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宝石級美少女の命を救ったら付き合うことになりました  作者: マムル
第三章・前編

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◆第96話・B◆ 『不治の病』


 寒空の下、少しだけ青白い顔をする甘音がふらふらと庵のもとに戻ってきた。庵は肩を貸そうとするが、その前に甘音が近くのベンチに腰を下ろす。複雑な気持ちになりながらも、庵も隣に腰を下ろした。


「ふぅ......薬を飲んだらだいぶ落ち着いたよ。急に驚かせてごめんねぇ、天馬くん」


「いや、俺は大丈夫なんだけど......一体何があったんだよ。急にぶっ倒れてさ」


 甘音の体調が急変したのは本当に突然の出来事だった。苦しそうに胸を抑えながら息を荒げていた姿は今も鮮明に覚えている。死んでしまうんじゃないか、そうとまで庵は思ってしまった。今はなんとか持ち直した甘音であるが、またこのような状態に陥ってしまうのではと思うと庵は気が気じゃない。


「ん? 気になる? それってつまり、ワタシのことが心配ってことでいいのかな?」


「......当たり前だろ。心配に決まってる」


「あはっ。天馬くんは優しいなぁ」


 けらけらと笑う甘音だが、すぐに表情が真面目なものへと引き締まった。それに合わせて庵も話を聞く体制に入る。甘音の鼻をすする音が聞こえて、少しの間が。そのあとに、ゆっくりと甘音が口を開いた。




「――ワタシ、生まれたときから持病を抱えててさ。長くは生きられないってお医者さんに断言されちゃってるんだよねー。不治の病ってやつなんだ」



 唐突すぎるカミングアウト。今の甘音の口から出た言葉を理解するのに、どれだけの時間を要したのだろうか。二人を包む静寂がやけにうるさく、心臓の音まで耳障りに聞こえてしまう。背筋にゾワッとした感覚を覚え、庵は呼吸を詰まらせた。


「.......え?」


「あっ、驚かせちゃった? まぁそりゃ驚くよねぇ。ワタシの持病のことを知っている人も、最初教えたときはみんなめっちゃ驚いてたもん。いやぁ、今回も一本取ってやったりって感じだね」


 明るく振る舞う甘音とは対象的に、どう反応を示せばいいのか分からなくなり表情を暗くさせる庵。今日始めて話して仲良くなれた女の子が、まさか寿命が残り少ないなんて誰が思っただろうか。あんなに元気に見えていた笑顔も、今は儚く見えてしまう。


「......そう、なんだ。それは大変だな」


「うん、めっちゃ大変。昔は自分の病気が怖くて怖くて何回も泣いちゃったなぁ」


「――」


 足をぶらぶらとさせながら、甘音は懐かしそうに過去を振り返る。顔をほんのりと赤くさせて、何かを思い出したのかクスリと一人で笑っていた。


 庵はどう言葉をかければいいか分からない。そもそも言葉をかけていいのかすらも分からない。しかし、甘音がこの話を庵にしたということは、庵に聞いてほしかったのだろう。その理由も分からないけれど、このまま沈黙を貫くのもおかしな話だ。


「......今はもう、怖くないのか?」


 ぼそっと、庵が静寂を切り裂く。甘音がふふっと笑みを浮かべた。


「うん。もう怖くないよ。ワタシはもうこの病気のことを受け入れているから」


「......じゃあ、治せないのか、その病気」


「さぁ、どうなんだろうね。ワタシは自分の病気のことに詳しくないから分かんないな〜」


 庵がいくら暗くなっても、甘音は明るく振る舞うことを忘れない。とても辛くて悲しい話をしているはずなのに、なぜ甘音はここまで明るいのだ。いつだって崩れることないその笑顔は虚勢でもなんでもない。何回でもいうが、これは本当に甘音の”素”なのだ。


