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第44話 |白露街《しらつゆがい》 side:レン


 実のところ、不安ではあった。

 我は半ば隠退した状態であり、もはやレン・ザ・ブラッドクルスは忘れ去られた名でもある。そもそも最初期に改造されたゆえの不具合もある。

 だましだましの運用が通じなくなったからこその隠遁生活だった。魔人は悠々自適な引退生活など望みはしない。まだ戦いたかったが、戦場に足手まといの居場所はなかったために涙をのんだ。


「――【|暴竜≪クロウ・クルワッハ≫】。暇しているところに悪いですが、任務です」


 などといきなり大物に言われてしまっては驚くしかない。

 グリューエン・レーベ、彼女は苛烈な裁定者だ。夜明け団に害をなすものを粛正する虐殺者。まあそれは相棒の異名だけれど。”あれ”に狙われては『第一期完成品』と呼ばれた我でも死を免れまい。

 ……もっとも、今の我の身体ではそのような手間もいらないかもしれないが。そして、もっと驚いたのは次の言葉だった。我の返事も聞かずに彼女は続けた。


「あなたにルナ・アーカイブスの監視の任を与えます」


 などと言われてしまっては、驚くことさえ忘れるほかない。

 そもそも、自分の役割は鉄砲玉だ。とりあえず突っ込んで、めちゃくちゃに暴れまわる。それしかできないから不本意な異名までつけられてしまったが……まあ、なんだ。


「我にそんなことできるとでも? そう思っているのであれば――相当な間抜けというほかないな。きひ」


 そういうこと。暴れて壊すだけが能の人間に任せるような任務ではない。そもそも頭の回路が半分焼き切れている。騙し合いをしたら、むしろ手玉に取られる自信すらある。


「別に探ってこいというつもりはありませんよ。最低限、行動を共にしてもらうだけで構いませんし、それ以外を期待してはいません」

「はあ? なあ、おい【爆炎の錬金術師】よ――お前さんはそんな悠長なことを言う人間だったか」


「ええ、必要とあれば。今まではその必要がなかっただけですよ。はい、初めてのことです――壊すのに手順を踏む、などということは」

「きひ。なるほど、全ては【夜明け団】の手のひらの上、か。で、我をどうするというのだ。……くふ。ああ、よからぬことであるのだろうなあ。我にはどんな悲惨な未来が待ち受けている? くひゃ。きひひひひひひ」


「その子はロリコンなので、機会があれば適当に誑し込んでください。あなたにそういうことができるとは考えづらいですが、あちらが望む可能性はあるのでとりあえず機会は逃さないようにしていただければ」

「……は?」


 ものすごく、予想外だった。


「そういうことなので、よろしくお願いしますね」


 通話を切られた。非通知では、かけ直すこともできなかった。



 そして、彼女と会った日。

 あの時は、本当にどうなるか不安だった。頭が沸騰してきてどうでもよくなったから、なんとなくで行動したけど。そして、今もとりあえず流されるままに動いている。

 ――私の頭は難しいことを考え続けることが可能な状態ではない。


「……レンちゃん。僕は『白露街』に行けとしか聞いてないけど、そこで何をしたらいいのかな」

「きひ。それはきっと、ルナにしかできないこと。きっと、素晴らしいことなんだと思うよ」


「知らないでしょ、君」

「ああ。物忘れが激しいんだよ、我は――くふ。ふふふふふ」


「そう」


 それだけ言って、到着した門の前でPDA(携帯情報端末)を開き何やら操作すると、永劫に閉ざされているべき門が簡単に開いてしまった。


「開いてよいのか?」

「そうしないとは入れないしねえ」


 あっけらかんとしたものだ。普通に考えて、魔物を呼び寄せかねないその行為は、即座に抹殺されてもおかしくない。それを折り紙付きの閉鎖都市であるここでやってしまうのだから、恐れを知らないとでも言えばいいのか。

 つか、そんな犯罪ど真ん中の操作方法をすでに知っていたのか。我は知らなかった。おそらく、ルナに与えられたPDAには特別な機能があるのだろう。


「――ッ!」


 息を吐く音が聞こえた。……息を潜ませてから、戦闘態勢に入り、攻撃を行う時の呼吸だ。あ、やられたなんて思う。ここから反撃は少し無理、命を諦める。


「……軽いね。ちゃんとご飯食べてる、君?」


 などと、繰り出された手刀を、ルナはまるで握手みたいな気軽さで止めてしまった。

 適当に生きているように見えて、攻撃は予想済みだったということか。……今気づいたが、アルカナ・アーカイブスが我の後ろに回っている。何かあれば担いで逃げ出す算段までしていたということか。


