6、モニカ
番外編としては、最後の話になります。前編後編に分かれていて、これは前篇ですね。
ところで、この作品のブックマーク登録がいつの間にか120件を突破しています。登録してくださったみなさん、読んで下さっているみなさん、本当にありがとうございます!
荘厳な大聖堂で執り行われた戴冠式。今、大司教に王冠をかぶせられ、新しい皇帝が誕生した。
ヴァルテンブルク帝国新皇帝マクシミリアンの誕生である。
戴冠式出席者たちの拍手が、大聖堂中を満たした。
△
「お兄様!」
1年ぶりに会った妹は、ローレンスを見て嬉しそうに声をあげた。ローレンスは妹の頬に親愛のキスをする。
「久しぶりだね、ソフィア……ああ。今ではゾフィーか」
「どちらでもいいわ。どちらもわたくしの名ですもの」
「そうだね。でも、ゾフィーと呼ぶことにしようか」
ソフィアと言う名はブリタニア語の読みなのである。ヴァルテンブルク帝国風に読むと、彼女の名はゾフィーになる。
「久しぶりだな、ローリー。まさか来てもらえるとは思わなかった」
「ああ。妹が嫁いだ相手の戴冠式なのに、親族がだれも出席しないのはどうかと思ってね……。即位おめでとう、マックス」
お互いを愛称で呼び合う友人になっていたローレンスと帝国新皇帝マクシミリアンは笑みを浮かべて握手をした。
「あ、義兄さんと呼んでもいいぞ?」
「勘弁してよ。年は君の方が上でしょ」
ローレンスは苦笑した。ローレンスは現在19歳であるが、マクシミリアンは21歳だ。二つ年上なのである。
「あなたもお久しぶりですね。フロイライン・モニカ」
「はい。お久しぶりです。此度はおめでとうございます、マクシミリアン皇帝陛下」
ローレンスの連れであるモニカがにっこりと笑った。
今回、マクシミリアンの父である前皇帝の崩御に伴い、マクシミリアンの戴冠式が行われることになった。マクシミリアンの妻はブリタニアの王女。マクシミリアンが皇帝になれば皇妃となる。となれば、戴冠式に参加しないわけにはいかない。
ということで、ローレンスか、ニコラス2世か。どちらが戴冠式に出るかでもめた。しかし、結局ローレンスが向かうことになったのはマクシミリアンと仲が良かったからだろうか。
そして、ローレンスが戴冠式に向かうにあたって、連れとして婚約者のモニカを連れてきた。なぜなら、ローレンスは現在、婚約者はいるものの、『夫にしたい未婚の王族』の1人にあげられているのだ。他国からの縁談攻撃が怖かったのである。モニカを連れて行けば、多少は攻撃が弱いと思ったのだ。
「お兄様、未だに無敗らしいわね。そのうち伝説ができそうね」
「私はローリーが即位した暁には『無敗王』って呼ばれると思うね」
おおう。帝国皇帝夫妻がさりげなくひどい。いや、言葉だけ聞けばローレンスを持ち上げているのだが、口調は馬鹿にしている。この2人とモニカと4人でテーブルを囲んでいるローレンスは、苦笑いを浮かべて言った。
「たまたま、運がいいだけだよ。先日はキャンベルが戦死してしまったし……」
「えっ、キャンベル様が!? 確か、お兄様の戦術指南役では……」
「ああ、そうなんだよ。私が一人でも大丈夫だろうってことで、別の戦場に行ってたんだけどさぁ」
そこで戦死してしまった。キャンベルは有能だったので、かなり痛手だった。
「というか、私の元に入ってきた最新情報では、お前はローランサンで戦っていると聞いたが」
マクシミリアンの問いに、「ああ、そうだね」とローレンスは微笑んだ。一口お茶を飲んだ。
「ここへは戦場を突っ切ってきたからね」
「何やってるの、お兄様!」
「モニカは? まさか、彼女を連れて戦場突っ切ってきたとか言わないよな」
ゾフィーとマクシミリアンから非難されるローレンスだ。しかし、さすがのローレンスもモニカを連れて戦場を突っ切ろうなんて考えない。
「わたくしは一度もガリア王国に入国せずに帝国に参りましたわ。遠回りでしたので、時間はかかりましたけど、安全でしたわ」
ニコリと笑ってモニカがそう答えた。王族に囲まれて場違い感を覚えているであろう彼女だが、これだけしっかり言葉を返せるのであれば大丈夫だろう。
「それは、わざわざ遠回りしてまで、ありがとうございます。帰りも同じルートで?」
マクシミリアンが尋ねると、モニカは「帰りはローリーが一緒ですから、安全ですわね」と微笑んだ。
「そう言えばわたくし、こっそり見ていたのだけど、みんなお兄様を見てびっくりしていたわね」
ゾフィーがくすくす笑いながら言ったのは、戴冠式後の祝賀会のことであろう。ローレンスも出席したのだが、接する人接する人、ローレンスの姿を見て驚いていた。
ブリタニア王太子ニコラス・ローレンスと言えば連戦連勝無敗の戦上手で、ガリア王国では『黒い悪魔』と呼ばれているほどだ。
武術と智謀に優れた王太子と聞いて、誰もが屈強な男を想像する。しかし。
「現実はこんなものだよ」
「いや、現実だとしてももう少し、こう……王子っぽさが」
「なくて悪かったね」
ローレンスは苦笑した。
ローレンスは一般男性と比べても非力に見える。性別が違うので当たり前の話しであるが、人にはそんなことはわからない。しかし、外見だけは抜群にいいので、人は寄ってくる。もしくは、彼女の噂を思い出して怯えて遠巻きにする。そのどちらかだ。まあ、今に始まったことではないので、ローレンスは気にしないことにしている。
