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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・後編

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◆第115話◆ 『ペナルティポイント』


 明日になり、時間帯はすっかり夜になっていた。


「なんやかんやあったけど、ようやく初デートができたな、星宮」


「......そうですね」


 店内に流れるお洒落な音楽。今日は、見るからに高級なレストランで、星宮と北条の二人は初デートをしていた。もちろん、北条が星宮を誘ったのである。


 向かい合わせで座る二人用のテーブル。シワ一つ無い白いテーブルクロスが敷かれていて、触れてしまうことすら憚られる高級感を感じられた。北条と一緒に来ていることについてはこの上なく不快だが、始めてこんな場所に来れたので少し落ち着かない。


「もしかして緊張してるのか? さっきからソワソワしているように見えるけど」


「まぁ、多少はしてますけど」


「へぇ、可愛いじゃん」


「......」


 机に頬杖を付き、ニヤニヤとする北条。もちろんだが、この男に「可愛い」と言われても何も嬉しくない。寧ろ不快だ。何も感想を述べてほしくない。


「それじゃ早速注文をしようか。はいメニュー表。今日は俺が奢ってあげるから、好きなの頼んでもいいよ」


 喋りながらメニュー表を手渡してくる。どうやら奢ってくれるらしい。意外だと星宮は思った。


「一応私もお金を持ってきているんですけど」


「何言ってんだよ。今の時代、彼氏が彼女の分も払うのは最早常識みたいな風潮あるだろ? 俺だってお前なんかに奢りたくないけど、一応彼氏だからな。ほぼ義務みたいなもんだ」


「......そうですか」


 すごく反応に困る返しをされた。何回でも言うが、この男は星宮が好きで交際関係になっているのではない。星宮を苦しめたくて、交際関係になっているのだ。文面にしても意味分からないし、星宮も意味がわからない。まず、根本的な問題として北条が星宮を苦しめようとする理由から意味不明なのだ。


「じゃあこれ頼んでもいいですか。この、パスタみたいな......えっと、読み方がわかりません」


 とりあえず注文するものを決めたが、難しい漢字が混ざった名前のよく分からないパスタだ。指を指して、メニュー表を北条に見せる。


「ああこれな。これだけでいいのか? これ以外にもデザートとかジュースを頼んでもいいぞ。別に俺金欠じゃないしな」


 随分と殊勝な態度だ。第三者から見たら、これが犯罪者とはとても思えないだろう。


「いえ、水で大丈夫です。今日はあまり食欲がないので」


「そうか。ま、気が変わったらいつでも注文してくれてもいいぞ」


 そうして、北条は店員を呼んで注文をした。声もハキハキしていて、店員と話すときだって堂々としている。星宮にはよく分からないけれど、こういう男性が世間一般的にはモテるのだろう。体もガッチリとしていて、容姿も整っている。裏側さえ目を瞑れば、北条は非の打ち所がない人間だ。


(なのになんで、こんなくだらないことしてるんですか。私を追い詰めても、何もならないのに)


 星宮はおでこに手を当ててため息をつく。最近ため息をつくことが増えてきた。それだけ今の生活が不幸せなのだろう。


「――さて、料理が来るまで少し雑談をしようか、星宮」


 そう言い、北条がグッと星宮に顔を近づけてきた。反射的に星宮は体ごと後ろに引いてしまう。


「まず俺から一つ聞きたいことがある。俺昨日一緒に帰ろうって約束したのに、お前は勝手に一人で帰ったよな。その理由を聞いていいか?」


「あぁ......」


 昨日無断で帰った件については、今日問い詰められるだろうとは想定はしていた。だから一応言い訳は用意してある。昨日数分で考えた言い訳を、軽い気持ちで口にした。


「その、昨日は家に宅急便が来る予定だったので急いで帰らないといけなかったんです。そのことを忘れていて、北条くんに伝える前に帰ってしまいました」


 すらすらと動揺を見せることなく理由を話せた。もちろん嘘だが、ストーカーでもされてない限り、この嘘は暴きようがないはず。そのはずなのに、対する北条は気持ち悪いくらいに笑みを浮かべていて――、


「へぇ、そういう嘘を吐くんだ」


「......え?」


 嘘と、北条は口にした。瞬間、星宮の背筋が凍りつく。今の言い訳に何か穴があったのだろうか。なんとか冷静を装ったまま、口を開いた。


「嘘って、どういうことですか。なんでそんなこと......」


「いや、別にお前が嘘を吐いているなんて証拠は俺一つも持ってないぞ? でも直感で感じるんだよ。お前は嘘を吐いてるって」


 ただの決めつけだった。でも、正解だ。しかも北条は自分の発言に絶対的な自信を持っているようにも見え、星宮も反論がしづらい。そもそも星宮は嘘が得意じゃないのだ。居心地の悪さで目を合わせられなくなった星宮は、視線を床の方に逸らしてしまう。


