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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・後編

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◆第132話◆ 『朝比奈美結のターニングポイント』

第一章が完結したのがもう一年以上前です。時の流れは早いですね


 ――約四ヶ月前。朝比奈美結は、校舎裏で一人泣いていた。


「......ッ」


 時間は放課後。吹奏楽部の音楽が薄っすら耳に届いてくる。まさか、こんな薄暗い校舎裏で朝比奈が泣いているとは誰も思いもしないだろう。溢れる嗚咽とともに、何度も校舎の壁を叩く音が響いていた。


「許さない、からっ。絶対に、許さないからっ。許さない、許さないっ!」


 呪いでもこもってそうな声音で、何度も「許さない」を連呼する。唇は無意識のうちに強く噛み締められ、その感情の荒ぶりようは計り知れない。燃えるような怒りと、行き場の失った感情に支配され、涙を何度もスカートに落とす。


「......天馬、庵っ! あのクソ男子ッ!」


 朝比奈の怒りの矛先が向かう対象は、”今日会ったばかり”の天馬庵。ついさっき会ったばかりの冴えない顔をした他クラスの男子だ。そんな、今まで朝比奈の眼中にすらなかった男が、今は朝比奈の心のどす黒い部分に嫌というほど刻まれている。


 その理由は、単純だ。



「私を、星宮の前で恥かかせてッ! 絶対に許さない! クソ男子も、星宮も、マジ死ねッ!」


 

 これは約四ヶ月前に起きた事件の後日譚。朝比奈が道を踏み外すきっかけとなった、分岐点(ターニングポイント)の話。



***



 後日譚の前に、少しだけ私の過去の話をするわ。


 私は朝比奈美結。北条くんと同じ中学校に通っていた、勉強大嫌いな女子。友だちは多いほうだし、鏡に映る私は可愛いし、自分のことを一軍女子だと自負している。とりあえず、私は自分を人生勝ち組の女だと思い込んでいた。


「消しゴム、落としたよ」


「あぁ、ありがとう」


「どういたしまして」


 私が中学生のとき、席替えで北条くんと席が隣になったことがある。北条くんはこの頃からありとあらゆる点において完璧で、他の男子とは明らかに格の違うオーラを放っていた。消しゴムを拾ってもらっただけで、心臓の鼓動が跳ね上がってしまうくらい、私の目から見ても格好いい。


「――朝比奈さんって、なんか喋り方良いよね」


「え......どういうこと?」


 いつだったか、北条くんが突然私のことを褒めてきたことがある。しかも、褒められたところは”喋り方”という、私が一度も言われたことがない部分だった。


「いやなんていうかさ、話しててめっちゃ落ち着く。俺、朝比奈さんと話しててめっちゃ楽しいもん。落ち込んだときとか朝比奈さんの声聞くと、超元気でそう」


「それは、ありがとうだけど......え、なんか、口説いてるの?」


「ははっ。そう聞こえた? 今のは俺の思ったことをそのまま伝えただけだよ。深い意味とかないから。朝比奈さんが話しやすいから、話したんだ」


「......そう」


 くしゃりとした笑顔。しっかり私の目を見て話してくれる、温かさ。雲の上のような存在が、今だけはとても身近に感じられて、私は顔を赤くしてしまった。


 北条くんはとてもモテる。だから、私は北条くんを異性として見ようとは思わなかった。いくら自分に自信があるとはいえ、北条くんはさすがに私とは釣り合わない。認めたくはないけど、私より可愛い女は沢山いるとちゃんと理解している。


「――今度さ、部活の大会あるから応援来てよ、朝比奈さん」


「え」


「って、それはさすがに図々しいか。あはは、驚かせてごめん」


 でも、北条くんの優しさは反則だった。イケメンにあんな優しさ見せられたら、誰だって恋に落ちてしまう、好きになってしまう。釣り合わないとか、無謀だとか、いつの間にかどうでもよくなっていた。少しずつ、私の心は北条くんに侵食されていったの。



「......行きたい。どこでするの? それ」



 でも、私の恋は実らなかった。高校に進学してからのこと。北条くんが選んだのは私じゃなくて、クラスの端っこでいつも無口でいる、お人形みたいな女子――星宮琥珀だった。



***



 私は失恋した。そして、北条くんが惚れた星宮琥珀を強く憎んだ。



『何もしてないわけないんだよ! 何もしてなかったらアンタみたいな影薄い女を北条くんが好きになるなんて絶対にあり得ない! 嘘つき続けるのもいい加減にしなよ、このクソ女!』


