第75話 現実改変 side:ルナ
時間を少し巻き戻します。ルナが1対1で戦い始めたところまで戻ります。
善良は刀による一撃を防ぎきれず、赤い血がしぶく。後ろに下がった彼、治癒魔術でダメージを回復する彼をしり目にルナは考える。
「ふむ。もしかして、あれかな? まあ、君たちが力を隠していたことはわかった。君たちが撃退したあの子程度は楽に殺せたということだね。先の攻撃を防げたというのはそういうことになる」
「……お前、何を言ってんだ?」
この男は、本気で何を言っているのかわからないという顔をしている。
だが、彼は頭の悪いふりをして面倒を避けているだけで、本当に頭が悪いというわけではない。そう、僕は見当をつけている。
まあ、会社でこいつ頭がいいなとか思われてしまうと余計な仕事が降ってくるというあれだ。
「君の能力の考察。あとは性格かな? あれだな、君は女を侍らす割にはわりとシャイらしい。それとも、面倒事を嫌っているだけかな。期待やらあれこれとか、されても困るんだよね。君だって、できたとしてもしないだろ。民衆のための政治とか、さ」
「いや。あー、ええと。あんた、あたまいいのか?」
けれど、それにしては見当が悪すぎる。検閲してるのか。無意識に都合の悪いことを聞き流しているのか、それとも能力で自身の記憶を改ざんして?
「頭が悪い方が得と言うこともある。君が分かっているようにね。なるほど、そういう人格か。あいつの『加速』の劣化かとも思ったが、どうやら違うか。だって、あの子たち、間違いなく死んでた、よねえ――」
「なんか、だんだん腹立ってきたような」
「もう少し試してみようか。お前、気に入らないし」
とりあえず、周囲に何かの監視がないか見渡して調べる。……ないね。
全部壊されてる上に、イディオティックが置いて行ったりもしていない。あの子が僕の戦闘の調査を度忘れするなどと思えない――これもあいつの能力の影響か。
「我が槍を見せてやろう、『F・M ロンギヌスランス・テスタメント』。君はどうやら【災厄】以上に厄介なようだ。こいつを使わせてもらう」
僕の手に槍を引き抜く。武器を体内に格納するのは基本技能。この槍の圧倒的な聖なる輝きは、正しきモノすら焼き尽くす究極の光。【災厄】すら殺せる代物だ。……まずはお前が人類かどうか試させてもらおうか。
「……なんか、ヤバイ――」
ものを知らぬ彼ですら畏れるそれ。
「善良! なんとか、そいつ抑えて……!」
女のうち一人が叫ぶ。詠唱を開始した。魔術詠唱者なら自身の位置管理が重要だ。こいつはそれができていない。才能があるだけの素人だ。
「のろい。従者か。それとも――あれが許すまで行動できないか、人形め」
「だまれ!」
ぶつかり合う。善良の剣とルナの槍――だが、そは本来ありえないことだ。
ルナの持つ”それ”は完全にこの世界の限界を超えている。それは【災厄】より上位の魔核石を用いなければ作れない武器だ。神話の中にすらない、世界の外のおとぎ話である。
「強化。それで説明できないこともない。だが、あの子……イディオティックが負けたというのは、もう少しこう――」
「いい加減にしやがれェ!」
ギィン、と槍が弾かれかける。まさに、人ならぬ者の所業であった。つまり、こいつは【災厄】すら殺せる。
「完成した。一気に叩き込むわ! はああっ!」
中の女の掛け声で、一斉にかかってくる。だが、ルナは無視だ。おまけには興味ない、とばかりに傲慢に。彼女の魔力量ならそよ風だ、防ぐまでもない。けれど。
「が――ハッ!?」
その体は葉っぱの様に吹き飛ばされる。善良とか言ったな、奴の能力効果は下僕どもにも及ぶか!
