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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・前編

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◆第107話◆ 『ようこそ、地獄の時間へ』


 ――2月5日、放課後。


「......おまたせ」


 今日は朝比奈と星宮の二人が材料の買い出しに行く日。お互い制服のままで、待ち合わせ場所に来た。先に待ち合わせ場所に居たのは星宮で、後から来た朝比奈を笑顔で迎える。


「朝比奈さんっ。全然待ってないですよ、私も今来たところです。安心してください」


「そりゃ私遅れてないし当たり前でしょ、あんた何言ってんの」


「えっと、何の意地ですかそれ。おまたせって言ってくれましたよね」


「形式上」


 どうやら今日の朝比奈の星宮に対するツンツン度はいつもと変わらないようだ。


「それじゃ行くわよ。ついてきて」


 早々に会話を切り上げて、まっすぐに歩き出す朝比奈。後ろを振り返って星宮がついてきているかの確認くらいしてもよさそうだが、生憎と朝比奈はそんな女子ではない。


 慌てて朝比奈の隣に追いついた星宮が、形の良い眉を困った風に寄せた。


「あの朝比奈さん。ショッピングモールに行くんですよね。こっちの道は反対だと思うんですけど?」


「......ちょっと寄りたい場所があるの」


「どこですか?」


「.....」


 寄りたい場所があるらしいが、どこかまでは答えてくれなかった。ただ星宮は一人暮らしなので、門限はないから別に遅くなっても構わない。つまり時間はいくらでも取れるので、特に問題はなかった。


「......ねぇ星宮。聞きたいことあるから聞いていい?」


「えっ。今初めて私の名前呼んでくれましたよね! 嬉しいです!」


「どうでもいいとこ反応するな」


 さらっと名前で呼んでくれた朝比奈。ずっと『あんた』呼びだったので、この成長には感動だ。


「あんた......星宮は、なんで私と関わろうとするの。私、あんたを前いじめたはずなんだけど」


「あぁ、それですか」


 朝比奈の今の質問は、いつか聞いてくるだろうと予期していた。だから星宮の中ですでに答えは出ている。少しからかいたくなって、朝比奈の顔を笑顔で覗き込んだ。


「逆になんでだと思います?」


「馬鹿だから」


「違います」


 即答でなかなかに酷い返しをされ、星宮の顔がムスッとなる。


「私は楽しいJKライフを送ろうって心に決めたんです。それなのに、朝比奈さんとギスギスしたままじゃ心から楽しめないじゃないですか。だから仲良くなりたいなーって思って、今があるんです」


 詳細はだいぶ省いたが、これもまた星宮の本音。心置きなく学校生活を送るには、以前ぶつかりあった朝比奈をどうにかしなければならなかった。なかなかに危険な橋を渡った星宮だが、意外にも朝比奈はちょろかった。そして、星宮の言うように今があるのだ。


「そ。あんたって変わってるわね。一度いじめられた相手と仲良くなりたいとか、やっぱり馬鹿」


「まぁそうかもしれませんね」


 結局、朝比奈からしたら星宮は馬鹿らしい。でも、二回言われてみて、星宮も朝比奈の言う『馬鹿』が分かるような気がしてきた。


「私、馬鹿なんですかねー」


 心地よい風が星宮の横を過ぎ去る。自分で自分のことを馬鹿っていうのが少しおかしくて、星宮は一人で笑っていた。その傍ら、朝比奈は顔を背けていて――、


「......ま、馬鹿は私もだから」



***


 

 草木の生い茂った先にある一軒家。窓は全部割れ、瓦もほとんど剥がれ落ち、どこからどう見てもボロボロの家。おばけでもいそうな、不気味な家の玄関に星宮と朝比奈は立っていた。


「あの朝比奈さん、ここどこですか」


「いいから私についてきなさい」


 問答無用と言った様子で、朝比奈は先陣を切って屋内に入っていく。仕方がないので星宮は困り顔になりながらも靴は履いたまま朝比奈に続いた。


「......なんなんですか、ここ」


 朝比奈が星宮向かった場所は、見知らぬ廃屋。近々壊されて新しい家が建てられる予定の、ボロボロの場所だった。廃屋なので勿論人がいるはずもなく、電気もなくて薄暗い。汚いし、異臭もするし、変な虫もいそうだ。まだ中に入って一分も経っていないが、星宮はすぐに帰りたいと思った。


「こんなところに何の用があるんですか......無人でも、勝手に家に入るのは良くないと思いますけど」


 しかし朝比奈を置いて引き返すわけにもいかない。少しだけ文句を溢しながら、星宮は渋々朝比奈の後ろをついていく。床にはいろいろと物が散乱していたので、足元には注意が必要だった。


「......この先ね」


 ふと朝比奈が足を止めた。目の前には傷んだ木製の扉がある。間取り的に、この先はおそらくリビングだろう。


「この先に何があるんですか?」


「......すぐに分かるわよ」


 そう言い、朝比奈がドアノブに手を伸ばす。錆びついていたのか、不快な音を立てながらゆっくりと扉は開かれた。


「――ここは」


 扉の奥はやはりリビングで、汚いという点に関してはさっきと何も変わりがない。薄暗い部屋なので、視界が鮮明ではなく、目を凝らさないとどこに何があるのか分からなそうだ。星宮は恐る恐る、扉の奥に足を踏み入れた。


 その瞬間――、


「きゃっ!」


 何者かが星宮の腕を掴んだ。距離的に朝比奈はありえない。勿論、前ここに住んでいた人の地縛霊でもないだろう。しかし、掴んだのが誰であろうと暗闇からいきなり腕を掴まれればパニックになる。


 星宮は一気にパニックに陥って、掴んでくる手を振り払おうとした。しかし相手側の握力に及ばず、一向に抜け出せない。


「だ、誰ですか! 離してください! 助けてください、朝比奈さん!」


「――俺だよ、星宮さん」


 不意に、聞き覚えのある声が星宮に届いた。その瞬間に思考は凍る。なんとか冷静を取り戻して、ゆっくりと視線を声のした方向へ顔を向けた。


「......え?」


 不気味に笑う、茶髪の男。星宮の腕を掴んだ者の正体は、クラスメイトだった。だからこそ頭が混乱する。なんでこんなところに彼がいるのだと。なんで、待ち伏せをされていたのだと。


 男がニヤリと広角を上げた。



「こんな汚い廃屋にようこそ、星宮さん。――今日は逃さないよ」



 星宮を待ち伏せしていたのは北条康弘ほうじょうやすひろ。狂気さえも感じられる笑みを向け、力強く星宮の腕を掴み、離そうとしない。暗闇から、彼の瞳が嫌に光り輝く。星宮の警鐘が大きく鳴り響いていた。


 





 


 






章を前編と後編に分けることにしました。どういう基準で分けているかは、見てもらえれば分かると思います。

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