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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・後編

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◆第118話◆ 『無謀な決意』


 レストランから外へ出れば、真っ暗な空から雪が降り注ぐロマンチックな光景が広がっていた。しかし今の気温は最初訪れたときよりも寒くなっている。ダウン越しにも突き刺さるような強烈な寒さが襲ってきて、無意識に手をこすりつけてしまう。


「北条くんは......!」


 手袋を取り出そうと思ったが、最早そんなことをしている時間すら惜しい。北条を見つけ、料理のお金を返してもらわなければならない。頼れる存在が少ない星宮にとって、お金は生命線。取り返せなければ、今日から生きていけないと思った方がいい。


「はぁっ、はぁっ」


 とりあえずレストランの敷地を出る。そうすれば直ぐに分かれ道だ。ここは交通量が多い地域なので、沢山の車が行き交っている。あまりの騒音に耳を痛めながら、どの道に進むか思案した。


「北条くんの家さえ分かれば......っ」


「――北条くんなら、ここだぞ?」


「っ!?」


 聞き覚えのある声が鼓膜を震わせる。後ろを振り返れば、ブロック塀に背中を預ける北条の姿があった。目的の人物が直ぐに見つかって、星宮は瞠目する。


 驚きに硬直してしまうが、それも一瞬のうち。星宮は拳をギュッと握りしめてから、迷わずに北条の元まで歩いた。そして胸ぐらを手で掴み、出来る限りの強い視線で睨みつける。


「あ? なんだこの手。どうしたんだよ星宮、そんな怖い顔して。せっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」


「どうしたもこうしたも......」


 分かっているくせに、分かっていないフリをする北条。どれだけしらを切ろうが、今更疑いようがない。ここで日和ったら、星宮の負けだ。


「あなた、さっき私に何をしたんですか!!!」


 星宮の叫びが、雪降る夜空に響き渡っていた。



***



 ――星宮の叫びは、しっかりと北条の耳に届いた。


 北条はスッと目を細めて、睨みつけてくる星宮の様子をしばらくの間見つめる。それからポケットに突っ込んでいた手を顎に当て、わざとらしく首を傾げてみせた。まるで何を言っているのか理解できないという、ふざけた仕草だ。


「何をしたってのは、何の話だ? 睡眠薬を飲ませた話か、スマホを盗んだ話か、俺が代金払わずに帰った話、か。何の事を言っているんだろうなぁ?」


「やっぱり、あなたがっ。スマホもあなたが!」


「あぁ、俺が持ってるぞ」


 ポケットから星宮のスマホを取り出し、ぶらぶらとさせておちょくる北条。何となく北条がスマホも持っていると関連付けていたが、やはりそうだった。それに今、北条は睡眠薬と言った。おそらく、手渡しされたあのぶどう味の飴がそうだ。


 しかし素直に全部白状してくれたので、星宮としては話が早い。冷静になるため、とりあえず北条の胸ぐらから手を離し、呼吸を整える。


「......いろいろとあなたに聞きたいことはありますけど、まずはお金を返してください。話はそれからです」


 睡眠薬だとか、スマホだとか、無視できない話ではあるけれど正直今はどうでもいい。一番の問題はお金だ。さっき払わされた21512円の内、星宮の分を差し引いた約二万円を返してもらえなければ、これから星宮は生活していけない。ここは意地でも取り返さねばならないのだ。


 しかし、その星宮の訴えに返ってきた答えはあまりにも悪辣なものだった。


「お金を返せ? なんでだよ。お前が俺の分も払ってくれた、それで終わりじゃないのか?」


「っ。ふざけないでください! なんで私があなたの食べた分を奢らないといけないんですか! そんな話は聞いていませんし、そもそもあなたは私に奢ってくれるって言いましたよね! 話が違います!」


 最初は北条が奢るという話だったが、星宮が食べた分を星宮が払わなくてはいけないのはまだ分かる。しかし北条の分を星宮が払わなくてはならないのは意味不明。


 白を切る北条に、怯むことなく問い詰めていく。北条は地頭が良い人間なので、今星宮が言っていることが理解できない訳がない。そもそも、何も難しい話はしていないはずだ。キリリとした星宮のマリンブルー色の瞳が不気味に輝く。


