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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・後編

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◆第125話◆ 『嘘つき、嘘つき、嘘つき』


――2月13日。


 街頭がなければ何も見渡せないほどに視界は暗く、それに加えて気温は相変わらず南極のようだった。こんな日の夜に外出するなんてまさに狂気の沙汰なのだが、そんな中でも向かわなければならない場所が庵にはあった。


「――」


 しっかりとした防寒対策をして訪れた場所は、最寄りの公園。ここは、前に庵が自暴自棄になっていたときに、星宮が助けてくれた思い出の場所だ。そして、今日庵がここに訪れた理由は、ここで星宮と待ち合わせをしているため。また、ここだ。


「――ぁ」


 公園の中に入れば、直ぐに、ブランコ近くのベンチに座っている星宮が見えた。街頭がちょうど星宮を分かりやすく照らしてくれている。星宮は服の上から薄そうなカーディガンを羽織り、下はロングスカートの、見ただけで寒そうと思ってしまう服装。バッグを膝の上に置いて、顔を俯かせていた。


 そんな星宮に一瞬庵は息を飲み、覚悟した。白い息を吐きながら、ゆっくり星宮に近づく。


「――」


 至近距離まで近づいたのに、星宮はなかなか気づいてくれない。何か考え事でもしているのだろうか。庵は久しぶりに間近で見る雪色のセミロングヘアに、何故か心を痛め、口を開いた。


「来た......けど」


 緊張のせいでうまく発音できたのか自信がない。だが、今の声はしっかりと星宮に届いていて――、


「――天馬くん」


「お、おう」


 星宮が庵の方に視線を向けた。それと同時に、星宮の顔がようやく庵の視界に映る。その瞬間、庵の心臓はキュッと縮こまった。一気に湧き上がってきた恐怖が、背筋に鳥肌を立たせていく。足や手――否、全身の感覚がなくなったかのような錯覚に陥りそうになった。


 何せ、星宮は今までに見せたことのない軽蔑の眼差しを庵に向けていて――、



「よく堂々と私の前に顔が出せましたね」


「――――――え?」



 外の気温よりも冷え切った星宮の声が、庵の全身を穿った。



***



 今まで、星宮に怒られたことも、泣かれたことも、嫌そうな顔をされたことも、何度もあった。庵は付き合っている内に、星宮の色々な『変化』を見てきたつもりだ。これが誇りになるとは思えないが、もう星宮の感情の全てを知り尽くしていたといってしまっても、過言ではないと思っていた。


 だが違った。今、星宮は今までに庵に見せたことがない、視線、表情、眼差しを向けている。例えるとするならば、前に愛利が庵に向けてきた、忘れもしないあの軽蔑の眼差しだ。


「正直、天馬くん来ないって思ってました。だから少し意外です」


「いや......来いってLINEしてきたのは星宮の方だろ。来ないわけが、ない」


「そうですね。でも、私のところに来て本当によかったんですか?」


「......は?」


 話をしたいと言いだしたのは星宮。LINEをして、この公園に集まることを決めたのも星宮だ。なのに、何故こんなことを言うのか。庵は意味が分からず、言葉を失った。そんな庵に、星宮は目を細めて更に軽蔑の視線を濃くしていく。


「私より優先するべき人が居るんじゃないんですか、天馬くん」


 少しずつヒントを出していく星宮。それでも庵は意味が分からない。だから、無神経な一言を放ってしまう。


「何言ってんだよ。俺は、星宮の彼氏だぞ」


「――ッ」


 そう、深く考えずに発言した瞬間、明らかに空気が一変した。星宮の整った眉が吊り上がり、マリンブルー色の瞳に涙が溜まりだす。


 ベンチから立ち上がった星宮は、庵のもとに至近距離まで近づいた。急に動き出すので、庵は反射的に一歩後ずさろうとするのだが――、



「ふざけないでくださいっ!」



 一切の躊躇のなかった星宮の右手が、庵の頬を勢い良く弾いていた。



「......え」


 星宮から平手打ちを受け、庵は間抜けな声を漏らす。痛みは、正直感じられなかった。痛くなかったのではなく、痛みを感じる脳のリソースが足りなかったのかもしれない。それだけ、今星宮がした平手打ちの衝撃は庵にとって大きかった。


 あの、穏やかで、笑顔が幼くて、か弱くて、暴力なんて無縁な天使みたいな女の子に、平手打ちをされたのだ。


 平手打ちされた頬を手で押さえながら、庵は呆然とする。もちろん、星宮からの暴力なんて始めてだ。前を見れば、怒りから涙を流す星宮の表情が未だ庵の方を見ていた。


「嘘つきっ。天馬くんの、嘘つきっ! 嘘つきぃ!」


「さっきから、何言ってんだ......?」


 こんなに泣かれても、庵は未だ星宮がここまで怒る理由が分からない。それは庵が鈍感だからなのだろうか。それに星宮は「開き直らないでください」とでも言いたげな表情をしている。


 適当に理由を口にしてみようかとも考えたが、そんなことをすれば余計星宮の怒りを書いそうなので直ぐに却下した。そもそも、適当に考えることすら難しい。


 庵が永遠に理解しようとしないので、耐えかねた星宮が苦しそうに口を開いた。


「甘音、アヤ、さんっ」


「あ、甘音?」


 突然出てきた甘音の名前。庵のクラスメイトであり、文化祭のペアだ。


 庵はその名前を聞いて、まさかと一瞬で勘づいてしまった。庵の脳内に、今日の放課後の出来事が鮮明にフラッシュバックしていく。だが答え合わせは早く、庵が何か口にする前に星宮が続けて言葉を口にした。



「っ。なんであんな人に浮気したんですか! 私に何も言わずに、こっそりっ! 本当、どういう神経してたら私を簡単に捨てて、新しい彼女を作れるのか私には理解できません! 浮気しないって、初詣に行った日、約束したのに!」



 聞いているこちらも胸が痛くなってしまうような悲痛な声で、星宮がすべてを吐き出した。その瞬間、庵はスッと全身の血が冷えていくような錯覚を味わう。



「......は?」



 星宮は庵の浮気について責めていた。それは理解した。だが、逆に庵も星宮の浮気を問い詰めるために今日ここに来ている。だから、星宮の言葉を否定するよりも先に、北条に浮気をしているお前が何を言っているんだと庵は思ってしまった。自分の事を棚に上げて話している星宮に、庵にも怒りの感情が蓄積されていく。


 そうして、修羅場は最悪の形から始まりだした。


 

ついに山場に足を踏み入れました。

踏み入れただけです。



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