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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・後編

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◆第121話◆ 『柔軟思考とひねくれ思考』


 ――時は約一週間ほど前まで遡る。


 庵と星宮がお互いを見つめ直すために距離を置き、それぞれが新しい出会いに花を咲かせている最中だ。もどかしい思いを感じつつも、二人は確かにそれぞれの成長の一歩を歩んでいた。星宮は今まで受けていたイジメの過去を乗越え、再び人間関係の構築を始めようとしている。


 それに対して庵は、とある人物の協力のもと、凄まじい成長を遂げようとしていた。それは星宮の努力と比べても遜色のない、今までの庵では想像もつかないような進歩。

 そうなのだが――、


「......嘘だ嘘だ嘘だっ」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら、帰路を歩く庵。顔は青ざめ、手は謎の汗で湿っている。とてもじゃないが様子が普通ではない。早歩きで向かう先は、自宅ではなくバイト先のコンビニ。


「――おお庵くん。顔が青ざめているけどどうしたんだい」


「店長、緊急事態です。俺今日死ぬかもしれません」


「何を言っているんだ君は」


 コンビニで真っ先に庵を出迎えてくれたのは店長。白髪混じりのこの初老の店長はいつだって人懐っこい笑顔を浮かべている。しかし、今日は庵の異様な様子を見て顔のシワを不安挿入歪めていた。


「とりあえず、着替えてきます......はい」


「本当にどうしたんだい。また体調が悪化でもしたのか? バイトに復帰したばかりなんだから、健康には気をつけるんだよ」


「別に体調を崩したわけではないんですけど、今俺精神的にヤバいんです」


「......ともかく、無理そうなら早めに言うんだよ」


「ありがとうございます」


 そう言い、庵は関係者以外立ち入り禁止の部屋に足を踏み入れる。中は暖房がガンガンと効いていて、外の寒さが嘘だったかのような楽園がそこにあった。しかし、今の庵はそんな楽園に心を解されるほど落ち着いていはない。何度でも言うが、緊急事態なのだ。


「――うわ、なんか来た」


 ふと聞こえた高い声。どうやらこの部屋には先客が居たらしい。視線を向ければ、椅子に足を組みながら座る生意気そうなバイト仲間が見えた。庵を見て、嫌そうな顔をしている。


「なんで学校の制服のままちょくでここに来てんのよ。ばっかじゃないの、庵先輩」


「......ぅあ......り」


「は? 何? え、なんで涙目」


 庵はそんな生意気な後輩を見つけて、目を潤ませた。さすがの庵の異常さに、目の前の後輩も困惑した表情をする――否、引いている。


「俺、俺さ.......うぁ......!」


「あのー、何言ってんのか分かりませーん。もっとハキハキ喋ってくださ―い」


「あぁ、ぁぁぁぁ」


「いやマジでなんなの」


 一向に日本語が喋れない庵。女子の前で情けなくも涙声になっていて、プライドの欠片もない。しかし庵がこうも様子がおかしくなっているのは、それ相応の理由がある。庵は後輩の前で膝を折り、倒れ込んだ。


「......助けてくれ」


「だからさ、さっきから何の話なの。部屋入ってきて、急に涙声で奇声上げだして、マジでホラーなんですけど」


 呆れだした後輩がいい加減付き合ってられないと、椅子から立ち上がり庵から距離を取ろうとする。しかし、庵はどこかへ行こうとする後輩をギリギリのタイミングで腕を掴んだ。勿論、嫌そうな顔をされる。


「助けてくれ、愛利っ」


「......何」


 そうして、庵のバイト仲間であり、バイオレンスであり、一度はギスギスの関係になった、顔は可愛いけど性格は可愛くない後輩こと、愛利がようやく庵と目を合わせてくれた。その瞬間、庵の中の何かが決壊する。



「星宮が浮気したんだぁぁぁぁぁぁ!!!」



 と、今までに出したことのないくらいの声量で、庵は愛利の鼓膜を破りかけた。



***



「で、何。琥珀ちゃんが浮気って?」


 冷静な声でそう聞いてくる愛利。目の前で項垂れる庵の頬が赤く腫れているが、さっき愛利の耳元で大声で叫んだせいで、思いっきりひっぱたかれてしまった。なんて男勝りな後輩なのだろうか。耳元で叫んだ庵が悪いのはそうなのだが。