「私の分を奢るという話は無かったことにしてもいいです。でも、あなたが食べた分の代金は返してください。そのお金が無いと、私はとても困るんです」


「―――」 


 更に北条を追い詰める。正直、追い詰めているという実感はあまり感じないが、少しでも彼の良心に響いていることを信じて口を開き続けた。


「だから――っ」


「あー、ごちゃごちゃうるさいな」


 そんな声が聞こえた瞬間、星宮の視線が大きく上を向いた。首に感じる、熱くて力強い感触。一拍遅れて、北条に首を掴まれ、押し倒されていることに気がついた。


「ぅあっ」


 そのままバランスを崩して、とてつもない勢いで尻もちをついたので、尻から鋭い痛みがジワジワと全身に伝わっていく。涙目になりながら、それを成した北条を見上げた。彼は腰に手を当てながら、居丈高に星宮を見下ろす。


「星宮、お前『やられたらやり返す』って言葉を知っているか? まぁ、知っているも何も言葉通りの意味だけどな」


「......は?」


 突然、何事か語りだす北条。何の話なのか意味が分からず、星宮は困惑するが、そんな事は気にもせず北条は言葉を続ける。


「俺は確かにお前に料理を奢ると話をした。信じられないかもしれないけど、『最初』は本当に奢るつもりだったんだぜ? ――でも、気が変わったんだよ」


 北条の声音がワントーン下がった。瞳もギラリと輝き、再び星宮を睨みつける。頬を硬くする星宮に対し、北条は手に持つ星宮のスマホを突きつけた。



「お前が俺との会話をスマホで録音しだしたからなぁ! 録音したものを警察に突き出すつもりだったのかはしらないが、この時俺の気は変わったんだよ。やり返さないといけないってな!」



 力強い叫びと、怒りに歪んだ北条の表情が、星宮の心に恐怖を与えた。北条が口にしたことをゆっくりと噛み砕き、理解する。実に筋の通った話だった。


 星宮は北条との会話を録音する作戦を実行したのだが、それがバレてしまったのだ。だから、仕返しとして北条は逆に星宮を追い詰めた。


 狩りをする者は、逆に狩られるかもしれないという考えを常に持っておかねばならない。その油断が隙となり、相手に立場逆転されてしまう。相手が自分よりも強いというのなら、それは尚更だ。星宮はやり返されるという思考――否、失敗するというケースを想定していなかったため、このような状態に陥ったのだ。


「だから俺はお前に睡眠薬を舐めさせて、眠らせ、代金の支払い義務をお前に被せた。俺は、お前にやられたからやり返したんだ。俺は今、何かおかしいことを言っているか? 言ってないよなぁ!?」


「――っ」


 反論の言葉を出せない。というよりも、出せるはずがない。北条の言う通り、星宮はただ『やり返された』だけなのだ。ただ、はいそうですかと納得がいくはずもなかった。


「......確かに、私があなたとの会話を録音していたことは認めます。ごめん、なさい」


「――」


 謝りたくはないが、今はプライドを捨ててでも北条に喰らいつくしかない。最早、それしか選択肢は残っていなかった。北条に襲いかかってお金を奪い取ろうとしたところで、返り討ちにあうのがオチ。


「でも、それでもお金は払ってください。じゃないと困るんです。次の仕送りは4月だから、それまでもたないんです」


「無理だな。俺の知った話じゃない」


「っ。お願い、します」


 強く北条に懇願した。しかし、北条は未だ冷徹な視線を星宮に向けてくる。返ってくる答えも冷徹そのものだった。


「仮にお前が俺との会話の録音に成功して、今から録音データを警察に渡しますってときに、俺が「やめてくれ」と頼んだらお前はやめてくれるのか?」


「それは......っ」


「やめるわけがないよな? お前は警察を使って、泣いて許しを請う俺を徹底的に追い詰めるよな? なら、俺だってそうだ。俺はお前に慈悲はかけない。金欠だろうがなんだろうが、そのまま苦しめばいいんだよ」


 突き放すように放たれた北条の言葉は、とても分かりやすくて鋭利なものだった。星宮の口がゆっくりと閉じていき、顔を北条に見せないように俯かせる。追い詰めるつもりが、逆に完膚なきまでに追い詰められてしまった。


