第40話 王都の噂 side:ルナ
そこは灰が埋め尽くす黒に染まった街。ぽつりと寂しく佇む、しかし装飾の施された美しい城壁に囲まれた街。地獄の中にあるオアシスは、擬態する食虫植物を連想させる。
僕らは王都にやってきていた。
「へえ――これが。壮観だねえ」
風見町の壁はただ土を積み上げて鉄板を貼り付けただけだった。聞けば、あんな粗末なそれで良ければ技術者と機材を揃えれば2,3日あれば作れるらしい。そして、その技術を持ち、国中を回っているキャラバンはいくつかあるとのことだ。
つまるところ、僕が何の苦も無く倒せてしまうようなA級に頼りきりの、壁っぽいものを積み上げただけで満足するようなびっくりするほど防犯意識の低い町だったらしい。まさか、と言いたいがあそこの経験を考えれば妥当かもしれない。
だから防衛網なんてないも同然で、あの惨劇も当然予想できたものだった――らしい。
「機能化の美だね。僕はこういうの好きだよ。ことによると、僕の斬撃も受け止めてしまえるかもしれない。いやいや、あるところにはあるものだ」
もちろん、レーベたちに見せた程度の力量での話だ。とはいえ、それでも人類最高峰クラスは”ある”のだが。
実のところ、防御というのは攻撃よりも難しい。最大の防御は攻撃などと言われるように、守りを固めるということはとっても大変だ。攻撃は一か所に魔力を集めるだけでいいけど、防御はすべての部分でその魔力を上回る必要があるからね。
「そうかもしれませんが、試さないでくださいね。一応、意味はありますから」
レーベが睨み付けるように僕を見た。実際は犯罪者が彼女で、僕は有名冒険者の連れ。犯罪者に犯罪行為を注意されるとは、なかなかに洒落が聞いてると思う。
「雑魚除けと、灰を逃さないためだろう? 目と鼻の先でもほとんど魔力を感じない。けれど、実際はばかげた魔力が常に回転しているんだろ。これほどの灰を出すほど工場が稼働してるんだから」
「ええ。『機関』を回すために国中の魔石が集められています。ここでは人類が版図を伸ばすためのすべてが製造されているのですよ。ゆえにこそ――ここは死と病毒、そして繁栄の都と呼ばれている」
誇らしげに、そして悼ましげに言う表情は複雑。死と病毒、それと繁栄は全くの逆の概念。それが示す二律背反。この王都はそういう場所だ。
人の命はガラクタ同然、けれど成功を掴みたければここに来るしかない。
「なかなかに素敵な呼び名だと僕は思うね。……この規模になると、スラムとか発生しないのかな? それとも、よほどいい社会システムがあったりするかい」
「いえ。そんなものはありませんよ。……ええ、あなたには気づかないかもしれませんね、そんなものを纏っていれば」
「ああ、灰か。確かに人体には有毒だったね。外から来た奴らはすぐに死ぬから、ということ」
貧民が集まってスラム化するのは都市があれば必然だ。けれど、スラム化する前に毒に殺されるのであれば、ある意味奇麗なこの風景も納得できる。
立ち上る黒煙のいくつかは工場ではなく火葬場の煙なのかもしれない。
「はい、犬も放し飼いにしてありますから」
「……本当に、面白い都市だねえ」
痩せさらばえた、しかし人くらい簡単に噛み殺しそうな野犬が走り去っていくのが見えた。そして、門番と出会って手続きする。
「この時期で良かったですね」
「……? どういうことかな」
こんなんでいいのか、と言いたくなるほどに適当な受付が終わった。渡した冒険者カードを返してもらうときに話していた世間話の一つ。
「前までは、王様は厳しくて。王都に来ようものなら、そいつは犯罪者だみたいな扱いをしていたんですよ。少しでも怪しいことをしたら処刑、といった感じで。街中でいきなり発砲されるものですから、危なくて中々外を歩くこともできないというありさまで」
「……なかなか壮絶な世界だ。弁護士を呼んでくれともいわせてもらえなそうだね」
「弁護士? なんです、それは」
「いや、わからないならいいよ。しかし、僕みたいなかわいい子が歩いてるとどうにかされちゃいそうだね」