そのため、夜会などに出席すると、ローレンスの周囲は人だかりができるか、がらりと空くかのどちらかなのだ。
「お兄様のことをちらつかせると、みんな引いてくれるから便利だわ」
ゾフィーの言葉に、ローレンスは再び苦笑を浮かべた。
△
ローレンスには早々に帰国命令が出たため、戴冠式から3日後、ローレンスはモニカと共にブリタニアに戻ることになった。経路は、モニカが一緒なため安全にガリア王国を通らないように迂回していく。それでも完全に安全とは言えないのだが。
「お兄様。また会いに来てね」
現実的に見て、皇妃であるゾフィーがローレンスに会いに行くことが難しい。そのため、比較的自由の効くローレンスが会いに行かないと、ゾフィーはローレンスには会えない。
「いつでも遊びに来い」
「あはは。暇があったらね」
マクシミリアンの誘いにも、ローレンスはそう言って答えた。なんだかんだ言って、彼女はまじめだった。
ローレンスとマクシミリアン・ゾフィー夫妻は、これから六年後、思わぬ形で再会することとなる。
「モニカも、また会いましょうね」
「はい。その時はよろしくお願いします」
ゾフィーとモニカが笑顔で握手を交わしたが、これが永遠の別れとなった。
△
ガリア王国を避けてブリタニア王国に帰国するとき、ルートは北回りと南回りの二つある。ローレンスが船酔いするため、ほぼ船旅になる南回りは避け、北回りで馬車に乗ることにした。
モニカは馬車に揺られながら腕と足を組み、器用に眠っているローレンスを見て微笑んだ。
眉間にしわが寄っているのを見ると、夢見が悪いようであるが、どうやらそれは戦場に行くようになってからずっとだったようだ。何度か起こしたりはしたが、それでも夢見は割るようなので、最近はそのまま寝かせるようにしている。
と、唐突に馬車が止まった。どうしたのだろう、と馬車窓から御者に聞こうとすると、ちょうど目を覚ましたローレンスがモニカの肩をつかんだ。
「私が聞こう」
そう言ってローレンスが馬車窓を開けて、御者に声をかけた。
――どうかしたのかい?
――この先で盗賊が出たようで、商業馬車が何台か立ち往生しているらしいんです。
――へぇ……ところで、ここはどのあたり?
――帝国とウーラント王国の国境あたりですね。もう少し南下すればガリアです。
――そう。まずい位置だね。
ローレンスはそう言うと、礼を言って馬車窓を閉じた。少し解説しておくと、ウーラントはガリアの北、帝国の西に位置する小さな王国だ。ガリアを通らずに帝国とブリタニアを行き来するときに、必ずこのウーラントを通ることになる。味方ではないが敵対もしていないので、比較的通りやすい国である。ちなみに、南回りだとヴァルテンブルク帝国内から船に乗り、そこから海を通って島国ブリタニアに帰ることになる。
「何かまずいの?」
「位置がまずいの。ちょうど、三国の境界線。しかも、自国領じゃないから私に決定権はない」
「……まあ、それは当然よね」
むしろあったらびっくりである。
「……あ。何か乱闘が近づいてきてる……」
「本当? 大丈夫?」
「大丈夫……じゃ、ないかもね」
「……助けに行って来れば? 盗賊くらいなら、ローリーなら一ひねりでしょ」
モニカにそう言われ、ローレンスはうーん、と悩む仕草を見せた。
「いや、まあ、そうなんだけどさ……。問題はこれが本当に盗賊の仕業かっていう……」
「? どういう……」
モニカの言葉が途中で途切れた。馬車の扉が貫かれ、ローレンスがモニカを後ろ手にかばったからだ。
「ほら。こういうこと」
「納得だわ……っ」
ローレンスはモニカに動かないように言うと、馬車の扉を蹴破り、外にいた男2人を斬り殺す。そのまま馬車から離れるようなことはしなかった。
その時、背後から破砕音が響いた。驚いて振り向くローレンスの耳に、「ローリー!」というモニカの声が飛び込んできた。
馬車の扉と反対側の壁が壊され、モニカが連れ出されようとしていた。ローレンスは馬車を回り込み、叫んだ。
「モニカ!」
手を伸ばす。しかし、モニカを連れ去ろうとする男たちの仲間に斬られかけ、すぐに手をひっこめた。
「モニカ!」
気絶しているのだろうか。返答がない。モニカを担いで森の中に入っていく男たちを追おうと、ローレンスも足を踏み出す。
「殿下! 駄目です!」
護衛の兵士に腕をつかまれ、ローレンスは彼を睨み付ける。
「何故!? モニカが……!」
「お願いです! 我等には、まだあなたが必要なんです!」
ローレンスがいなくなれば、おそらくブリタニア軍は崩壊する。それは、ローレンスにもわかっていた。
モニカを取るか、ブリタニアを取るか。
王太子である以上、ローレンスの答えは決まっていた。
「くそっ!」
ローレンスはもっていた剣を地面にたたきつけた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ついにここまで来ました……。残すところあと1話です。うん……例によって明日更新できそうなら、更新します。明日できなくても、明後日までには投稿します。