「何用だ。ここは他者との交流を拒絶する白露街。冒険者ならば、よそへ行け」


 にべもない。愛想のひとかけらすらもない拒絶。話し合いなどとてもではないが望めない――いや。


「つれないな、一応僕だって【翡翠の夜明け団】の関係者なんだぜ」


 ルナが手に力を籠めると、そいつは表情をゆがめる。完全に動きを封じている。話し合いをする気のない者相手に話をするもう一つの手段……それは脅迫に他ならない。


「……聞いたことがないな」

「ほら、これ。団員はみんな持っているだろ?」


 PDAを見せつける。O5(オーファイブ)……夜明け団を統治する5人と同じ特別製のそれを。


「……貴様は……いや、あなた様は――なぜ、こんなところに」


 がくがくと震えている。その気になれば権力的にも物理的にも街そのものを更地に変えてしまえる秘密結社の幹部を目にすれば誰でもそうなるだろう。

 そもそも白露街は夜明け団と関係を持っている。O5がここを自らの街を訪れるという異常事態を理解できるだけの情報があるからこそ持つ恐怖。


「少し、話を聞かせてもらいたいな」


 わかっているのか、いないのか――ニタリと笑みを浮かべたルナがそう言った。


「は……はい、わかりました。本家までご案内します」


 脂汗をにじませて、まるで腹の中身でもどこかに落としてしまったのかと聞きたくなるような顔色をしている。ここまで顔色が悪いと傷をふさいでも助からないように見える。

 もっとも、ここは戦場ではなく、彼の顔色が悪いのは心労によるものだろうけど。


「中々……えぐい真似をする」

「……どうして? まあ、お偉いさんに無礼したって焦るのはわかるけど、僕は怒ってないよ」


「それで済むものでもあるまい。奴も災難だな……きひ。ひひひひ」


 まあ、それで笑う我も――”えぐい”類に入るのであろうが。




 そして、質素だが清掃の行き届いた一室に案内される。


「始めまして。白露街、統治者――13代目白露(しらつゆ)(テル)”です」


 その場に正座する、少女と呼べる年齢の女の人。

 綺麗に一礼した。白装束、まるで彼女のためにあつらえたかのように似合うが、肌の白さと合わせて、その姿はむしろ死人を感じさせる。


「始めして、テル。僕はルナ・アーカイブス。縁あって翡翠の夜明け団に協力している者だ」

「……協力? あなたは、O5の一員では」


「それは違うよ。彼らは僕にそれと同等の品を与えてくれたけどね。今回の訪問にしたって、協力要請に応えてあげただけさ」

「……」


 少女は目を閉じて、考え込む。……まあ、難しいことを色々と考えているのだろう。その内容まではわかるはずがないのだが。


「では、ここへは何をしに?」

「さて、ね」


 ルナは出された茶をすする。この白露街の支配者が追い詰められている。もっとも、ルナは敵対しに来たわけではないのだろうが。


「……この町は、よそ者をひどく嫌います」

「そうだね、見てれば分かるよ。町全体を覆う壁。いや、壁なんてものじゃない”箱”がすべてを覆っていて昼間でさえ薄暗い有様だ。いや、薄暗くしてるんだね。そして、ここは照明をけちる必要があるほど貧乏とは思えない」


 ルナは続ける。まるで街角に猫を見かけたとでも話しているような気軽さで、この街の急所のことを言葉遊びの台座に乗せる。

 突けば崩壊する、させることのできる実力を持つ余裕でもって諧謔を弄ぶ。


「……ちらほらと町を行きかう人間の中に、病的に白い肌の人間がいた。君もそうだね、色が白い……というわけではなくて、アルビノでしょ。なんであんなにいるの? どう見ても普通の子だった。あれがこの街ではスタンダード。でなければ、あんなふうに町の空気に溶け込めない」

「確かに私たちの町にはアルビノが多くいます。ええ、あなたの言う通りアルビノには強い光が苦手なので光量を調整させてもらっています。不満を言う健常者も少ないので」


「へえ、そうなんだ。うん、がぜん興味が湧いてきたよ。僕らを滞在させてもらえるかな? 安心してよ、突っかかってきても無傷でおうちに返してあげるからさ」

「……ッ! 感謝します、とでも言えばよろしいので? あなた方が滞在を望むというのでしたら、特別に部屋を用意させます。見学を望むというのでしたら、手配しましょう。ですが、目的を終えたら早めに出て行ってほしいものです」


「そうだね、この分だと早めに出ていかなきゃならないかな? そう。あまり――難しいことでもない、かな」


 勧められるままに部屋に行って、出された食事を食べて――それから一日ほど遊び回る。この異常な街を、物珍しさも隠さずに。因縁を付けられても、楽しそうに傷一つ負わさずねじ伏せる。この少女は酷く残酷で純粋で、容赦がない。

 どうやら、ルナという少女は言ったことは守るらしい。もっとも、他の人間の尊厳などはお構いなしだが。



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