「......今日、あきらっていう俺の友だちから聞いたんだよ。星宮が、俺以外の男と登下校したり、一緒に昼食したりしてるって......俺、まだ星宮と一緒に登下校も昼食も食べたことないのに、あいつは星宮と付き合って一週間も経たずに俺と星宮が経験するはずの初めてを奪ったんだ!」


「一回落ち着きなって。焦らんくても、アタシは逃げないから。で、そのあいつってのは誰なの?」


 早口で捲したてる庵を、愛利が呆れながら落ち着かせる。珍しく優しい一面を見せてくれたのだが、それくらい今の庵は手に負えないのだ。とりあえず愛利のおかげで若干冷静さを取り戻した庵は、ずずっと鼻をすする。


 そして庵は愛利の質問を受け、星宮を奪った忌まわしきイケメンの顔を思い出した。


「......星宮と同じクラスの、北条康弘ほうじょうやすひろってやつ」


 星宮を奪った男の名は北条康弘。関わりはそこまでないのだが、少なくとも知り合いではある男。今まではそこまで気に留めていなかった存在なのだが、今は呪いたい気分になっている。己、よくも星宮を誑かしたな。


「へー、同じクラスね。んで? そいつはどんなやつ?」


「それは......」


 愛利の悪意のない視線が庵を穿つ。正直、この質問には答えたくない。でも答えないわけにもいかないので、若干俯きながら口を開いた。


「......イケメンで、頭良くて、運動できて、クラスの人気者で、生徒会入っていて、俺みたいな陰キャにも平等に接せるような......まぁ、いろいろとすごいやつ」


「あちゃー。庵先輩の完全上位互換っていうか、ちょーエリート人間じゃん。おつかれー、庵先輩」


「はやすぎか。おつかれじゃねーよ」


 正直に話したら、愛利は広いおでこに手を当てて、わざとらしく庵をバカにしてきた。しかしこちらは真面目に話をしているので、それをおつかれの一言で終わらせられるのは許せない。何度でも言うが、これは緊急事態なのだ。庵の最初で最後になるだろう彼女、しかも宝石級を失うわけにはいかない。


「もっと真面目に話聞けよ。俺が今どんな思いでここに居るのか分かってんのか?」


「聞いてて言ってんの。じゃあ聞くけど、相手は何でもできる超エリート人間で、庵先輩はなんなわけ? 一つでもそいつに勝てる分野あんの?」


「......ゲームとかなら」


「論外。もうそのまま指しゃぶりながら、琥珀ちゃんの新しい恋を外野から眺めときなよ。どうしようもないんだから」


「......」


 突き放すような愛利の言葉に、庵は言葉を失った。藁をも縋る思いで話をしてみたのだが、まだ序盤の会話でこの有り様だ。生意気そうに椅子で足を組む後輩に庵はため息をつく。


「......はぁ」


 別に愛利の言っていることが正しくないとは思わない。庵はそこまでプライドは高くないし、自分の不出来さをよく知っている。


 だとしても、今は正論なんて聞きたくなかった。北条が庵より優れた人間であることなんて、ずっと前から分かっていること。別に無理にフォローしろとまでは言わないが、そこまで突き放すような発言はしなくてもいいんじゃないんだろうか。落ち込んでいた気分が、更に落ち込みだす。


「お前に話を振った俺がバカだったな」


 ギャルは意外とこういう相談事には真面目に乗ってくれるという謎の偏見を持っていたのだが、それはアニメの世界だけなのか。実際は惨めなザマを嘲笑れるだけだ。本当に何の得もない。


 項垂れる庵。もう、誰も彼を救えないと思ったそのとき――、


「――ま、冗談はこれくらいにして、今からアタシが真面目に庵先輩に助言を教えたげる」


「あ? 冗談?」


 急に声のトーンが変わった愛利。その変化に、庵も思わず顔を上げた。それに合わせて愛利が立ち上がり、彼女の長い金髪がふわっと舞う。そして、ビシッと庵のおでこに指を突き立てた。