「――なぁ甘音」


「んー?」


 会話が続いたり突然途切れたり。お互いそれを変な空気だとは思わず、ただゆっくりと時が流れていく。庵が自分の足元に視線を落としながら、再び口を開いた。


「気になったから聞くんだけどさ......甘音は、なんでそんなに元気なんだ。そんな重い病気を抱えてるのに、毎日笑顔を振りまき続けれるのはなんでなんだよ」


 少し踏み込みすぎた質問だ。しかし、そんな庵の質問に甘音はちっとも嫌な顔をしない。むしろ、よく聞いてくれたといった印象だ。


「――ワタシにはね、命の恩人がいるの」


 すぐには答えを教えずに、甘音は瞳を揺らめかせながら口を開いた。庵は視線を上げて、甘音の横顔を見つめる。


「幼稚園のころの話なんだけどね、ワタシはそのとき特別支援学級っていうみんなとは違う特別な場所で生活を送っていたの」


「......特別支援学級」


「うん。それでね......」


 話の途中で甘音は一呼吸おく。数秒後、甘音は再び顔を上げた。顔を赤くする甘音は、目を細めて口を開く。愛おしそうに、ゆっくりと――、



「ワタシはそこで、エメラルドくんっていう男の子に出会ったの。その子が、ワタシを絶望から救ってくれた」



***



 ――エメラルド。


 不思議な響きの名前に、庵は眉をひそめる。もちろん、初めて聞く名前だ。それは甘音と庵は同じ幼稚園ではないので当たり前の話。難しい顔になった庵に対し、甘音がニヤリと笑う。


「ふふっ、エメラルドくんってすごい名前だよね。本人はこの名前嫌ってたらしいけど、ワタシは良い名前だと思うんだよなぁ。なんていうか、すごいキラキラ~ってしててさ!」


「キラキラネームってやつか。すごいなぁ。俺、人生の中で一度も出会ったことないかも」


「ね、すごいでしょ。口にするのも楽しくなっちゃうもん」


 どこか誇らしげにエメラルドについて語る甘音。さっきまでの少し暗めの雰囲気が若干薄れて、甘音の屈託のない笑みにつられて笑ってしまう。


「――でさ、エメラルドくんとワタシが出会ったのは年長さんのときの九月辺りだったかな。もうすぐ卒業ってとき。エメラルドくんは途中から特別支援学級に入ってきたんだよね」


「そんな途中から......なんでエメラルドくんは特別支援学級に入ったんだ?」


「うん。エメラルドくんは体が弱くてさ、みんなが普通にできることをできないから特別支援学級に来たらしいんだよね。でも、理由はそれだけじゃなくてさ。同じクラスだった女の子に嫌がらせを受けてたらしくて、ついカッとなっちゃったエメラルドくんがその女の子を泣かせちゃったらしくてね〜。それが特別支援学級に入れられる決定打になったの。いやぁ、子供ってやんちゃだよねっ」


 少し興奮気味に、エメラルドと甘音が出会った経緯を語ってくれる。庵は『エメラルドくんに嫌がらせをしていた女の子』という部分に少し引っかかるが、甘音の話を遮ってまで聞こうとは思えなかったので心の隅に留めておく。


「それで話はワタシの方に移るけど、幼稚園の頃のワタシって今じゃ考えられないくらいに暗い女でさ、ほんっと近寄りがたいオーラ放ってたと思うんだよね。それがなんでかっていうと、特別支援学級に入れられているっていうストレスもあったし、持病の発作が辛くてもう病み病み〜って感じだったの」


「病み病み〜ってなんだよそれ。甘音語?」


「病み病み〜は病み病み〜だよぉ。めっちゃ病んでる的な意味?」


 気になったので甘音ワードについて聞いてみたら、嬉しそうに解説をしてくれる。重たい話のはずなのに、甘音の話し方が上手いのか少しだけ明るく思えてきた。


「んでね〜、そんな病み病み期真っ盛りのときに特別支援学級にエメラルドくんが入ってきて、ワタシにこう言ってくれたの。――『俺がお前の病気を治してやる』って!」


「いやカッコよ。ほんとにそいつ幼稚園生か」


「んね。言われたとき、ワタシもう呆気にとられっちゃたもん」


 幼稚園生にしてなかなかに乙女心を射抜く発言をしていたらしいエメラルド。甘音のエメラルドの声真似もだいぶ気合が入っていて、よっぽど印象的だったのだと察せられる。


「そのときのワタシは絶望に浸ってたから......そんなときに手を差し伸べられたらそりゃ握り返しちゃうよね。てわけで、ワタシはエメラルドくんの何の信憑性も感じれない言葉を完全に信じ込んだめちゃチョロい女になったの」