『だ、だから私は何もしてないって。本当にしてないんです』


『だから嘘つくなって言ってるでしょ!? あんた、私が北条くんのこと好きって知ってて、影でこそこそ北条くんに色目使ってた、そうなんでしょ? 認めなさいよ!』


『そんなわけないですっ。私は本当に何もしてなくて』


『ウザいウザいウザいっ! じゃあ何? あんたは北条くんが勝手にアンタに惚れたと思ってるわけなの?』



 憎しみを抑えきれなかった私は、理不尽な言いがかりをつけて星宮を複数人でいじめてしまった。こんなことしたって何も意味もないのに、ただ衝動的に星宮を苦しめた。今思えば、本当にダサいことしてるわ。最悪の現実逃避。

 

 勿論、こんな何の考えもなしに星宮をいじめてしまった私にはバチが当たる。



『謝れメンヘラ女。星宮に今すぐ謝れ。謝らないなら、この音声を職員室に今から持っていく。そうしたらお前の学校生活は終わりだな?』



 今でも思うけど、マジでお前誰だよって感じだった。突拍子もなく現れた男子――天馬庵が、どっからか持ってきた”私がしたイジメの録音”を持ってきて、脅してきたの。まあそんなもの出されたら引かざるを終えないわよね。


 失恋してそれじゃなくてもメンタル不安定だったのに、見ず知らずの男子にあれだけ舐められたらもう私は耐えられなかった。特に、追い打ちをかけてきた天馬庵が許せなかった。


 どう見ても私が悪役だけど、辛かったのは星宮だけじゃない。私も、そのあと一人校舎裏で泣くくらい辛かった。失恋して、バカにされて、プライドをずたぼろに傷つけられて――、


 

 どうしようもなく心が真っ黒に染まっていたときに、彼は来たの。まるでタイミングを見計らっていたかのように。



***



「――やっほー朝比奈さん」


 ぜえはあと未だ涙を溢し続ける朝比奈のもとに、一人の男子がいつの間にか近づいていた。名前を呼ばれた瞬間、朝比奈はあまりの衝撃に呼吸を詰まらせる。校舎裏で一人メソメソと泣いてるところを誰かに、それも男子に見られたりなんかしたら、今の朝比奈にとってはオーバーキルとしか言いようがない。


「誰!」


「ん、俺だよ。話すの、意外と久しぶりだよね」


 声の聞こえた先には、朝比奈にとって予想を斜め上に裏切ってくる人物がいた。身長が高く、引き締まった体つきをした男。壁に片手をつきながら、しゃがみこんでいる朝比奈を見下ろしている。


「北条、くん?」


「そうそう北条くん。最近物事がうまくいきすぎて絶好調の北条くんだよ」


「......何、言ってんの?」


 不気味に笑いながら、北条が近づいてくる。ポケットに手を突っ込みながら歩くその姿は、いつもとは少し違う異様な雰囲気を感じられた。簡単に表現するとしたら、それは”まるで別人”のよう。


「よいしょ、と」


 遠慮もなく涙目の朝比奈の目の前にしゃがみ、強気に顔を覗き込んでくる。反射的に朝比奈は視線を逸らそうとしたけれど、すんでのところで逸らさなかった。いや、逸らせなかった。この目の前の男が放つオーラに怯えてしまったのだ。


 恐る恐る目を合わせると、北条康弘はゆっくりと口を開く。


「――天馬庵、うざいでしょ?」


「は?」


 唐突に北条から出た言葉は『なんで泣いてるの?』でも『大丈夫?』でもなかった。まるで、すべてを知っているかのような口ぶりで、意外すぎる人物の名を口にしたのだ。


 呆気に取られた朝比奈は何も言葉を返せない。そんな朝比奈の心情も余所に、北条は淡々とした口調で言葉を続けた。


「俺は知ってるよ。朝比奈さんが天馬に恥かかされたこと。だから今、こうして泣いてるんでしょ?」


「な、なんでそれ知ってるの。それ、今さっきの話で――」


「そんなことはどうだっていい」


 先程起きたばかりのことを何故か知っている北条。朝比奈は驚きを隠せず、食い入るように反応をするが、北条は必要以上のことは何も話そうとしなかった。いつもは優しくなんでも答えてくれるのに、今の北条にはいつもの優しさが感じられない。その姿は、まるで別人。


「人の事情も知らない他人に説教こかれて小馬鹿にされる、超最悪だよな。俺、その気持ちめちゃくちゃ共感できるんだよなぁ」


「......はぁ?」


「俺も昔、とある女に超心傷つけられて病んでた時期があったんだよ。状況は全然違うけど、今の朝比奈さん、昔の俺と似たものを感じるなぁ」


「......だから何。さっきから意味分かんないんだけど、本当に何なわけ。......北条くんは星宮琥珀が好きなんでしょ。私なんか構ってないで、用がないならどっか行ってよ。今は、一人になりたい」


