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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・後編

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◆第136話◆ 『対最恐無謀応戦(4)』


(――ここに庵先輩が居なくてよかった)


 北条と相対した愛利は、心の中でポツリとそう呟いた。先程まで庵と一緒に行動していた愛利であるが、今はお互い別行動を取っている。もしこの凄惨な状況を庵が目にしていたら、一体何を思うだろうか。きっと冷静には居られず、大きく取り乱していたに違いない。


「てか、マジでこいつが黒幕的存在なの......」


 北条が黒幕という説は庵との話し合いで十分にある可能性だとは理解していた。しかし、その可能性が的中し、しかもその北条がここまで狂った人物だとは愛利も想定外だ。


「ちっ......」


 風に長い金髪を靡かせる愛利は、一度辺りを見渡した。意識を失って倒れる星宮の姿と、北条の直ぐ後ろに座り込む朝比奈――愛利にとっては知らない女だが、こちらも意識を失っている状態で目に映る。パッと見でも分かる、二人の満身創痍な様子。特に朝比奈の傷は、見てて寒気がするほどに酷いものだった。


「これ、殺すつもりでやったの? アンタ」


「なわけ。殺したらそれで終わりだし、面白くないだろ」


 今の質問で一応二人の安否が分かり、少しだけ安堵する。とはいえ、二人が動けないほどに傷を負っていることには変わりない。今は無事でも、このままでは命に関わる可能性だって十分にある。


「んで、君はどうやってここが分かったの? こんな整備もされてない草ぼーぼーの林の中、たまたま俺等を見つけられましたは都合が良すぎだろ。朝比奈が連絡でもしたのか?」


 どのようにして愛利がこの場所に辿り着いたのか問いかけられる。北条の感じる疑問は最もで、ここは公園から離れた林の中。外から見たら生い茂る木々で何も視えないはずだし、北条たちの居る現在地は林の中を少し進んだ場所に位置する。耳をよっぽど澄ましでもしない限り、音すら聞こえないはずだ。


 どうなんだと首を傾げる北条。それを受け、愛利はめんどくさそうにポケットから”あるもの”を取り出した。


「――こんなものが公園に転がってた」


「へぇ」


 愛利が取り出したのは液晶が割れたスマホ――朝比奈のスマホだった。


「公園に戻ってきたら、見覚えのないバキバキのスマホが落ちてたからビックリしたわ」


「そういうことか、なるほどな」


 一度朝比奈が警察に通報することを試み、失敗して、北条に投げ捨てられたスマホ。しかし投げ飛ばされた先は、偶然にも公園の敷地内で、それを朝比奈が見つけたのだ。助けを呼ぶつもりで使ったスマホが、まさかこんな形で活躍するとは朝比奈も予想外だろう。奇しくも、結果オーライだ。


「しっかりと爪痕残せたんだな、朝比奈。まぁ俺が適当にスマホ投げ飛ばしたのが悪いか」


 失敗、失敗と、思ってなさそうな口調で半笑いをする北条。その憎たらしい笑みは、愛利の神経を逆撫でする。愛利の怒りはとっくに限界を迎えているが、ぐっと我慢して拳を握りしめる程度に抑えた。今回ばかりは、感情任せに攻撃を仕掛けるのは得策ではない。それは、身体能力の高い愛利の目が、北条のポテンシャルも異次元であると認めているからだ。


 庵みたいなヒョロヒョロは何の考えもなしにボコボコにするのは容易いが、目の前の男はそうはいきそうにない。冷静さが勝敗を分けることは、大いに有り得る。らしくもないが、愛利が感情の赴くまま攻撃を仕掛けないのはそれが理由だった。


「......アタシの聞いた話じゃ、北条ってやつは頭良くて誰にでも優しい完璧人間みたいな話だったけど、これ見たらなんも信じらんないわ。多重人格的な感じ? アンタ」


「さぁな。誰から俺の話を聞いたか知らないけど、初対面の君に教えることなんて何もないよ。勿論、この今の状況についてもね」


 これ以上の会話は不要と言わんばかりに、北条が臨戦態勢に入る。愛利に少しの緊張が走った。緊張を感じるなんて数年ぶりくらいのレベルだ。それくらい目の前の男との力量の差は拮抗していると、本能が訴えている。


 だが、だからなんだ。ここで怯えていいわけがないだろう。愛利が負けたら、誰がこの男を止めるというのだ。


 愛利は先程から一貫して、強気な態度を全面に押し出している。気持ちでは絶対に負けない。


「――俺、女相手でも容赦しないけど、大丈夫そう?」


「んなこと見りゃ分かるし。クズ、死ね」


 瞬間、愛利が地を蹴った。


 愛利の蹴りが綺麗な弧を描き、北条の顔面を狙う。それを北条は若干体を傾けるだけで避け、カウンターの拳を愛利の腹目掛けて放った。愛利も北条の攻撃を見切り、迫りくる腕を強引に掴んで、速度を殺す。しかし、愛利の腕は直ぐに振り払われ、一度北条は距離を取った。


「いいね。女のくせに、やるじゃん」


「きっも、喋んなよ」


 短い戦闘だったとはいえ、お互い全く呼吸を乱していないし、焦ってもいない。楽しそうな北条な視線と、愛利の細まった視線がまたぶつかり合う。


 愛利は、今一瞬戦ってみて、やっぱりと納得できたことがあった。それは、北条との実力差がほぼゼロ――もしくは愛利の方が若干 上手うわてであるということ。これを感じられたのは愛利にとって大きなアドバンテージである。冷えた手を擦り合わせ、摩擦で温め、強く握りしめた。再び、お互い臨戦態勢に入った。


