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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・後編

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◆第133話◆ 『対最恐無謀応戦(1)』


 公園から外れた、人気(ひとけ)なんてあるわけのない暗い林の中で、甲高い悲鳴が上がり続けていた。


「――あ、うあァッ!」


 服は土まみれ、肌は擦り傷だらけ。口からはダラダラと血が溢れ、その地獄の苦しみの度合いは何度も歪む表情によく現れている。


 拳が飛んできたかと思えば、息つく間もなく蹴りが飛んでくる。今まで痛みなんてものとは無縁の生活を送ってきた朝比奈にとって、これは地獄以外の何物でもなかった。


「これでよく分かるだろ。俺を裏切ることがどれだけのことを意味するのか」


「や、やめッ――うがァ!」


「やめねーよ。まだ、もっとだ。お前が今後二度と俺を裏切らないように、一生分のトラウマを植え付ける。それでやっと、お前に対する躾を終えてやるよ」


 文字通り血を吐きながら訴えかけるも、やはり北条は情けなんかかけてくれない。終わらない地獄を味わい続け、北条の狙い通り、確かに朝比奈の心には”絶対的な恐怖”が植え付けられていく。


「――っ」


 眼前、迫りくる拳。反射で転がり込むように躱し、初撃を回避。圧倒的な実力差を前にも、少しずつ目が慣れてきた。しかしバランスを崩した朝比奈に、追撃の拳がまた飛んでくる。これは見えていても絶対に避けられない。


「最、悪!」


「――お」


 朝比奈は北条の拳を受けた。――頭で。


「うッ」


「痛ってぇな。石頭かよ、お前」


「っ、はぁ......はぁ......」


 頭で受けたはいいが、北条の怪力から放たれた拳の威力は凄まじい。受けた瞬間に脳を揺さぶられたかのような錯覚が起き、遅れてとんでもない激痛がやってくる。どんどん上書きされる痛みに朝比奈は歯ぎしりするが、今は嘆いている場合じゃない。口に溜まった血を吐いて、雑草を握りしめた。


 ――この詰みの状況を、どう覆す?


「あぁ痛ったい。マジで、ふざけんなって感じ。どんな神経してたら女の子に平気で暴力触れるのよ」


 朝比奈は痛みを我慢し、再び立ち上がった。そして虚勢を張り、平然とした様子で喋りかけてみせる。強気に睨み返す朝比奈に対し、北条は心底驚いた表情をした。


「あれ、まだ諦めてなかったのか? さっき目死んでただろ。もうどうしようもありませーん、みたいな顔して」


「はっ。私は諦めが悪い女なのよ。だからもう、ヤケクソよ」


 どうしようもないのは分かっている。だから、そんな言葉を自嘲するように吐いた。しかし朝比奈の言葉を聞いた瞬間、北条は爆笑する。


「ぷはっ。はははっ! ヤケクソって、なんだよそれ。ヤケクソも何も、お前ボコされるだけじゃん。手ぶらで非力でボロボロのくせに、威勢だけはいっちょ前だな」


「......」


「お前は弱いから何もできないんだよ。――まぁでも、諦めが悪いってのは、確かにそうかもな」


 顎に手を当て、諦めが悪いという部分は妙に納得した様子を見せる。おそらく、朝比奈の恋のことを思い出したのだろう。朝比奈も北条が納得した理由を察し、分かりやすく舌打ちをする。この男はどこまで人の心を弄ぶのか。


「ま、雑談はさておき、さっさと心折ってやるよ」


「――ッ」


 空気が変わる。朝比奈にまた緊張が走り出す。クラクラとする頭に気合を入れ、全集中を北条に当てた。


「ひひッ」


 薄ら嗤いを浮かべ、北条が一瞬で距離を詰めてきた。僅かな予備動作のあと、右拳が飛んでくる。すんでのところで体をよじり、回避。今度はバランスを崩さない。先程同様、追撃の左拳が飛んでくるが、見えている。歯を食いしばりながら、なんとか避けてみせた。


「次は――っ」


 北条が足を後ろに下げ、蹴りの構えを取る。ただでさえ怪力なのに、勢いをつけて、朝比奈の頭部を狙っていた。あんな容赦のない蹴りを顔面に喰らえば骨折は免れない。しかし今、北条との距離は超至近距離。足の長い北条の蹴りはリーチが長い。これは回避の仕様がなかった。


 だから、すんでの判断で顔を腕で守った。


「と思わせて」


「は――!?」


 にやりと嗤った北条。瞬間、北条の勢いのついた足が急停止する。腕を犠牲に受けるつもりだった朝比奈は一手反応が遅れた。がら空きの腹に、北条が急加速する。朝比奈の背筋が凍った。