 何を話し出すかと思えば、朝比奈の同情を誘うような真実かも分からない昔話。同情してるつもりなのかは分からないが、今は誰だろうと自分に構ってほしくない。特に、こうして一人泣くきっかけとなった北条には触れてほしくなかった。


(こんなことなるなら、好きにならなければよかった)


 もう北条の顔も見たくなくなって、顔をうずめてしまう朝比奈。心底疲れた彼女は、完全に北条から心を閉ざそうとする。失恋相手に何を言われたところで何の慰めにもならないので、これ以上は無視するつもりだった。


 でも、次の北条の言葉に、私の思考は硬直した。



「――復讐、しようよ」



 放たれた言葉は、朝比奈の脳をゆっくりと揺さぶった。うずめていた顔を上げて、目の前に北条が居ることを確認する。そして呆然とした。対する北条は至って真面目な顔つきで、朝比奈の反応をジッと伺っている。


「何、言ってんの。北条くん」


「俺が朝比奈さんの復讐の手伝いをしてやるって言ってるんだ。星宮さんがうざいんだろ? 天馬がうざいんだろ? なら、俺がその恨みを晴らすの、手伝ってやるよ」


「――」


 真面目な口調でとんでもないことを口にする北条。余計ワケが分からなくなった朝比奈は、しばらく沈黙する。そして北条の視線を受けながら、ごくりと息を飲んだ。


 そもそも事件が起きた発端は、北条が星宮に公開告白をしたことによるもの。それを受けて朝比奈が暴走し、勝手ないちゃもんをつけて星宮をイジメ、その後庵によって返り討ちにあったというのが一連の流れ。完全な朝比奈の自業自得なのだ。そうだというのに、この北条が朝比奈の復讐を加担するなんて、あまりにも――、


「なんでそんな話を私に振ったのか分かんないけど、それ、北条くんにメリットないでしょ。星宮琥珀傷つけてどうすんのよ。そんなの、デメリットでしかない」


「メリットはある。それに、デメリットはない。これは、俺と朝比奈さんの利害の一致だよ」


「......は?」


 利害の一致と言われ、朝比奈はますます混乱する。朝比奈が北条の好きな星宮、そして庵を復讐することに何のメリットがあるのか。どう考えてもデメリットだ。北条は星宮が好きなのだから、勿論男として守るべき。なんなら、朝比奈とは敵対関係になってもおかしくないのだ。


 ――だが、”大前提”が崩れるというのなら、話は変わってくる。



「俺、天馬はともかく、星宮に死ぬほど恨みがあるんだよ。だから、この前の公開告白も復讐の一環なんだよね。そしたら朝比奈さんが盛大に星宮のことイジメてくれて超すっきりしたよ。爽快、爽快」


「!?」


 

 ケラケラと笑いながら、”裏の顔”をついに現した北条。一切の曇り無く豪快に嗤うその姿は、最早朝比奈のよく知る”北条”の面影は微塵もない。情報量が多すぎて理解の追いつかない朝比奈は、終始間抜けな顔を晒していた。まさか、北条が星宮を恨んでいた、なんて――、


「星宮のこと、好きじゃないの?」


「大嫌いだよ。とことん苦しんでから死ねばいいって、ずっと思ってる」


「......え」


 大嫌い、死ねばいい、そんな鋭利な言葉を迷いなく使われ、朝比奈は恐怖を感じた。公開告白までしておいて今更好きではなかったなんて意味が分からない。ペラペラと朝比奈の前で問題発言を繰り返し、一体何がしたいのか。


「なんでそんな話するの。てか、そ、そんなこと私に言っていいの? そんな大変なこと、私が誰かに漏らしちゃうとか、考えないの?」


「いや、朝比奈さんは誰にもこの話を言わないよ。それに、きっと俺と手を組むさ」


 情報が漏れることを気にしないのかと問えば、自信満々に北条は断言する。そして次放たれる北条の言葉は、朝比奈の心を今日一番に揺さぶり、凍てつかせた。



「――だってお前、俺のこと好きなんだろ?」



 北条康弘は最初から全て分かってて、この状況を作り上げた。すべてが北条の想定通りの盤面だったのだ。



***



 この数カ月後、北条は庵の母親を殺し、庵と星宮の関係にヒビを入れる。そして庵の精神状況が不安定になったタイミングを見計らい、星宮を誘拐し、交際関係を強要させ、耐え難い絶望を与えた。心根の優しい星宮は庵の体を労り、巻き込まないようにするため庵を頼らない。絶対に一人で抱え込む。そんな辛いときに庵が浮気なんてしたら星宮はきっと壊れるだろう。


 北条はどこまでも星宮を追い詰める。その理由は、きっといつか星宮も思い出す。

 

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