「――それじゃ、第3ラウンドもさっさと終わらせるか」


「はぁ......待ってて、琥珀ちゃん。直ぐ助けるから」


 今度は同時に二人が地を蹴った。愛利にとって負けるわけにはいかない大勝負。これはいつしかの正義と正義のぶつかり合いなどではない。一考の余地もなく、正義と悪のぶつかり合いだ。

 


***



 ――時は、愛利が北条を見つけるよりも少し前に遡る。


「はぁっ......はぁっ......星宮! っ、どこ居んだよ! 星宮!」


 天馬庵は寒空の下、白い息を吐きながら歩道を全力で走っていた。交通量の多いこの時間帯、叫んだところで車の走行音が庵の声を掻き消してしまう。だとしても叫ばずにはいられなくて、数秒おきに何度も声を荒げて星宮の名前を口にした。すれ違う人からは異様な視線を向けられるが、そんなことを気にしている場合ではない。


「くっそ。LINEも既読付かないし、どうなってんだよ......っ。スマホ家に置いてきたのか?」


 度々スマホを開いて星宮とのトーク画面を確認するが、庵の送った文章に既読が付く気配はまったくなかった。星宮は通知を基本オンにしているので、いつも返信は大体早いはずなのだが。


「俺は星宮への返信にいつも二十分くらい悩んでるのに......!」


 星宮もそれくらい自分への返信に悩んでほしい、なんてことを思いながら庵が今向かっている先は、星宮の自宅だった。ないとは思うが、もしかしたら星宮は帰宅しているかもしれない。公園付近は愛利が探しているので、庵はそれ以外を探している最中。


頭痛あたまいたっ......! くそ、これで本当に北条が襲ってきたとかだったら笑えんな。さすがにないと思いたいけど」


 ご丁寧にフラグを立ててから、庵はようやく星宮のマンションに到着する。久しぶりに来た懐かしの場所に、庵は呼吸を整えてからゴクリと息を飲んだ。見上げてみれば、大きなマンションだ。


「......なんか、星宮の家行く時の理由、全部碌なことないな」


 思い返してみれば、庵が初めて星宮の家に訪れたときは、星宮が朝比奈たちからイジメを受けて、その日の放課後に北条と一緒にお見送りをしたときだ。その時はマンション前まで行っただけで、部屋までは行っていない。

 次は庵が罪悪感に駆られて星宮を振ろうとしたとき。あれは紛れもなく庵にとって最悪の思い出で、今でもたまに夢に出てくることがある。自分勝手と星宮に泣かれ、怒られ、まさしく散々としか言い表しようがなかった。


 次来る時は、デートという名目で星宮の部屋に入ってみたいと思っていたけれど、どうやら今回も不穏な空気が漂っている。庵は自分の不運に、目を細めた。


「今度は星宮行方不明が理由で家に来たのか......マジで笑えんな」


 次こそは星宮の家にデートを理由に行くと誓い、庵は再び歩みを進める。いつも庵の部屋でデートなので、星宮の部屋も気になっていた。だが女子の部屋に行きたいなんて言ったら星宮に気持ち悪がられないだろうか、なんてことを考える。


「......星宮とデート、か」


 ふと、庵はまた立ち止まった。軽く星宮とのデートを想像したけれど、何を浮かれているんだろうという風に思考にストップがかかる。頭打って、おかしくなったのか。


「さっきあんなに星宮にボロクソ言われたのに、俺は何考えて......」


 先程、星宮は泣きながら庵の浮気疑惑について詰め寄ってきた。あの怒りは間違いなく本物だったし、庵も負けじと反論して、壮絶な口論をした。となると、二人の間にまた亀裂ができたのは確かだ。


 勿論、庵は浮気をしていないし、星宮以外に興味はない。なら、星宮は。


「――あぁクソっ。ほんとだめだな、俺。だから俺は捻くれ陰キャなんだよっ!」


 一度頭をブンブンと振り、思考をリセットする。そして彼女の笑顔を脳内に思い浮かべた。


「星宮が浮気していないって言うならそうなんだろ。なんで俺は今まで北条じゃなくて星宮を疑ってたんだ。クズだろ、まじで。俺等が作った交際ルールがあるってのに......」


 もし仮に、この先に北条が居て星宮に何かしていたとしたら、言葉を交わすまでもなく北条を殴り飛ばそう。遅すぎるけれど、もう心は決まった。あとは、星宮を見つけるだけ。見つけたら、ゆっくりと仲直りをしよう。そして話をしよう。北条は何を企んでいるのか暴いてとっちめてやるのだ。



 ――でもこれは、星宮が無事前提の話。



『その、北条ってやつが、あんたたちを襲ったんじゃないの?』



 愛利が言った、最悪のパターン。正直、庵は未だ何故急に意識を失ったのか理解をしていない。頭にたんこぶができていたから、何かにぶつかったかぶつけられたかだと思われるが、後者はあまり想像したくなかった。

 

「あの北条が暴力とかするわけ......て、俺は何やってんだ」


 また別の考え事を始めようとするが、いくら考えてもキリがない。庵は雑念を捨て、また歩き出した。何かあったらそのとき考えればいい。今は、星宮の安否が優先だ。



「......あ?」


 しかし、庵の足はまた止まった。今度は考え事などではない。とてもスルーすることができないモノを目にしてしまったからだ。そして、それは庵が星宮とはまた別に話したいことがあった人物であり――、


「......甘音あまね?」


 マンションの壁に、胸を抑えながら苦しそうに座り込む甘音アヤの姿がそこにあったのだ。


 


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