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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・前編

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◆第110話◆ 『全部、全部、あなたのせい』


「今の彼氏――天馬と別れて、俺と付き合ってくれ」


 これは告白なのだろうか。だとしたら、これ以上に最悪な告白を星宮は経験したことがない。そもそも北条はこの告白に勝算を感じているのだろうか。現在進行系で星宮を脅し、誘拐し、軽く暴力を振るっている。何なら今、星宮は北条に首を掴まれている状態だ。誰がそんな男からの告白にオーケーを出すというのか。


「嫌に決まってるじゃないですか。ふざけないで、ください」


「理由を聞いても?」


「私が北条くんを好きじゃないからです。......こんなことされて、当たり前じゃないですか。というか前の告白も私断ってますよね」


「あぁ、そういえばそうだったな」


 あっさりと告白を断られた北条は、何か特別な反応をするわけでもなく、予想通りといった様子で頷いていた。まさか、納得をしてくれたのだろうか。もちろんそんな甘い話はない。


「ま、何にせよ、今日はお前が俺と付き合うことになるまで帰さないから。早いとこ楽になりたいんなら、折れるんだな」


「......そんなの、無理な話です」


「無理だろうがなんだろうが、今日2月5日に俺とお前は交際関係になるんだよ。――天馬庵を捨ててな」


 そんなの冗談じゃない。星宮の最初で最後の恋は、天馬庵なのだ。もうこれから先、この恋が揺らぐことはないと確信してるし、命に懸けても誓える。だから好きでもない北条に今更乗り換えるなんて、本当にありえない話。そんなことをするくらいなら、冗談抜きで死んだほうがマシだ。


「私は天馬くんの彼女です。そこは絶対に譲りませんから。何を言われても、何をされても」


「はは、そんなにあの男が好きなのかよ。あんな地味顔の陰キャに何の魅力を感じているのか俺にはサッパリわからんな。――それはそうと、何をされても譲らない、か」


 ふと、北条の目つきが変わった。星宮の首を掴む手とは逆の手を伸ばし、星宮の顎辺りを掴む。


「じゃあさ、今ここでキスしていい? 何をされても譲らないんだろ。ちょっとそれ確かめさせろよ」


「は......っ。嫌です! やめてください!」


 一瞬にして背筋が凍りついた。何をされても譲らないとは言ったが、嫌なことは嫌だ。迫りくる北条の唇に対し、星宮は全力で首を振って回避しようとする。


「おい、そんな暴れられたらキスできねぇだろ。もしかして、彼氏が居るのにまだキスしたことがないのか?」


「......そうです。だからやめてください」


「はは、お前彼氏に対してもガードが高いんだな。まぁ初々しくて俺は好きだけど」


 そう言うと、意外にも北条はキスを直ぐに諦めてくれた。とりあえず目先のピンチを脱し、星宮は少しだけ安堵する。しかし未だ首根っこは掴まれたまま。ピンチは続いている。


「ま、付き合えばキスなんていつでもできるし、今無理にする必要はないか。もちろんその先のこともな」


「......」


 星宮が嫌そうに視線を逸らす。その様子を楽しそうに北条が笑った。


「――じゃあ言葉でお前の心を折らせてやるよ。お前が泣きながら俺に対して「付き合ってくれ」と頼んでしまうほどの、とっておきの話題をくれてやる」


「そんなのできるわけが......」


「ちなみに、話題ならいくらでもあるぞ」


 言葉で星宮の心を折る。今まで散々苦しんできた人生の中で、今更言葉程度で心が折れてしまうほど星宮は弱くはない。暴言なら、何度も何度も吐かれてきた。


 だから今ここで何を言われようとも、星宮は耐えてみせる自身がある。北条が、星宮の想定を越えた人間でなければ――、


「そうだな、何から話そうか......」


 北条が顎に手を当て、考える仕草をする。数秒経った後、何かを決めたのか視線を星宮に戻した。揺らめく視線と、挑戦的な視線が交差する。北条が口を開いた。




「そうだ。俺が、お前の彼氏――天馬庵の親を殺した話とか、どうだ?」




 瞬間、星宮の考えていたことは、今の発言によりすべて凍りついた。



***



「......え?」


 今まで星宮は、頭が真っ白になるという表現がどういうことを指すのかよく分からないでいた。しかし今はそれがよく分かる。先程までの考えが嘘みたいにスッと消えて、頭が空っぽになった錯覚を感じるのだ。驚きを通り越してしまって、すぐには何も感情を抱けない。


「......え?」


 北条の言葉はあまりにも想像を絶していた。言葉だけでこんなにも衝撃を受けた経験は今までにない。最初はなかなか脳が今の言葉を理解することを拒んでいたけれど、だんだんと理解が追いついてきた。


「あなたが、え?」


 ――北条が、天馬庵の親を殺した?


