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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・後編

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◆第122話◆ 『前島愛利(2)』


 ――「俺に空手を教えてくれないか」。


 そう聞かれて、アタシは目を見開いた。今でもどの面下げてアタシの前に顔出してんだ、って感じなのに、加えて意味不明な頼み事までされて、どんだけず太い神経なんだよってぶん殴りたくなる。


 でも、何故かその時は少し冷静だった。時と場合が違ったら、うっさい、出てけ!と追い払っただろうが、そうはしなかった。


「......なんで」


 目は合わせずに、むっすりとした声で理由を問いかけた。


「それは......ちょっと臭いこと言うかもしれないけどさ、俺、星宮を守れるような強い男になりたいんだよ。今の俺って別に何か特技があるわけでもないし、かっこよくもないだろ? だから、せめて頼りがいのある男になりたいなーって、思ってさ。それで、愛利に空手を......」


 おそらく、庵先輩は今回の琥珀ちゃんを傷つけた一連の出来事を通して、自分の無力さを痛感したのだろう。何回も琥珀ちゃんに迷惑をかけて、助けられて、本当にどうしようもない彼氏なのだということを思い知らされたのだ。本来ならば庵先輩がか弱い琥珀ちゃんを守らなくちゃいけないのに、それをするための十分な力が庵先輩には備わっていない。


 だから、アタシに助けを求めた。でも、アタシは「おっけー」なんて素直に言えるはずがない。このギスギスの関係のまま空手を教えるなんて、こっちから願い下げだ。


「アタシさ、庵先輩に言ったよね。あんたのこと絶対許さないって」


「言ったな。覚えてるよ。だからこそ、これは罪滅ぼしなんだ。俺が強くなったところで過去は変わらないけど、これからの結果で愛利を納得させる。俺に、星宮を守れるくらいの力を付けてくれ」


 綺麗事を言うなって言いたかった。でも、庵先輩の真面目な眼差しの圧に負けて、何も言葉を返せなかった。


「......アタシ、あんたとは絶交するつもりだったけど」


「......つもりなら、考えを改め直してもらいたいな」


 庵先輩曰く、強くなることが罪滅ぼしになるらしい。まぁ、言いたことは分からなくもない。強くなって、これから琥珀ちゃんを助けるようなことがあれば、それは良い償いだ。琥珀ちゃんも、頼りがいのある彼氏になってくれたらさぞ喜ぶだろう。


「......だめか?」


 黙り込んだアタシに、庵先輩が不安そうに聞いてくる。口調的に、断られたら断られたらで仕方ないなんて、投げやりな考えをしていないことが分かる。庵先輩は本気でアタシにこの頼み事を持ちかけているのだ。


「――」


 アタシの心はとても揺らいでいた。少し前までなら、ふざけんなって中指立てながら一喝して追い返しただろうけど、色々と考えを改めようとしている今だと迷いが生じる。


 『アタシだけの正義』は今、愛利の中でとても不安定な状態だ。庵先輩を絶対に許すなって自分もいるし、チャンスを与えて罪滅ぼしに協力してあげてもいいんじゃないかって自分も混在してる。


 通信制高校に通うアタシは時間がたくさん有り余っている。だから、庵先輩に空手を教えるくらい、正直余裕だ。でも、アタシのプライドはまだ「おっけー」を出せない。


「......あんだけボコボコにされて、アタシが怖くないの?」


「正直めちゃくちゃ怖いぞ? 今もいきなり足蹴りされないかヒヤヒヤしながら話してる」


「......強くなりたいんなら、別にわざわざアタシに頼む必要ないでしょ」


「俺の友達に頼もうかなって考えてみたけど、あいつ部活が忙しいからな。俺、友達が少ないから愛利くらいしか他に頼めるやついないんだ」


「......」


 庵先輩のくせに生意気。よくもご機嫌斜めなアタシにこうもズカズカと心に入り込んでくる。アタシは溢れ出てくる不快な感情に舌打ちをし、ダンっと近くの壁に足蹴りをかました。


「あぁもうまじウザい! ストレス!」


「!?」


 いきなり暴れ出したアタシに、庵先輩が目を見開く。そんな庵先輩に、どこか吹っ切れたアタシは胸ぐらを掴んで、こう口にしていた。



「庵先輩。辛いからって逃げ出したらまじで許さんから!」



 そうして、アタシによる庵先輩への特訓がスタートした。まぁ、最初らへんはギスギスしたままだったけど、意外とすんなり打ち解けてしまった。


 初めてアタシは『アタシだけの正義』を曲げてしまったのだ。もしかしたら、少し庵先輩への罪悪感もあったのかもしれない。自分の変わりように驚きだ。



***



 ――時は戻り、バイトを終えた庵は、夜の寒空の中で身を震わせながら近くの空き地に身を運んでいた。


「うぅ......」


 こうも寒さが身に染みるのは、おそらく上下ジャージの薄着をしているせいだ。青色のシンプルでダサいジャージは、簡単に冷風を貫通する。カイロはあるのだが、気休め程度にしかならない。


「――」


 一番乗りかと思いきや、先客がもう既に空き地にいる。3つ並んだ土管に足を組んで堂々と座っている姿はまるでジャ○アンだ。庵は鼻水をすすりながら、よろよろとジャイ○ンのとこまで向かう。


「早いな、愛利。俺と同じタイミングでバイト終わったはずだよな?」


「庵先輩が遅いだけ。これが、”差”ね」


「何回でも思うけど、後輩にここまで舐められてる俺ってだいぶダサいな」


「ごちゃごちゃ言ってないで、まずは体操から。こんなに寒いんだから、体温めておかないとアタシに殺されるよ? 殺すよ?」


「それ冗談に聞こえないのがマジで怖い」


 今からするのは愛利による『特訓』。空手の知識がある彼女に、簡単な技と護身術を教えてもらうのだ。特訓する場所が外なのは、愛利曰く極寒の中の方が気合が入るらしい。庵としてはどこかの体育館でも借りたい気分なのだが、愛利の言うことは絶対なので逆らえなかった。


「今日もよろしく、愛利。今日はいろいろと落ち込んでるから、まぁその、お手柔らかにしてもらえれば」


「それは庵先輩の頑張り次第。泣いちゃったら、ハンカチ貸してア・ゲ・ルね」


「......」


 今日も今日とて庵の特訓が始まる。浮気疑惑がかかった星宮に心を乱されてはいるが、しばらくはこの『特訓をやめるつもりはない。大切な人を守れるように、庵は強くなっていく。








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