「なんで急に自虐始めんだよ......」


「ふふん。そのときのワタシは病み病みだったからさ、嘘でもいいから誰かに縋りたかったのかな......なんて」


 そう言うと、甘音は元気よく立ち上がる。顔だけ庵に向けて、再び口を開いた。


「――さっきの天馬くんの質問の答えを教えるね。ワタシは、エメラルドくんが必ず助けてくれるって信じてるから、いつも笑顔でいられる。ワタシは絶対に死んだりしないんだから」


 力強く言い切った甘音。その発言に、庵は呼吸を詰まらせた。甘音が笑顔でいられる理由、それは過去のエメラルドの何の信憑性のない発言、ただそれだけ。あまりにも頼りないものに対する盲信。それだけで甘音は今日まで生きてきたというのか。


「水差すようで悪いけど、そのエメラルドくんが『助ける』って言ってくれたのは幼稚園生のときの話だろ。それを、今でも信じてるのか?」


「うん。というか、エメラルドくんは今でもワタシに『助けてやる』って言ってくれてるよ」


「あぁ......そうなんだ」


 エメラルドという男は何を考えて、甘音に希望を与えるような発言をしているのか。まず大前提として、医者が治せない病気を、今高校生である男一人の力では治すことは不可能だ。つまり、エメラルドは甘音に嘘を吐いている。


 この嘘の意味は何か。少し考えれば、結論はすぐに出る。


(甘音に最後まで笑顔で居てもらうために、出来もしない嘘を吐いてるのか)


 そしてエメラルドが嘘を吐いているのを、甘音も理解している。でも、エメラルドの言葉が嘘かどうかなんて甘音にとって関係ないのだ。嘘でも、縋れるならそれでいい。嘘でも信じたいのだ。


(よく分かんないけど、エメラルドって良いやつそうだな)


 顔も声も知らないエメラルド。どこに住んで、どの学校に通っているかも分からないが、一度会ってみたいなと庵は思う。きっと良い性格をしているのだろう。


「――さて天馬くんっ。もう遅いし、そろそろ帰ろっか。だいぶワタシも元気になったよ」


「あぁ、そだな。質問に答えてくれてありがと、甘音」


「うんっ」


 解散の雰囲気になる二人。スマホで確認すれば19:00を越えている。地べたに置いていたモンクマの材料を拾い直し、庵と甘音の二人は公園から出た。未だ消えない寒風が、何度でも二人の体を凍えさせてくる。


「エメラルドくんが、早く甘音を助けてくれるといいな」


「うんっ。そうだねっ」


 エメラルドは甘音を助けられない。でも、生きる希望だけは与えてくれる。



***



 そうして、二人はそれぞれの自宅に戻った。


 甘音宅にて。帰宅した甘音は上着を脱ぎ、身軽な私服へとチェンジ。今日の荷物はベッドの下に置いておいてスッキリとさせる。それからベッドにダイブして寝転び、ポケットから今日庵と撮ったプリクラの写真を取り出した。


「天馬くん、あんな感じの人なんだ」


 今日の放課後を振り返り、ぽつりと独り言を溢した。天馬庵という男とは今日まで一度も話したことがなかったが、どういう人間かは”ある人”から嫌というほどに聞かされている。実際に話してみた感想としては、優しいけれどあまりパッとしない男の子といったところか。


 でも、甘音は庵のことを嫌いになれなかった。会話していて苦痛じゃなかった。もっと仲良くなってみたいとさえ思えた。


「......天馬くん」


 庵と撮ったプリクラを指でなぞり、甘音は目を細めた。はぁ、と小さく息を溢す。


「今日は本当にごめんね。――これからいっぱい謝らないといけなくなると思うけど、ワタシを嫌いにならないでいてくれたら嬉しいな」


 そうポツリと溢す甘音の目尻には涙が浮かんでいた。




これにて庵編(Bパート)は一時終了となります。次回から星宮視点。もうそろそろです

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― 新着の感想 ―
[一言] エメラルド、なんか嫌な予感がするんですよね…。この作品のような、韓国の朝の帯番組ドラマの定石がうちの予測だったりするのがまた…。そしてあまねは何を考えているのでしょう…なんだかよろしくないこ…
2023/06/17 22:35 退会済み
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