◆第103話◆ 『文化祭準備四日目』
「じゃ、今日もいつもどおりそれぞれペアで文化祭準備をしていこう。あーあと、近々出し物の打ち合わせもするからよろしく。それじゃ、あとはみんなに任せるよ」
北条の一声とともに、文化祭準備四日目がスタートする。机が片付けられ、広くなった教室。それぞれのペアが自由に集まりだし、作業をスタートする。今日でもう四日目になるので、構想をすでに終えて、本格的に作品作りを始めだしているペアが多くなってきた。
「ちゃんと玄関で待っててくださいよ、秋ちゃん。約束してるのにいつも勝手に帰っちゃいますけど」
「気が向いたら。――それじゃ、私もペアのとこ行ってくる」
「もう......」
一緒に帰る約束をしていた二人。ただ、マイペースな秋がこの約束を守ってくれるかは半々といったところ。今日は見たいアニメがあるらしいので、いつも以上に約束を破る可能性が高いかもしれない。
「まぁ、別にいいんですけど......私もペアのところに行きますか」
思考を切り替えて、頭を文化祭準備にシフトする。おそらく今一番創作物コンテストの準備が進んでいないのが星宮&朝比奈ペア。まだ時間に余裕はあるが、周りと比較すればそろそろ焦るべき頃合い。
「いくら焦ったところで朝比奈さんにやる気がなきゃ意味がないんですけど......」
がやがやとする教室から朝比奈を探す。いつも同じ場所にいるので、すぐに見つかった。
「......いつもどおりですね」
教室の端っこで壁にもたれかかりながらスマホをいじっている朝比奈の姿。その光景はこれまでの三日間と何ら変わりがない。星宮は一つため息をついてから、朝比奈のもとまで歩きだす。
(今日の体育の時間で少しは仲良くなれたと思ったんですけどね)
思い出すのは、今日の朝比奈の照れた姿。星宮の前ではむっすりとした顔以外見せていなかった朝比奈が、あの瞬間だけは表情を崩したのだ。しかし、今はまた星宮を拒絶するかのような近づき難いオーラを放っている。やはり、朝比奈の心の壁を攻略するにはまだ何か足りないのだろうか。
「――」
とりあえず、朝比奈の目の前までやってきた。朝比奈は変わらずスマホをいじっているが――、
「......遅かったじゃない」
「え?」
まだ星宮は何も言っていないのに、朝比奈が口を開いた。あまりの衝撃に星宮は言葉を失う。今の言葉は一体誰に向けてのものだったのか。周りに人はいない。なら、独り言だろうか。まさか、あの朝比奈が自分から星宮に話しかけるなんてことはありえない。
きっと、独り言だ。そう星宮は決めつけた。しかし、違った。
「何ぼーっと突っ立ってんのよ。目障りなんだけど」
「あ、ごめんなさいっ」
「ったく」
この時点で感じる違和感。それは朝比奈の口数の多さだ。今までの文化祭準備で、朝比奈と星宮が一日にしてきた会話のキャッチボールの回数は平均10回程度。それも、ほとんど星宮から話しかけたものだ。なのに、今日はもう平均の半分を越えようとしている。
「えっと......え」
「何キョドキョドしてんの。ダサい。早く座ってくれない」
「は、はいっ」
混乱を隠せないまま、おどおどと朝比奈の隣に座った星宮。すると、信じられないことに朝比奈がスマホをポケットにしまった。その行動に、星宮は目を丸くする。
「はぁ......ほんとめんどくさい。なんで私がこいつなんかと......」
ぶつぶつと星宮の隣で文句を溢す朝比奈。本人の目の前で言ってのける度胸は尊敬だが、的になっている星宮はいたたまれない気持ちになる。
やっぱり、いつもどおりの朝比奈。一瞬だけ違和感を覚えたがが、気のせいだったか。だが、星宮のぐるぐると変わる考えに朝比奈は終止符を打つ。
「......じゃ、やる?」
「え。やるって、何をですか」
星宮が聞き返す。すると、朝比奈は不機嫌そうに形の良い眉を寄せた。切れ長な瞳が星宮だけを映し、ギロリと輝く。放たれる朝比奈オーラに、星宮は息を飲んだ。そして――、
「あんたが言ったんでしょ。――私と、このコンテストで勝ちにいくって」
朝比奈から放たれた、力強い言葉。今、彼女は何と言った。星宮はゆっくりとその意味を咀嚼し、解し、並べる。脳内で何度も今の言葉を反芻して、反芻して、反芻して――長い熟考の末、ようやく、理解をした。
理解した瞬間、呼吸が乱れそうになる。できるだけ冷静を装いつつ、星宮はおそるおそる答え合わせをした。
「それはつまり、私と......?」
「あんたに協力してやるわよ。でも勘違いしないで。私はまだあんたのこと死ぬほど嫌いだし、顔見ただけで吐き気するんだから」
「......」
一拍間を開け、再び朝比奈は口を開く。
「......でも、私って心の広い女だから。あんたとペアで活動することくらい、我慢してあげる。感謝しなさいよ」
「っ」
ツッコミ待ちかとも思えるくらいのツンデレ発言だが、ここでツッコミをいれるほど星宮も馬鹿ではない。あっという間に星宮は満面の宝石級の笑みを浮かべ、朝比奈の手を掴んだ。朝比奈がぎょっとし、一歩後ずさる。
「ありがとうございますっ。朝比奈さんっ」
「ちょっ、勝手に触らないでっ」
「私、がんばります! 一緒に優勝めざしましょうね、朝比奈さんっ」
「......っ」
星宮にぐいっと距離を詰められ、困惑した顔を隠せない朝比奈。それでも星宮は朝比奈の手を離さない。何故なら、星宮はもう腹を括っているのだ。絶対朝比奈に復讐という名の『仲良し大作戦』を成功させてみせると。
ここまで朝比奈が心を開いたのなら、復讐はもう成功したも同然。ただ、ここで満足してしまうほど星宮も無欲ではない。もっともっと、朝比奈の考えを捻じ曲げてみたいと、小悪魔的思考が星宮の脳内に浮かび上がる。
「......よかった」
ただ妄想の中での星宮は強気でも、実際の星宮は直ぐにほっと息を漏らした。
今思えば、朝比奈に復讐をするということは、様々なリスクを抱えたかなりの大勝負だったのだろう。裏目に出れば、新たないじめの導火線に火を付けてしまいかねないほどの、危険な賭けだった。平気で暴力を振るう朝比奈なのだから、それくらいのリスクはあって当然。ありえた結果は、仲良くなるか、余計悪くなるかのの二択だった。
だがしかし、星宮はこの勝負に勝った。勝利にはもちろん、対価がある。一つは勿論、創作物コンテストに出場できるということ。そしてもう一つ。朝比奈と仲良くなるにあたって、星宮が得られる最大のメリットがある。それは――、
「――これでもう、私のことはいじめてこないですよね」
「なんか言った?」
「いえ、なんでもないです」
斯くして、星宮たちはようやくスタートラインに立ったのだった。
というわけで朝比奈と星宮は若干仲良くなりました。どんだけ嫌いな相手でも、ちょっと優しくされただけで朝比奈は簡単に心を開いてしまいます。つまり朝比奈はめちゃくちゃチョロい女です。
次回、庵パートの予定。