「……やっちまった、かな」
善良は苦い顔をしている。幼女を五人で叩きのめした、という絵面に頭を悩ませているらしい。そんな低レベルのことを気にするのが、どうにも”らしい”。これがあれば龍の島ごとき、堕とすのは簡単だというのに。
「しね」
そう、声が聞こえて。ぐしゃ、だかめきゃ、だかの音を立てて周囲一帯が異常な力場に押しつぶされた。
「……あれ、アリスにアルカナ。どうかした?」
血だらけで、それでも普段と何の変りもしない表情で僕は問いかける。面倒な痛覚など最低限にしている。触角を壊されたところで特に何も思わない。……痛い、とも。
「ルナちゃん、そんな姿になって――すぐ治してあげ……え?」
「アルカナ、さっさとしなさい」
アリスが急かす。けれど、アルカナはすでに魔術を使っている。
「しておる」
治癒不可の呪いをかけられているようだから、その回復魔法は無意味だった。アルカナの治癒を受けてあげられないのは残念だけど、治せないなら作り直せばいいだけだ。
身体を再構成する。
「あ、ルナ様、よかった」
そんな会話があって。
「ああ、呪いの一種に近い。現象確定、と言うべきかな。もっとも、魔術や自然治癒に干渉はできても概念に影響を及ぼすまでは行きついていない。傷なんてものは埋められるから、気にしないで」
ぶるぶると身体を振って、血を跳ね飛ばした後は綺麗なものだ。
「……さっさと起きたらどう?」
完全にmm単位まで潰れていたが、そんなものでくたばるはずがない。
あいつの頭の中でどう現象を書き換えたが知らないが、結果として無傷で出てくるのはわかりきったこと。記憶を変えたか、歴史を変えたか。
「増援、か」
「そうだよ。馬鹿だねえ、君は。ここは奴らの領域だからとか。こんな小さな子が戦っていたら心配されるはずだとか考えるからそうなる」
それは好きなように世界を歪める力だ。現実改変能力者とでも呼べばいいのか。
けれど、想像してしまうだけで強制力は弱くなる。援軍が来るかもしれない、そう思うことが敵に利する。
そもそも能力を無意識化で使っているのだから、よけいに。ゆえ、アリスとアルカナがここに来ることを許された。
「……は?」
「君の能力が分かったよ、【現実改変者】。ああ、お前のそれは最悪だ。見るもおぞましい。自分の好きなようにぽんぽんと世界を歪めやがって。そして、それを自覚しない。僕はお前のそれを認めない」
”好きなように世界を歪める”。最悪だ。何度でも言おう。
君の従者を僕は人形と言った。ああ、これ以上当てはまる言葉はない。彼の好きな容姿で、性格で、そして彼の都合のいいような恋愛感情を向ける。
そんな太陽善良専用にカスタマイズされ製造された女だ。そもそも親が実在するかさえ怪しいものだ。もっとも、歴史のほうを変えたのなら善良の都合のいいような形で存在しているだろうが。
「なんだと――」
「だから殺す。跡形もなく、死を理解するまで何度でも殺してあげる。気に入らないから。そんなものは見たくないから」
そんなおぞましい力を無意識で使う男は大嫌いだ。
なんら責任を負うことなく能力を使って、あとは知らんぷりを決め込むと? ……奴の反応がおかしいな。やはり僕が言った言葉さえ都合のいいように検閲している。自身の能力を自覚しないために。
「てめ……」
「アリス、アルカナ――やるよ」
アリスとアルカナの増援が意味するのは、5対1だったものが5対3になったということ。現実を改変しても、しょせんは無意識だ。例えば前世で言う『核兵器』のようなトンデモは使えない。ならば、人数がものを言う。
「ち」
だが、僕は舌打ちをしてしまう。
押し切れない。殺せない。殺したと思ったら回復している。異常な回復力だ。強力な兵器は使えずとも、直前の記憶を検閲して改変、かわした記憶に置き換え人体の修復をしたか。
……歴史ではないな、地面に刻んだ傷跡がそのままだ。
「――あ」
ルナの槍が弾かれる。善良の一撃。……あの槍に全力での一撃をくわえたら、やった方が跡形もなくなる。そういう”神具”であるのに。
やれやれ、と言う顔が恐怖に染まる。まさか、ここまでの攻撃力を! 現実改変、己を神にまで引き上げたか。そんな度胸が……ッ!