「フェイントって言葉、知ってる? お前バカだから英語分からないか」


 ――拳が、朝比奈の横腹に叩き込まれる。


「う、あぁッ」


 大きくブレる視界。横腹を殴られ、その衝撃とともに近くの大木に叩きつけられた。衝撃が大木の幹を揺らし、パラパラと枯れ葉が落ちてくる。幹の根元に倒れた朝比奈は、耐えられずその場に吐いてしまった。


「う、おぇ......はぁ、うっ!」


 死さえも脳裏に過ぎった今の一撃。そういえば星宮も先程同じ殴られ方をしていた。今思えば、さっき同じ一撃を受けた星宮が吐かなかったことを、朝比奈は素直に尊敬したい。そして、この痛みに悶えながら人の心配をできる星宮の優しさが怖い。


 だってこんな生き地獄、ちょっとでも耐えられるわけがないのだから。


「はぁっ、うぅ、は、はぁ」


 お腹が気持ち悪い。短期間に何度もぶり返してくる吐き気。間違いなく、今のはこの応戦においての”致命傷”だった。視界を涙でにじませながら、血の混じった嘔吐をする。もう立ち上がる気力は残っていない。震える手で近くに無数に生い茂る雑草を掴むが、雑草は朝比奈を救えない。でも何かを掴んで自分に気合を入れてないと、直ぐにまた吐きそうだった。


「――おいおい、もう限界かよ。さっきの威勢はどこいったんだ? ゲロ吐いて終わりとか、俺超寂しいんだけど」


 悠然と、また悪魔が――北条が近づいてくる。でも、朝比奈にはもう北条の言葉も姿も、何も感じられなかった。地面にみっともない姿で倒れ込み、大粒の涙を溢す。来るなら、勝手にくればいい。どうせ朝比奈一人の力じゃどうしようもなかったのだ。どう足掻こうと、結果は変わらない。もう引き返せない。痛々しく切れた唇が僅かに動く。


「――星宮なんか、助けなきゃ、よかった」


 掠れた声で、自分にしか聞こえない声量でぼそりと言葉を溢す。その瞳にはもう生気がこもっていない。すべてを諦めた絶望の表情だ。心が折れてしまったのだ。そして、今更朝比奈は自分の選択を後悔する。


「こんなことなるなら、星宮なんか見捨てて――そしたら、苦しむのは、星宮だけで、すんだのに」


 星宮は、一時期大嫌いだった女子だ。でも、北条に苦しめられる星宮をただ見ていたら、変な情に駆られて、思わず星宮を助けてしまった。昔の朝比奈だったら我が身第一できっと星宮を見捨てたはずなのに、今はできなかった。なんで、こんなに星宮に対して情が湧いてしまうのだ。おかげで、こんな地獄みたいな目に合っているというのに。


「星宮、なんか......」


 頭がクラクラとして意識が遠のきそうになる。でも、意識が飛んでくれればこの地獄とは一旦おさらばだ。あともう一発、北条が何かしてくれれば確実に朝比奈は楽になれるだろう。もう、痛いのも苦しいのもうんざりだ。歯が折れたとか、お腹が痛いとか、そんなのはもう後回し。とりあえず今は早く楽になりたい。


 ヤケクソも何も、全部どうでもいいや。


「満身創痍って感じだな。まぁ、こっからが本番だ。意識飛んでも直ぐに起こしてあげるからな」


「――」


「大丈夫。俺超優しいから、殺しはしないよ」


 いつの間にか迫っていた北条が拳を振り上げる。目の前には大木の幹に背中を預ける朝比奈。朝比奈はもう北条を視界に捉えておらず、俯いていた。


 そして再び、容赦のない拳が朝比奈に叩き込まれようとする。北条の視線の先には朝比奈の頭部があった。もう既にボロボロの朝比奈は受け身なんて取れない――否、受ける気力がない。


「あぁ」


 朝比奈からすべてを諦めたかのような吐息が溢れる。でも、やっぱり怖くて体が震えていた。次、あの拳を受けたらどうなるんだろう。考えたくもない想像だ。地面しか見てないから何の意味もないけれど、ギュッと目を瞑った。


「......」


 呼吸を荒らげながら、来たるべき衝撃を待つ。でも、なかなか身構えているような衝撃はこなかった。


「......?」


 恐る恐る、目を開ける。いつまで経っても何の衝撃もこない。疑問に思った朝比奈は顔だけ動かして、状況を伺った。そして滲む視界に、とんでもない光景を映したのだ。



「――絶対に、許さない。朝比奈さんから離れてください」



 頭部から一筋の血を流す北条。足元にはゴツゴツとした石が一つ、落ちている。そしてその後ろ約3メートルの距離に、自分の手よりも大きい石を握り、立ち上がった星宮の姿があった。


「ったく、死に急ぎかよ」


 最恐を相手に、無謀な応戦が加速する。マリンブルー色の瞳が不気味に輝き、平然とした様子の最恐を強く睨んでいた。


少年漫画みたいなサブタイと内容ですが、恋愛小説です。

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