第42話 王都、夜中 side:九竺
そして、宿に帰って虚炉を部屋に帰したルナは外で星を眺めている。
「……虚炉が世話になったみたいだな」
ホテルに帰ってきた後、すぐに部屋にこもってしまった。顔が赤かったが酒でも飲んだのだろうか、と九竺は思う。
ルナと一緒であまりそういうのはよろしくないとは思うのだが。一方でルナは帰ってきてから空を見上げている。灰で覆われて何も見えない空を。珍しく一人でいる彼女の横に腰を下ろす。
「九竺は気にし過ぎなんだよ。自分で選んで、そして後悔していないなら他人が言えることなんて何もないよ。それでも言うのは余計なお世話というやつさ。みんな、されるのは嫌でもするのは好きみたいだけど」
……ルナ。【災厄】と戦っている最中に助けに来てくれた少女。この子以外には【災厄】に対抗する術はない。
人類史上、奴らには傷さえつけられなかったという絶望的な歴史に終止符を打った。S級でも無残に殺されてきたのだ。自分たちも、そうなるところだった。魔物と戦う存在、という意味で彼女は味方だ。
けれど、今は手放しにそう評していいのか不安になる。
魔物の敵が人類の味方であるとは限らない。【翡翠の夜明け団】のエージェントと仲良くしているということは、多分に不安要素だ。裏切るかもしれない、と思う。そんなことになってほしくない、とも。
「そう言われても、な」
何を考えているのか、機嫌よさそうに笑っている。こいつの真意はどこにあるのか。だが、それでも――限りなく灰色に近い少女であっても、信じていたい。自分たちを助けてくれた彼女を。
「嫁の貰い手が心配なら、九竺がもらってあげればいいじゃないか」
澄んだ目をしている。見た目はかわいらしい少女だ。
昼に買ったのか、いつものアーティファクトを脱いでふりふりのドレスを着ている。子供らしくて愛らしいと思う反面、フリルが動きの邪魔じゃねえかと思うのは男のサガだろうか。
「……責任はとるさ」
虚炉のこと。自分には恋愛というものがわからない。仲間として大切に思っている。けれど、女として彼女をどう思っているかは――どうなんだろうか。
「だめだよ、そんな顔しちゃ。そこは赤くなって〈そんなこと思ってねえよ、馬鹿〉くらいに言ってくれなきゃ」
「あー、ラブコメの話か? つっても、なあ――冒険者で女って、行き遅れる奴が多いんだよ。それで、あの腕だ。俺がもらわなきゃ誰がもらうかって話にもなるだろ、そりゃ。実を言うと、あいつは気を許した相手にゃ押しが強いぜ」
「貰い手、というなら名前とか資産とかいろいろ欲しがる人はいるんじゃない?」
「そんな奴と結婚して誰が幸せになれんだよ」
「ふふん、それを言うなら君と結婚したって愛がなけりゃ同じじゃないか」
「そういうもんかね?」
「責任感でプロポーズされてうれしい人はいないよ。ま、そこらへんはこれからに期待しようか」
そう、偉そうに言って空を見上げる。
「……なあ、ルナ。お前は」
何者だ、と聞こうとしてやめる。
「ルナ、夜に出歩くのはやめておけよ」
「おや。どうして? 別に迷いはしないよ。魔力をたどってどこからでも帰ってこれるよ」
「そういうことじゃねえよ」
こいつには年相応に子供らしい部分と、妖怪狸のような老獪さが同居している。調子に乗って迷子になることは想像できない。
常に保険を用意している周到さがある。この魔力を感知することができない王都でもそれができるのかどうかはともかく、確実に普通に道を覚える以外の何かは用意しておく。これがダメだったら他の手段、なんて大人でもあまりやらないそれを当然のように準備しておくのがこいつだ。
「ふぅん?」
じろじろと見てくる。ある程度は俺の考えに見当がついたのかもしれない。……疑っている、ということも。
「……【完全正義】を知っているか?」
ルナにはこういう知識だけはない。今も、頭にハテナを浮かべて聞いている。
人の裏を読むのも得意で、戦略にも明るいが知っていて当然のことには詳しくない。どこか、人里離れた場所で閉じ込められて育ったものかと思っていたが。
「正義、ねえ――それに完全がつくとなれば、いいイメージがわかないね」
嗤う。やはりひねくれている。こいつが檻の中にいるところは想像できない。人間だったときもあった、ということなのかもしれないが――やはりイメージがわかない。どんな状況があったらこんな性格ができあがるのか。
そして、こいつはこれから何をする気なのかが見当もつかない。
「二人組のS級冒険者だ。【災厄】を倒せるのかもしれないと噂されている奴だな。実際に戦ったことはないらしいからどうかはわからないが、とてつもない――いや、違うな。根本から一線を画す能力者らしい」
「……能力者?」
ルナは少し顔をゆがめる。上位の冒険者には二つのタイプがある。何でもできる奴と特化した奴。
特化された魔法は洗練されすぎていて、他の誰にも真似どころか解析もできない。ゆえに、後者のタイプは能力者と呼ばれる。
