あとがき+小話
最後まで月神の祝祭〜月神の娘と夜の王子〜にお付き合いくださり、ありがとうございます。
どうにか、こうにか最後までこぎつけることが出来たのも、拙い文章を読みに来て下さる皆様のおかげです。
なんか、色々中途半端じゃないかと思われるかもしれませんが、月神の祝祭は〜有明の使者〜へと続きます。
アリオス、エスタニア以外の国の人が出てくる予定です。
相変わらず、更新は遅いと思いますが、「まぁ、ついでに読んでやってもいいや」という方は、こちらもよろしくお願いします。
ここで裏話があればという嬉しい意見をいただいたので、小話を。
本編に影響は無いので、読まなくても大丈夫です。
好きなのにあまり登場させることが出来なかった人たちを登場させてみようと思います。
筆頭はハマナ・ローランドです。高い地位につけてみたものの、出番少ない……
陽炎の二人も出してみました。
よろしかったら読んでみてください。
小話:それぞれの剣の誓い
1、ハマナ・ローランドとカナンの場合
「と、こんな具合に終わったのですよ」
「あやつのやりそうなことだな」
ジルフォードとジョゼの一方的な剣の誓いの話をするとハマナはふと口を緩ませた。
最近、すいぶんと忙しいのだろう。
顔色の悪さが際立っていたが、笑ったことで幾分かましになったように思えた。
「私たちの剣の誓い覚えていますか?」
お茶を注ぐ音に紛れて響く声は穏やかで、「覚えているとも」と口にしかけ、ハマナは暫し止まった。
「おや、悲しいですね。忘れてしまったんですか?」
「おっ覚えているとも。あれは……」
「衝撃でした」
にこりと効果音が着きそうなほど、微笑まれてハマナの顔からすーっと血の気が引いていく。
「顔色が悪いですよ。血行に効くお茶ですから、飲んでくださいね」
差し出されたお茶は、さわやかな香りがするのに、見た目は煮詰めた藻が入っていそうなほど不気味な緑だ。
「残さずに」
止めの一言に恐る恐るカップに手を伸ばす。
口に運ぶまでかなりの時間を要したが、味は悪くない。
むしろ好みの味だといってもようのだが、その緑色の物体を体内に入れているということを認めたくないのだ。
「まさか、貴方の剣が後頭部を直撃するなんて」
ハマナは思わずむせた。
この不気味なお茶で許してくれるわけではなかったようだ。
「見届け人もいない中、いきなり鞘ごと剣を人にぶち当てたかと思うと、これで我らは同士だと叫んだんですよ。貴方」
「ああ……そうだったな」
「知っていますか? あれは本来命を預けますという儀式なんですよ。相手を撲殺する儀式ではありませんからね」
「……わかっておるわ」
分っていたのだ。カナンが誰とも剣の誓いをやる気がないことを。
当時は、国の内も外も荒れており、いつ戦場で死んでもおかしくない状況だった。
彼は気休めのように広がる儀式に意味が無いことを知っていたのだ。
それは互いの命を背負う存在を見つけることのできた、最高のときに行う神聖な儀式。
答えなど、分っていたのだ。
けれど、分っている答えに命を賭けてもいいと何故か思ってしまったのだ。
「もう少し、まともにやるつもりだったさ」
あの時、援軍の要請さえ入らなかったら、せめて見届け人を用意する時間ぐらいあっただろうに。
「そうでしょうね。貴方は、形から入るのが好きですから」
「……」
反論の余地も無い。
そう言えば、直接答えなど聞いていなかった。
「残念ですね。もし、正式なものなら、ちゃんと受けたんですけどね」
「はっ?」
「貴方、人が目を白黒させている間に消えてしまうし、返事をする暇なんてありませんよ」
「は? お、お前受けていたのか!?」
「……いけませんか?」
カナンの笑みが微妙に引きつった。
目の前の人物は断られると思って剣を投げつけたのか。
「いや……」
後頭部への不意打ちがどれほど痛いか分っているのだろうか。
見た目は悪いが、本当に効くお茶で許してあげようと思っていたのに、なんだか釈然としない。
「最近、年のせいか後頭部が痛むんですよ。ハマナ様」
「……」
カナンの笑みに何か感じたのか、ハマナは口を閉ざした。
「お見舞いに、エスタニアの最高級茶葉が欲しいです」
「……セイラ殿も喜ぶだろうな」
他国では賢者とも言われるハマナ・ローランドに乾いた笑み浮かべさせることができるのは、きっとカナンだけだろう。
2、ラルド・キースとユーリの場合
ラルドは差し出された赤い刀身を瞳に写していた。
陽炎の切っ先で作られた飛炎は材質は同じはずなのに、どこか違うきらめきを持っているようだ。
こんな儀式をやるまでもなく、信頼関係は絶大だと思っていたが、改めて愛剣を差し出されると嬉しいような、面映いような不思議な想いが沸き起こる。
あまりに真剣な瞳に笑みが漏れる。
(一緒に戦いましょう)
当たり前だと思った。
(命を預けます)
自分の命は、彼女が副官になったときに、とうに預けている。
答えなど、問われるまでもなく決まっているのだ。
柄に手を伸ばす。
けれど、小さなユーリが膝を着いているので、更に小さく、その上、ナイフほどの大きさしかない飛炎の柄までの長さは、かなり短い。
当然、長身のラルドが立ったままで柄に触れるという芸当はできないのだ。
だから、自然に膝をつき、手を伸ばすことになる。
やっと、届く。
そう思ったときに、目の前から柄が消えた。
「キキキっキース将軍! ダメですよ。あたしになんて膝をつかないでくださいー!」
脱兎のごとく去っていったユーリの背中をあっけにとられたまま見つめながら、ラルドはしばらく動けずにいた。
膝をつかずに、どうすればいいのだ。
「気持ち悪いほど体をやわらかくしてみるか? キース将軍」
一部始終を見ていたジョゼは、笑わずにはいられない。
見届け人に選ばれたものの、こんなに面白い場面に出くわすとは思っていなかった。
それから数年経つものの、彼らは未だに剣の儀式を終えていない。




