かに、体調不良の人間を自宅に連れ込んだ分際で、直ぐにどこかへと行くのは感じが悪いが、今はそれどころじゃないのだ。優先順位は甘音よりも星宮。そこを譲る気はない。


「......行ってほしくないな」


「ごめん、大切な用事があるから」


「そう、なんだ。それは、ワタシよりも?」


「......うん」


 正直に答える。これが最低な事だと分かっているけど、今は気を使ってる余裕はなかった。


 庵は最後まで甘音を見ずに、ドアノブに手を伸ばす。また、星宮捜索を再開するのだ。星宮の部屋のチャイムは鳴らしたが出なかった。これで一応思い当たる場所すべては回ったので、一度公園に戻って愛利と合流する。もしかしたら愛利が星宮を見つけているかもしれない。


「――やだ。行ってほしくない」


「は」


 不意に後ろから腕を掴まれた。振り返れば、涙で瞳を潤ませる甘音がいる。それを見て、直ぐに嘘泣きを疑う自分がいた。でも、心臓がどきりと跳ねる。


「離、せよ。俺用があるって言ってるだろ」


「聞いたよ。でも、それでも行ってほしくない。怖いの。一人になって、また発作が始まったらって思うと、怖いの」


「......っ!」


 卑怯だった。女子の涙はこんなにも心を鷲掴みにされたような気分にさせるのか。さっきまで微塵も思っていなかったのに、こいつを守りたいという衝動が庵に生まれてくる。


「離せよ!」


「......え」


 でも、庵は甘音が嫌いだ。なぜなら――、


「お前、俺が星宮と付き合ってるって知ってるよな」


「――」


「なんで、お前は、俺と星宮の関係を壊そうとしてんだよ......!」


 甘音アヤは何かを企んでいる。星宮の前でわざと庵にくっつき浮気を疑われるような真似をさせたり、星宮に庵と付き合っているというデマを吐いたり、今日もこんなタイミングの悪いときに星宮の自宅前でうずくまっていたりと。


「お前は、何なんだ......!」


 もう、ほぼ確信にまで至ってる。甘音アヤは庵にとっての敵――、


「――それは、君が好きだから」


「え?」


 突然、甘酸っぱい匂いが庵の鼻腔をくすぐった。同時に、思考が停止して、甘音アヤから目を離せれなくなる。一度は聞き間違いを疑った耳に、また甘音アヤの吐息がかかった。


「ワタシは、天馬くんが好き。好きなの。大好きだよ」


「――っ」


「だから、嫉妬してるの」


 庵は怖くなって、甘音を思い切り突き飛ばしていた。



***



 床に尻もちをついた甘音が、怯えた目つきで庵を見上げる。やってしまったと思った庵は数秒硬直してしまった。真偽はどうあれ、告白してきた女子にしていい対応ではない。


「......ごめん」


「うん、大丈夫。急だったから、びっくりしちゃうよね」


 尻もちをついた甘音に、庵は反射で手を伸ばそうとしてしまった。だが、直ぐに引っ込める。どうしてか甘音に優しくできない。


「手、貸してよ。天馬くん」


「......」


「なんで無視するの。酷いよ」


 庵に乱暴されても、曇り一つ無い太陽のような笑顔を浮かべる甘音。こんな状況でも、可愛く、あざとく、甘音は甘音だった。庵は、抱いてしまった一つの可能性にごくりと喉を鳴らす。


 甘音の艶っぽい表情が、庵の思考を鈍らせた


「――ねぇ、天馬くん」


「は!?」


 その瞬間だった。急に伸びた甘音の腕が、庵の腕を掴んだ。突然のことに反応しきれなかった庵は、予想以上の力にベッドまで運ばれてしまう。


「ちょ、まっ、何のつもりだよっ! 甘音!」


「えぇー、天馬くんがウジウジ話しててじれったくなったから、もうワタシから行動起こそうかなーって」


「はぁ!?」


 そしてベッドに押し倒された庵。直ぐに起き上がろうとするが。真上に甘音の顔がヌッと現れる。先程までの辛そうな表情はどこへやら。耳に髪をかけ、妖艶な笑みを浮かべている。