「……ルナちゃん!」
と、言う声とともにアルカナがかばった。血しぶき。赤い血。……え? 赤い血。アルカナが、傷ついて。白いお腹から剣先が飛び出ている。血が噴き出て。目の前が真っ赤に染まって、ぬるりとした血で手が汚れる。
「アルカナ? アルカナ、ねえ。かばうことなんて、なかったのに」
アルカナを揺する。このまま死んじゃうんじゃ、なんて馬鹿げたことすら頭がよぎる。そんなわけないのに。この世界に来るまでは、戦闘で何度も跡形もなくなるまで壊されたのに。そんなことさえも忘れて。
「はは、心配するでないよ。自分の傷なら、気にも留めないくせに――」
立ち上がる。よかった、心の底からそう思って安堵のため息をつく。安心して足が崩れ落ちそうだった。でも。
「殺してやる」
あいつらは殺す。必ず殺す。決めた。幸いにもあいつらは死にづらい。満足なんてできないかもしれないけど、それでも何度でも殺せる。殺してやる。
「ああ。ああ、もういいよ。理解した。お前の能力、そして限界」
「みんな、来て」
つぶやいた。そして、皆が降りてくる。僕にとっての仲間。僕が信頼する子たち。
そして、揃ったからには君の能力ではどうしようもない。……しょせん、無意識では。理を理解していないならば、最高スペックなど出せるわけがないのだ。
「君の能力は現実改変。世界を好きなようにできる能力だ。けれど、ここには陥穽がある。欠点があるんだよ。もしくはわかりやすく限界といってもいい」
「君には想像力というモノが欠けている。世界の構造について思いをはせることもできない愚者であり、賢い”一般人”だ。強力な力なんて考えることもできない。それでも現実改変は強力だ。君が理解しない限り死というモノは存在しない」
「そう、君たちは死なない。改変された死のない世界に住んでいる。そして、想像力がなくても関係ない。目の前にあるならば――ね。目の前のそれを参考にして力を上げていけば、いずれわずかでも上回る。それが君たちの”成長”の正体」
「決して死なない。そして、敵と同じ位階まで力を上げれば勝てぬ者はいない。ああ、確かに君たちは無敵だろう」
ここで言葉を切る。周りの11人を見渡した。
「しかし、だ。僕たちの位階まで上がることができても――12人の前に何ができる?」
ルナ含め12人。目の前のものを参考にした同じ力を得ても、それで12人を相手にすることなどできはしない。
「絶望しろ。終わりを受け入れろ。そして、死ね」
12対5、それはただの数字以上に大きい。なぜなら、5の方は相手と同じところまでなら能力を上げられる馬鹿げた能力を持ってはいる。そして死にもしない。
けれど、それはいくらでも限界を超えられるということではない。参考にしている以上、目の前の力という制約がある。
「あはははははは!」
ルナは狂った笑いを響かせながら、11人を完全に制御する。
そもそも終末少女は声などに頼らない。過剰な力は出しても世界に悪影響を与えるだけとみなし使わないが、それ以外は完全に終末少女としての”神”としての戦い方。
会話の数千倍の速さでリアルタイムのメールで指示を出し、その圧倒的な力をもってただ押しつぶす。もちろん、実際に文字を書いてるわけではないのだが。
「……」
善良が何か言ってるが関係ない。ぐちゃぐちゃにされる中で多少手を動かしているのが見える。おそらくは薬を飲んだことにする認識改変のためだろうが。
甘いね、この期に及んで自己再生に理由を求めるか。そして、一手づつ潰す。2対1だ、一人が攻撃を潰し、もう一人が殺す。斬り殺す。焼き殺す。ねじり殺す。病み殺す。何度も何度も何度も。 ――そう、彼らが自らの死を理解するまで。
僕は笑い続ける。ただの挑発と、そして屈辱を与えるだけの感情の入らない声だけど。でも、もしかしたら、僕は楽しんでいたのかもしれない。
そして――
「やめてくれ……」
善良は”諦めた”。
「もう、やめてくれ」
女たちはもう再生しない。どうやら改変をやめて死なせてあげたらしい。彼が諦めたことによって記憶改編と再生のコンボは途切れた。
「諦めたね?」
崩れ落ちる善良の頭を僕は握りつぶす。さらにワールドブレイカー能力で塵すら残さず消し飛ばした。