「――ぁ」


 すっと、星宮の瞳から輝きが消えた。さっきまでの不快な気持ちが、新たな胸のざわつきに上書きされる。真っ直ぐに北条の目を見た。一周回って冷静になってしまい、自分でも驚くほど冷静な声で問いかける。


「なんであなたが、天馬くんのお母さんのことを知っているんですか?」


「俺が殺したからだな。表向きは交通事故となっているけど、裏で俺が事故るように仕向けていた。失敗すると思っていたけれど、大成功だ。派手にやってくれたよ」


「......は、ぁ?」


 この男は、一体何を平然と喋っているのか。星宮が保つ冷静が崩れそうになる。


「あなたは自分で何を言っているのか、分かっているんですか。殺したって、そんな冗談でも言っちゃいけないこと......そんなの、犯罪で、ダメで......」


 動揺で頭が回らず、舌も回らない。驚くというラインを越えているので、どういう反応を示せばいいのか分からない。何をこの男に言わなければならない。大切な彼氏の親を殺したなんて言い放った男に、星宮は何をすればいい。


「ちなみに、殺したのは俺だけど、元をたどれば朝比奈さんの頼みだからな。あまり俺だけを責めるなよ」


「ちょっと北条くん。別それ言わなくていいじゃん......」


「俺が一人で思い立って一人で殺したとか思われたら感じ悪いだろ。というか、朝比奈さんに頼まれてなければ俺はもともと人殺しをするつもりはなかった」


「はぁ? だから私「殺せ」なんて一言も北条くんに言ってなかったし。仕返ししてほしいみたいなことは頼んだかもしれないけど、常識の範囲があったでしょ。というか、感じ悪いとか気にするの今更すぎ」


「はいはい。もう今更文句言われても遅いぞ。――あと、星宮がすごい目で朝比奈さんを見てるけど?」


 ぺちゃくちゃと悪びれもせずに会話をする二人。そしてその会話の中で、朝比奈も共犯者だということが判明した。酷く冷たい視線を送る。


「朝比奈さん、それ本当ですか?」


「......まぁ、嘘か本当かで言えば本当。でも、あんたの彼氏の親を勝手に殺したのは北条くんで、その部分に私は関わってないから」


「......」


 一体、何を聞かされているのだろうか。まるで庵の親を殺したことを前提のように話を進められて意味が分からない。星宮は頭を抱えて、声ならぬ声を漏らした。


「さっきから、あなたたちは......!」


「ん?」


 ようやく理解が追いついた。星宮の導火線に火が付き、爆発する。


「あなたたちなんですか! 天馬くんを苦しめたのは! すべて、あなたたちのせいだったんですか!?」


「あぁそうだな。あとそれ以外にも、お前が中学に受けたイジメも、二学期のいじめも、直近にお前の身に起きた不幸はすべて俺が関与しているぞ」


「は、はぁ!?」


「ナイスリアクション。そんな素っ頓狂な声出す星宮、珍しいな。良いもの見れた」


「......なんであなたが、中学のことを」


「俺が関わってることだからな」


 明かされたさらなる事実。北条は庵に限らず、星宮にまで魔の手を伸ばしていた。とんでもないことを口にしておいて、未だに平然とした様子を崩さない北条。呼吸がおかしくなる。


「そんなことがあっていいわけ......っ!」


「ところがどっこい、俺が全部お前を苦しめてたんだな。いじめられて辛かったな、彼氏の親が殺されて大変だったな。今までお疲れ様だよ、ほんと」


「あなたが、クラスメイトのあなたが本当に!?」


「本当さ。自分で言うのもあれだけど、俺超ヤバいやつなんだぜ?」


 肩をすくめながら、悪魔のように笑いかける北条。ここまで言われて嬉しくない「お疲れ様」は生まれて初めて耳にした。そんな彼を前に、星宮は今までの様々な過去が浮かび上がる。



「――私が朝比奈さんに理不尽な言いがかりをつけられたのも」



 あの頃はクラスメイトとのコミュニケーションを遮断して、青春を捨ててでも平穏な日常を手に入れようと必死だった。でも、突然平穏は崩れ去った。それは自分の不幸体質が理由だと思っていた。



「――中学でいじめにあったのも、暴力を受けたのも、一人ぼっちになったのも」



 あの頃は友達も居て、とても楽しい学校生活を送れていた。しかし一つの事件により、星宮だけがクラスから拒絶されるようになった。それが絶望の始まりだった。それは神様の罰だと思っていた。



「――天馬くんを傷つけたのも」



 初めてできた彼氏。恋がどういうものか分からなかったけれど、彼と一緒にいるうちに恋を知れた。彼と一緒にいるのは、温かくて、落ち着けて、そのときだけは過去を忘れられた。今だって彼のことを考えればドキドキしてしまう。でも、そんな彼はとんでもない災難に巻き込まれ、心を壊した。そんな彼を見て、自分のことのように辛くなった。


「全部、全部」


 どれだけ今まで苦しんできた。自殺というワードが脳裏にちらついたことさえあるのだ。でも、今日までなんとか生きてきた。きっといつか幸せになれることを願って。


 でもそれは叶いそうにない。星宮が掴むはずの幸せをコソコソと摘み、代わりに絶望を植え付けていた悪魔が目の前にいる。この男こそが諸悪の根源であり、星宮の幸せを奪ってきた張本人。星宮琥珀は不幸体質などではなく、今までの全ては北条が用意したシナリオだったのだ。


 明確すぎる黒幕が見つかった。絶望を感じながらも、フツフツと怒りが湧き上がってくる。



「あなたのせいだったんですね」



 星宮琥珀の心が黒く染まりだす。今までの思い出がゆっくりと塗りつぶされて、世界一憎い男、北条康弘のことしか考えられなくなる。


 姿を現した諸悪の根源を前に、星宮の歯車は再び大きく狂いだそうとしていた。


 






 

重たい展開ですが、よろしくお願いします

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