「じゃあ、しよっか」


「ななな、何をだよ!」


「そーゆうこと」


「しねーよっ! どけ! てかお前、急になんなんだ!?」


 庵の下半身に跨り、誘惑しだした甘音。いつの間にか上着を脱いで、上が下着一枚になっている。さっきまで冷え切っていた庵の思考回路が、一気にオーバーヒートする。男の性なので仕方ないが、しっかりと甘音の誘惑に体は応えていた。


「好きだから、こういうことをするんだよ」


「ちょ、まっ! や、やめろ、よ」


「あれ、声弱々しくなった? けっこうチョロいね、天馬くん」


 さっきまで大仏のようだった庵が、今は理性が崩壊して目の前の女の虜になっていた。正直、甘音は可愛い。星宮には及ばないが、甘音の顔立ちはクラスの女子の平均から見てもトップクラス。そんな女子に誘惑されれば、さすがの庵も、こんな状況だろうと壊れてしまう。


「天馬くんは童貞でしょ。反応がそんな感じ」


「だ、だからなんだよっ」


「星宮ちゃんガード硬そうだよねぇ。ちょっとしか話したことないけど、見たら分かるもん。あれ、天馬くんと同じ奥手タイプ。自分からなにか提案することができなそう。だからね、天馬くんからグイグイいかないと星宮城は攻め落とせれないよ」


「何の、話だよ!」


「うん? 天馬くんの彼女の話だよ。ぐだぐだしてるから寝取られちゃったね、星宮ちゃん」


「っ!」


 甘音から星宮の名前が出た瞬間、暴れていた庵の理性に急ブレーキがかかった。


 そうだ。大切なことを忘れていた。一時の誘惑に惑わされて、何を血迷っているのだ。ここで本当に甘音にされるがまま任せたら、庵は一生後悔することになる。だって、庵には星宮がいるだろう。それだけで十分なのに、何故甘音なんかに心を躍らされているのだ。少しでも心を揺らした自分を戒めろ、天馬庵。


「どけよ、甘音! 俺はお前のこ――」


「天馬くん。勘違いさせてごめんけど、別にワタシ、君とヤるつもりないから。というか、ちょっと生理的に無理かなぁ」


「......え?」


 突如、思わぬことを口にした甘音。つまり、この空気を庵がただ勘違いしてただけなのだろうか。しかし、だとしたら今甘音が下着姿なのは謎すぎる。何のためにこのような真似を――、


「全部、彼のためなんだから」


 気づけば、甘音はスマホ取り出していた。何故、今。そう思ったら、甘音はスマホを片手で持ちあげ、内カメで庵を捉えていた。


「――顔真っ赤すぎだよ、天馬くん。ワタシもだけど」


 パシャリと音がして、甘音のスマホに庵と甘音の下着姿が映ったツーショットが保存される。庵は数秒思考が停止したあと、間抜けな声を漏らした。


「......は? なんで撮った?」


「ん。聞きたいの?」


「聞きたいって、なんで撮る必要があるんだよ。意味が――」


 その瞬間だった。庵が呼吸できなくなったのは。


「あ、がァ......や、め」


「ごめんね」


 何故か甘音に首を締められている。上に跨がられているので、何も抵抗ができない。意味が分からず、庵はジタバタと暴れた。でも、首を締める甘音の力は一向に緩まない。


「――今日までお疲れ、天馬くん。明日になったら全部わかるよ」


「な、んで......!」


 甘音が敵だと、分かっていたのに。気づけていたのに。なんで。


 やるべきことはまだ沢山あるのに。好きでもない女に誘惑されて、情けなくも抵抗できなくて。何一つ星宮のためにできなくて。


 瞼が重い。頭が痛い。よだれが口端から垂れる。なんで。なんで。なんで。


「ほし、み、や、ァ――」


 庵は、自分が情けなすぎて仕方がなかった。

 


 

更新だいぶ空きました。クライマックスへ向けて、ダメ主人公おやすみ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 庵がバカすぎる。ガッカリだ。 これじゃあ、救えるものも救えないどころか不幸にするわ。
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