「ああ、そうだね。嬢ちゃんはなんか大人びてるけど、保護者のそばを離れない方がいい。いるところには、嬢ちゃんみたいな年齢の子が好きな変態がいるからね」
ちなみに、アリスは僕よりも幼い。もちろん、見かけに限った話ではある。……そうか、僕は変態か。おくびにも出さずへらりと笑う。
「気を付けることにするよ。ここには面白そうなお店とかある?」
「……嬢ちゃんが楽しめそうなところはどうかねえ。だけど、服を売ってる所ならたくさんあるさ。おじさんにはあまり縁のない話だけどね」
「……おや、僕は貴族に見えたりする?」
くるりと回って、スカートをふわりと広げる。本人が言うのもなんだが、ごてごてしてあまり女の子でも着ないような人形らしいかわいい服だ。
せっかくかわいい顔なのだから、かわいい服を着ている。こんな外見であれば、貴族に間違えられても仕方ない気がする。庶民とか言ったら笑われそうだ。
「違うのかい?」
「少し違うね。でも、お金は持ってるよ。君の勧めてくれたとおりにお洋服屋さんにでも行ってみることにするさ」
「ああ、そうだ。薬はちゃんと飲むんだよ」
「……くすり?」
「そう。何軒もあるし目立ってるし保護者の人たちもわかっているはずだけど、ここではお薬を飲まなきゃ病気になっちゃうんだ」
「へえ。うん、我慢して飲むことにするよ。病気は嫌だからね」
実を言うとアーティファクトで毒霧は無効だけど、ね。
「うん、そうするといい。嬢ちゃんくらいの子だと、苦いからって飲まない子が多くてねえ」
「ありがとう、おじさん。じゃあね」
手を振って別れた。
「さて」
さっそく、僕は適当に歩き出そうとして。
「待って、ルナちゃん。どこ行くつもり?」
「うん? エナ、そんなことを聞いてどうするの。ただの観光だよ。騒ぎになることは心配しなくていいよ、その前に優しく潰してあげるから」
「あのね、ここは日中も薄暗くて、慣れてる人でもよく迷ってしまうところなの。ルナちゃん、私たちと離れたら迷子になっちゃうかもしれないじゃない」
「ふふん、それはないさ。僕が迷子になるわけがない」
「なによ、その根拠のない自信は。ここでは、魔力を感知してするなんてできないわよ。はぐれたら迷子よ」
「やだな、迷子の定義を考えてみなよ。目的地があるから迷うんだ。最初からそんなものがなければ迷わない」
「……妙な屁理屈をこねないでよ」
「ま、冗談さ――ちょっとしたお茶目だよ。けれど、実のところは僕が行っても、ややこしい話になるだけだろう? 今日の夜に組合に集合でいいじゃないか。先に案内してくれるかな」
「それは妥当かもしれないけど――」
「じゃ、そういうことで。僕も遊びたいときはあるのさ。やっとお金を組合で換金できるしね」
そういうことで、今はウィンドウショッピングを楽しんでいる。まずは傘だ。
女の人は全員傘をさして歩いているし、男の人はつばの広い帽子をかぶっている。……上から降ってくる灰が顔にかからないようにするもの。実用品だが、おしゃれの品でもある。
「これ、かわいい?」
少女趣味なフリルのついた傘をくるくる回す。子供向けのものもきちんとあった。まあ、灰などアーティファクトに付着することはないが、これもファッション。”以前”はどうでもよかったが、僕を慕ってついてきてくれるかわいい子が二人もいるんだ。楽しんでしまおう。
「うむ。かわいいぞ」
「ふふ、ありがと。じゃ、アルカナはこっちね」
黒い、フリルがさらにどさっとついたものを渡した。
「ええ……と、こうかの?」
僕の真似をして回す。うん、かわいい。
「アリスにはこっちかな?」
アリスを着せ替え人形にして、褒めてあげると顔を真っ赤にする。そうしているとアルカナが試着した服を見せに着て、そっちをほめてあげると今度はアリスがすねちゃったりして。なぜか僕が着せ替え人形にされてほおずりされちゃったり。
きゃっきゃと笑いあいながらそんな風に遊び歩いて、服も買った。自分で選んだり、2人に選んでもらったりしながら。この子たちにも買ってあげたり。色々と遊び歩いて、夜に組合へ行く。