 勝者は北条。北条は地面で絶望する星宮に目を細め、ふんと鼻を鳴らす。


「お前一人の力じゃ俺を追い詰めるなんて不可能だと思ったほうがいいぞ。お前がどれだけ純粋で、誰かを追い詰めるようなことをするのが苦手なのは、俺が誰よりも知ってるからな。ま、教えたところでお前は一人で悩みを抱え続けるんだろうけど」


 そう、アドバイスのようなものを口にしてから、北条は星宮のスマホを雑に投げ捨てた。スマホは何回転かして星宮の足元でぶつかって止まる。


「あと、お前の元カレの写真は全部消しといた。勿論録音してたやつも。過去は忘れて、俺を大事にしろよ」


「......は」


 軽くとんでもないことを言ってくれて、星宮は肩を震わせた。そんな星宮の驚きを無視して、北条は星宮から視線を逸らす。まるで当たり前のことをしたまでといった顔つきだ。


 わなわなと震える手で、星宮は投げ捨てられたスマホを掴む。北条の言う通り、スマホのアルバムにあった庵との写真はすべて消去されていた。ゴミ箱にも、別の場所にも、もうどこにもない。唯一の心の支えだったものが、こんなにもあっさりと消えていた。


「それと、金がなくて困ってるなら体を売ればいいんじゃないか。それなら俺が買ってやるぜ?」


「――」


「無視か。ま、どうなろうが俺の知ったことじゃないしな。俺は帰るけど、お前も風邪引かないうちに早く帰れよ。風邪引いてお前と会えなくなるのは寂しいからな」


 最後まで星宮の心を抉る言葉を言い残し、地面に座り込む星宮を置いたまま帰路を歩き出す。そのまま帰っていくと思いきや、一度だけ北条は後ろを振り返った。


「そういやペナルティポイントは2な。あと1だからせいぜい気をつけろよ。んじゃ」


 最後の最後まで星宮を追い詰めて、北条は暗闇へと姿を消す。


 一人取り残された星宮。動く気力が湧かず、ぽつりと地べたに座り込んだまま硬直する。大粒の雪が勢いを強めてきて、雪色の髪に同化するかのように積もっていた。まるで雪が星宮の今の有り様を嘲笑っているかのようだ。


「......ぁ」


 今まで、何度も酷い目には合ってきた。何度も何度も辛い経験をしてきた。その度に星宮の心はひび割れていっている。辛い出来事に耐性がつくわけでもなく、少しずつゆっくりと星宮の心には絶望が蓄積されていた。


 また、傷口が開く。何回も開いて閉じてを繰り返した傷口が、大きくまた開く。辛い出来事を経験する度に、その傷口の開き具合は酷くなっている。


「いつもの、ことじゃないですか。今まで何回も酷い目にあってきたんですから、これくらいで泣いてちゃ......」


 虚勢を張る。拭っても拭っても止まらない涙を拭い続けて、フラフラと立ち上がった。思い出が消えたスマホをポケットに入れ直し、ぼやけた視界のまま前を向く。


「あの人を、追い詰めないと。殺人犯の証拠を手にして、警察に突き出さないと。天馬くんを傷つけた責任を、取らせないとっ」


 意志は固い。でも、その意志を実現する実力が星宮にはない。北条にも言われたのだ、追い詰めるのは不可能だと。だが、無理と分かっていても星宮は動く。どのみちこのままでは北条の思うままなのだ。なら、何としてでもこの状況を打開しなくては。


「天馬、くん」


 無意識に、庵の名前が口に出てしまう。星宮が今こうして虚勢を張っていられるのは、半分庵の存在のおかげもあるのだろう。


 だが、もし唯一の支えさえも星宮から消えてしまったのなら、星宮はまだ虚勢を張っていられるのだろうか。庵さえも星宮の前から消えてしまったのなら、何のために星宮は生き抗うことになるのだろうか。


 冷たい吹雪が雪色の髪を揺らしていた。




星虐ほしぎゃくですね、これは。


Q.なんで星宮は一人で北条を追い詰めようとしているか。

A.誰も巻き込みたくない(特に庵は)という考えのもと。

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