「冗談だけど? アタシがそんな酷いこと言うわけないじゃーん」


「色々と言いたいことはあるけど、とりあえずこの指はなんだ」


「特に意味無し」


「......なんだお前」


 一気に愛利に対する信頼度が下がった庵は、ボーっと興味なさそうに愛利の言葉を待つ。あれだけ突き放しておいて、何を今更言うというのか。


 庵の死んだ顔に、愛利がふぅと一息ついた。



「庵先輩さ、ばっかじゃないの? あの優しくて真面目でガードの高そうな琥珀ちゃんが、そんな簡単に浮気なんてするわけないじゃん。腹は立つけど、絶対ありえないって断言できるね」



 庵の額に指を当てたまま、ビシッと愛利は真面目に口を開いた。先ほどまでの諦めモードからは打って変わって、星宮が浮気するなんてありえないと断言してくれる。一体どういう心境の変化なのか。


「その、根拠は?」


「はぁ? 根拠? そんなもんあるわけないでしょ」


「......やっぱお前信用ならん」


 愛利の投げやりな言葉に、再び愛利に対する評価が落ちていく。しかし、これに関しては庵が悪い。根拠がないとはいえ、愛利の言っていることは意外とまともなのだ。


「あのさ庵先輩。あんた、本当に琥珀ちゃんの彼氏なわけ? ちょっと引くんですけど」


「は? 何が言いたいんだよ。俺が星宮の彼氏じゃなかったら、わざわざここまで落ち込むわけないだろ」


 何故か軽蔑するかのような視線を向けてきた愛利。「琥珀ちゃんの彼氏なわけ?」なんて根本的な質問をされて、庵は眉を寄せる。


「アタシが言いたいことはそういうことじゃない。庵先輩は、なんで琥珀ちゃんが浮気したって決めつけてんの? なんでその前提がおかしいって考えができないんですかあ?」


「決めつけって......あきらから聞いた話だし、確かなんだよ。食事も登下校も一緒にしてるって、だから!」


「だから何。庵先輩は琥珀ちゃんの口から実際に聞いたの? 新しい彼氏を作りましたー、的なこと」


 愛利はこの問題の根本的なところを突いてくる。しかし、愛利の言う通り、星宮の浮気問題はただのガセでした、などと今更飲み込めるはずがない。それに一番信用できる友達からの証言もあるのだ。


「聞いてないけど、でも、ほぼ確定だろ。食事一緒にして、登下校とか......!」


「はいでましたー、陰キャ特有のひねくれまくった一方通行の思考回路。マジキモだわ」


「いやだってそうだろ!? 俺だって嘘だって信じたいけど、星宮が北条に浮気していない可能性なんて、もう限りなくゼロに近いんだ......俺はもう、終わりだ。俺は所詮、陰キャなんだ」


「......本当、どうしようもないね、庵先輩」


 その場に崩れた庵を見て、愛利は目を細めた。どうやら、今の庵は心に余裕がなく、柔軟な思考ができない様子。しばらく間を開けたあと、はぁと疲れたように一息吐く。



「――アタシが庵先輩の立場なら、まず浮気なんて嘘だって信じる。あの琥珀ちゃんが何の前ぶりもなく浮気とか信じられない」


「――」


「――もしくは、その北条って男がヤバいやつで、琥珀ちゃんはそいつに脅されてる、とかね。庵先輩はひねくれた考えをやめて、もっとこういう柔軟な思考をしな」



 結局、庵は今の愛利の言葉を真面目には受け取れなかった。まさか北条がそんなことをするはずがない、なんて調べもせずに勝手に決めつける。本当に愚かだ。それが、後に取り返しのつかない後悔に繋がりかけるとも知らずに。


 


 

最近更新ペース遅くて申し訳ないです

なんでこの女普通に登場してんのって思われたかもしれませんが、そこら辺については次回から...

明日も更新します、たぶん´`*

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