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第52話:ドレス

「セイラ様!」


ダリアの部屋へと急いでいると、数人の侍女に呼び止められた。ハナと仲のよい娘たちだからよく知っている顔ばかりだ。


「お目覚めになられたのですね」


涙ぐんで喜んでくれると、しっかり睡眠をとっただけの身としては少々気が引けてしまう。ハナの心配をしてくれる彼女たちに休ませていることを告げると、皆一様にほっとした表情を見せたのも束の間、瞳に決意の色をたぎらせると、セイラの周りをぐるりと取り囲む。疑問を発する前に、両腕をからめとられ身動きができない。


「え〜っと。ミサ?」


リーダー格の娘に、可愛らしく首を傾げながら訪ねたのだが、より可愛らしい満面の笑みを返された。見惚れるような笑みには裏があると思うようになってしまったのは姉の影響だろうか。


「これからダリアのとこに行くんだけどな〜……」


「ちょうどようごさいました。私たちもダリア様の元へ」


「へぇ〜……じゃ私は後で」


そろりと後ろに下がろうとしたものの、両脇を固められている上に、背後にも居るので半歩も行かないうちに引き戻されることになる。

瞳を輝かせ、満面の笑みの彼女たちに関わるのは、あまり好ましくない。

前は髪をお願いだから結わしてくれて言われて、軽い気持ちで了解したら、一日中付き合わされたのだ。途中からテンションのおかしくなった彼女たちに制止の言葉は効かず、頼みの綱だったダリアまでもが、参加するのだから始末に終えない。結局、セイラのお腹が盛大に空腹を訴えたところで中止になったのだが、とっぷりと日がくれた後だった。

行きましょうと引っ張る彼女たちの力は毎日鍛えているだけに強い。

その上、やんわりと優しげな手つきなので本気で抵抗しようという気を殺いでしまう。仕方なく、のろのろと足を動かしていたのだが、元々ダリアの部屋に向かっていたため、数分で着く距離だった。

ノックをすると、ドアを開けたのはマキナだった。捕獲された珍生物のようなセイラの有り様に気の毒そうな視線を向けたが助けてくれそうにはない。


「悪いんだが、あんなに生き生きしているダリア様を止めることはできないよ」


マキナの言葉通りの姿が彼女の背後にあった。様々な色の布地に囲まれる姿は花の中央に座る妖精のようだ。セイラの姿を認めると、瞳の色を明るくし微笑んだ。


「セイラ!無事に目覚めて本当に良かったわ。さっそくで悪いんだけど、貴女の服装だけ決まっていたないのよ。決めましょうね」


もう一度夢の世界に旅立ちたくなった。


「適当に選んでくれたらいいのに……」


その言葉にマキナ意外の女性陣がくわっと目を向いた。


「ダメですよ。一生に一度の大舞台ですから、一番映える衣装じゃないと!」


「特別な仕立て屋も呼んだのよ」


わざわざ作るなんて、とんでもない。部屋を彩るドレスの一着を貸してくれるだけで十分なのに、特別な仕立て屋とやらはどこからともなく現れた。目の覚めるような鮮やかなピンクの髪に、彫りの深い顔は一度見たら忘れそうにない。


「あら〜貴女がセイラね。可愛らしぃ」


女性にしては背が高く、短いスカートからのぞく足はひどく筋肉質だ。セイラの頬を撫で擦る手も随分と大きい。ジョゼと同じくらい良い体格をしているだろう。


「はじめまして。えーっと名前教えてくれる?」


「あらん〜嬉しいわ。こんななりしてると最初に性別を聞く失礼な人たちが多いんだけど。セイラはいい子ね。私はアリーよ。残念なことに体は男だけど、心は乙女!」


厚い唇に塗られた紅がきらりと光る。服装さえ除けば、体躯たくましい男性にしか見えないのに、角度によっては、女性らしく見えるから不思議だ。


「よろしくね。アリー。……できれば動きやすいドレスを……」


アリーの登場で、ドレスを作らないという選択肢はなくなってしまった。


「任せておきなさい! 可愛いセイラには、とびっきり甘いドレスを作ってあげるわん」


「……甘い?」


それはレースやフリルがふんだんに使われた可愛らしいドレスの例えだろうか。それは遠慮したいと口にしようとするとダリアがにっこりと微笑んだ。


「アリーはね最高のお菓子職人なの」


「最高なんて嬉しいこと言ってくれるわねぇ。俄然やる気が出ちゃうじゃない」


アリーが腕まくりすると、筋肉のついた固そうな腕が現れた。


「お菓子? 仕立て屋さんじゃなかったの?」


それを聞いた女性陣(アリーを含む)は、ふふふと不気味な笑い声を立ててセイラの方へとにじり寄ってきた。正直怖い。


「セイラ様のドレスの飾りつけはお菓子でしようと思いまして。初の試みでしてよ」


「きっと素敵です!」


「……お菓子の飾りつけ?」


「そうよん。セイラってジニスの出身でしょう。いくら玉で飾っても、あそこと比べられたらね〜……それにセイラってドレスを取っておいて思い出にしようってタイプじゃないでしょ。だから一瞬だけでも一生記憶に残る美しいものをってね。終わったあとは食べても良いわん」


「ん〜ドレスにクッキーとか貼り付けるって事?」


「それも斬新で良いかもね。けど、今回使うのは飴細工」


アリーが取り出した箱の中にはガラスで作ったかのような透き通った花びらの花が一輪入っていた。


「これ、飴なの?」


「舐めてみても良いわよん」


なめてみると口の中に甘さが広がっていく。美味しいと呟くとアリーが嬉しげに鼻をならす。


「どんな形にも出来るから便利なのよん。微妙な色合いも出せるしね。セイラにぴったりな色も探してあげる」


「溶けるっている理由で式が終わったら早々に引っ込むことも出来るわよ」


それは非常にありがたい。


「セイラには白が似合うかしらねぇ」


アリーの言葉に侍女たちが、それぞれに違った白の布地を持って前に立つ。我先に差し出すとアリーが受け取り、セイラを手招きした。

くるりと片足を軸に一回転。その間に乳白色の布とリボンが掛けられる。プレゼントの品物になった気分だ。試作品の花をつけ、スケッチをして、再び一回転。何十回とそれを繰り返しているとさすがに疲れてきた。アリーと侍女たちが花びらの角度について討論している間に、セイラはぐったりと長椅子に座り込んだ。きっと彼女たちは妥協という言葉を知らないに違いない。おやつに砕けてしまった飴細工を食べているとダリアが近づいてきた。


「疲れたかしら」


「とっても」


「素敵なドレスになるわ」


討論は白熱していくばかりだ。いったい何時になったら終わるのだろうか。このまま彼女たちが気づかぬうちに部屋を抜け出してしまいたいが、ダリアとマキナが許してくれないだろう。ダリアは長いため息をつくセイラの横に座り、思い出し笑いを浮かべた。


「今日、ユリザ様に会ったのよ」


「姉様に?」


「個人的にお話してみたかったの」


王妃としてではなく、ダリア個人として話してみたいこととは何だったのだろう。


「実はね」


ダリアにそっと耳打ちされた話にセイラはしばし言葉を失うことになった。



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