「そんな無茶苦茶......意味が分からないです」


「意味が分からなくて結構。――心配しなくても、この件はこれ以上問い詰めるつもりはない」


「え?」


 意外にも、あっさりと身を引いた北条。拍子抜けな展開に星宮も目をパチクリとさせる。この男の地雷を踏んでしまったと覚悟していたのだが、それは違ったのか。


「えっと、そうですか」


 体の力が少しずつ抜けていく。安堵の吐息も漏れそうだったけれど、我慢した。そんな完全に安心してしまった星宮を見て、北条は嬉しそうに目を細めた。



「――ただし、ペナルティポイント1だ」


「え?」



 ねっとりとした口調で、北条から出た聞き慣れない言葉。意味が分からず、頬を硬くした。とりあえず、文字的に良くない意味である単語の可能性が高そうだが――、


「ペナルティ......一体なんですか?」


「ペナルティポイント。これ3ポイント溜めちゃったら『アウト』な」


「......言っている意味が、分かりません」


 星宮は息を飲んだ。よく分からないが、不穏な空気を北条から感じ取れる。先程までの安堵は夢だったのかとも錯覚してしまうほどに、今、星宮は恐怖をしていた。


 そしてその恐怖を確固たるものにする説明が投げかけられて――、


「簡単に言えば、俺はお前の舐めた態度を三回まで目を瞑ってやるってことだ。お前が俺に対して、俺が不快と感じることをした場合に限りペナルティポイントを増やす。今1つ溜まったから、あと許容されるのは2回だな」


 突如言い渡された謎のルール『ペナルティポイント』。ルールは至ってシンプルで、ポイントを3つ溜めたらゲームオーバー、即ちアウト。


「3つ溜めたら、どうなるんですか」


「それはだな......」


 説明の前に北条は一拍間を置いた。その間が、星宮の抱える恐怖をより大きくさせる。



「今はこうしてお前とデートしたり、登下校を一緒にしたり、まぁ言ってしまえば普通の彼氏彼女をしてるだろ。それを終わらせて、俺は俺の欲望のままお前をなぶらせてもらう」


「は、はぁ?」


「具体的には......そうだな。とりあえず、ぶん殴られることくらいは覚悟しとくべきだな。その他、お前が嫌がりそうなことは手当り次第に全てする。お前の元カレにあることないこと吹き込んだり、学校中にお前の噂を流したりな。あと、体も使わせてもらう。意味、分かるよな?」


 

 説明を聞いて、しばらく口を開けなかった。でも、意外とこの説明に対する驚きは少なかった。実際、今北条が言ったことは、北条と交際するにおいて星宮がもともと不安視していたこと全てだ。交際が始まったあの日、北条は言ったのだ、地獄のような交際生活となると。だから、直ぐに地獄はやってくると思ったけれど、始まったのは皮肉にも普通の交際生活だった。


 今でも地獄なのは確かなのだが、本当の地獄はペナルティポイントを3回溜めてしまったら。ついさっき一回溜めたので、あと2回だ。そうなったら、星宮が一番不安に思っていたことが現実になってしまう。


「もしかして驚いてる? 俺が優しくて」


「どう考えたらあなたが優しいという結論に至るんですか」


「生意気な態度だな。ほんとは今すぐにでもお前を嬲っていいんだぜ? でもそうはせずにお前にチャンスを与えてるんだ。しかも、3回も」


 勝手に交際を要求して、理不尽に星宮を苦しめてる分際でこの男は何をほざいているのか。しかし星宮に歯向かう権利はない。下手をすればペナルティポイント増加だ。悔しい気持ちをグッと飲み込み、無言で小さく頷いた。


「せいぜい俺の機嫌を取れよ、星宮。俺の優しさを無駄にしないようにな」


 そう言いながら、北条は星宮の顔に手を伸ばした。顎をクイッと持ち上げ、強引に視線を合わせてくる。


「な。離してください。急に何のつもりですかっ」


「いや、綺麗な唇だなって。そういえばまだキスしたことないんだよな。今俺がここで、ファーストキスもらっていいか?」


 鳥肌がゾワッと立った。


「はっ? 嫌です。離してください!」


「別にしたって減るものでもないだろ。所詮、キスなんて皮膚と皮膚をくっつけ合うだけの行為だ。手繋ぎと何が違うんだよ」


 そういう問題ではない。星宮にとって、キスという行為は好きな人とする行為なのだ。それを好きでもない人、ましてや大嫌いな人とするなんて以ての外。直ぐに、北条の手を振り払おうとするが――、


「断るなら、ペナルティポイントを増やそうかな」


「っ!?」


 北条は星宮の目を間近で見つめながら、最悪の脅しをする。まさかペナルティポイントの説明の直後に、ペナルティポイント増加の危機が訪れるなんて思いもしなかった。次ペナルティポイントを増やされたら、もうアウトまでリーチが掛かった状態になる。それは最悪だ。でも、この男とキスをするのはそれ以上に最悪だ。


 どうするべきか、頭の中で天秤にかけてみる。星宮は刹那の思考で、どうするか決断をした。断るのだ。


「......む、むりで」


 無理です、そう口にしようとした。しかし、それを最後まで言い切ることはなかった。


「――あの、お客様。料理をお持ちしたのですが、お取り込み中でしょうか」


「あぁ、すみません。星宮、料理がきたからテーブルに置いているものをどかしてくれ」


「え? あ、ごめんなさいっ」


 タイミング良く現れた店員のおかげで、キスの話題は有耶無耶となり、消えてくれた。ポイント増加は半ば覚悟していたが、回避できたのは本当に奇跡と言えるだろう。珍しく湧いた自分の幸運に、星宮は感謝した。


「――いただきます」

「――いただきます」


 まだ、このレストランデートは続く。怖気ついてる場合ではない、今度は星宮が動く番だ。



 


次回、星宮ピンチ

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