「一度会ったことがある。あいつらは――なんていうかな、”チガウ”んだ。普通の人間とは違う。けれど、改造されたわけでも魔力に浸食されたわけでもない。そう、あいつらにとってはあれで自然なんだ。すべてを圧倒して君臨する、それが常態。水は水、土は土であるように、あれらは”君臨するモノ”でしかないんだ。……わかるか?」
「……へぇ」
何を考えているのか、それだけ言った。
「そいつらが王都にいる。しかも、あいつらはここを根城にしているわけじゃないから、多少のいざこざなら平気で起こす。……お前も標的になる可能性がある。夜、出歩くことは絶対にやめてくれ」
「出歩いたら、衝突する可能性がある。か」
他人事のようにつぶやく。ルナは挑発にのってしまう子供らしい一面と、相手の行動の一つ一つ潰して言って相手をいたぶる老獪な残酷さを持っている。最悪の場合……
「あいつらが退くべきところは退くならいい。だが、お前と相対して、一度衝突してなお、退かないなら――大惨事になるかもしれない。王都で騒ぎを起こすのだけはやめてくれ。……”国”が危うくなる」
「大惨事? さすがに、僕はそこまでやる性格でもないと、自分では評価してるのだけど。個人的な争いで町ごと滅ぼすような真似はそんなにしないよ。”国”なら絶対と言ってもいい」
「本当だな? お前たちが激突した場合、最悪王都が滅ぶこともあるかもしれないと思っている。そうなれば国の崩壊は免れない。絶対に頼むぞ」
「大げさだね。そんなに強いの? なんだっけ」
「【完全正義】。そいつらは二人で組んでいる。片方は【完全掌握】の死霊霊廟、そしてもう片方は【絶対正義】の銀河皇帝だ」
「……ものすごい名前だ。異名の方もだけどね。能力は知ってるの?」
「知ってる。知られて困るような能力でもない。死霊はネクロマンサー、銀河はベクトル操作能力だ。対策の立てようがねえよ。それこそ、銀河のほうは相手をせず全力で逃げればどうにかなるかもしれんが、死霊の操るゾンビに囲まれたら終わりだ」
「……ベクトル操作能力、ねえ」
「ベクトルっつうのはスカラに方向を加えたものだよ。触れたものの威力、そして方向を操ることができる能力」
「それくらい知ってるよ。逆に九竺が知ってることに驚いた。けど、スカラという専門用語を出すのはよくないんじゃない? スカラは数字の大きさで、ベクトルはスカラに方向を加えたもの。確かに自分の魔法を増幅したり、相手の魔法を反射増幅もできる厄介な能力だね。それ、水をお湯にもできるのかな」
「知らん。魔法撃ち込みゃそれでいいんじゃないか?」
「それもそうだね。馬鹿げた威力の魔法を連発、逃げようにも死者の群れ。死霊のほうも一筋縄で済む能力者でもなさそうだし。うん、トンデモ同士でいいコンビだね。相性うんぬんより、ただの力技の二乗な気もするけど」
「ま、そう言われればそんな気もしてくるな。奴らは一つの都市くらいなら簡単に滅ぼせる。そして、それはお前も同じことだろう? ルナ」
「そうだね、”槍”を使えば真っ二つにできる。けど――心配はいらなかったね?」
「……何を」
「うん、終わった。僕は部屋に戻って寝ようかな」
とん、と立つ。風が吹いてスカートがひらりと舞い上がった。……ちなみに九竺は普通の性癖だ。こんな子供のパンチラを期待するなどありえない。
「何が終わった? 何を言ってる」
「その二人ならおねんねしてるよ。レーベのほうに手を出した。返り討ちで寝込んでるのさ」
くすくす笑っている。おもしろい見世物を見たみたいな態度だが――大ごとだ。冒険者、ひいては無辜の一般人にとっては天地がひっくり返るかのような事態。
「……な!」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。【完全正義】が――敗北した。
グリューエン・レーベとヴァイス・クロイツ、奴らとは風見町では共闘したが実際のところはただの凶悪犯罪者だ。そいつらが、そこまでデタラメな存在だったのだと驚愕する。
夜明け団に関して、王都が取っているとされる方策の噂話は二つに分かれる。裏取引、もしくは――強すぎて手が出せない。……後者が真実だとでもいうのか。
「結局、能力を使うのは人なのさ。絶対無敵の攻撃能力を備えた完全防御も、痴呆的な数の暴力でさえも扱うのはやっぱり”人”でしかないんだ。人間相手なら付け込む隙もあるよ。いや、違うかな。覚悟を決めて、やり遂げる意思があれば、どうにかできてしまうということなのかも。完全なんて、不完全の対義語でしかないのだからね。もちろん、筋道を思いつけるだけの器用さは必要だけれど」
「……ッ!」
後ろ姿を見送る。考えなければならない。巨大すぎる力を持った犯罪組織、そしてそれの活躍を嬉しそうに話すルナの姿。彼女は果たして――人類の味方か?
「おやすみ、九竺。そう難しく考えることはないさ。敵の敵は味方になれずとも、協力することはできるから」
ひらひらと手をふる。ルナという少女は意味が分からない。何を考えているのか――煙にまかれた気分だ。……けれど、どうやら敵というわけではないらしいと安堵する。




