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4、様々な疑惑について

引き続き、ローレンス17歳です。











 マクシミリアンがブリタニアに来訪してから5日後。ローレンスは部屋で書面とにらめっこしていた。


「眉間にしわが寄ってるわよ」


 グイッと眉間を指で押されたローレンスは、押してきた手をつかみ、顔を上げた。

「知ってるかい。眉間って急所なんだよ」

「突然何言ってるのよ」

「いや、突然急所に触られたら、反射的に防御姿勢を取ってしまうかもしれないよってこと」

 ローレンスはモニカの手を放すと、ソファに寄りかかった。モニカは「何見てたの?」とローレンスの書類を覗き込もうとした。


「見ない方がいいよ」


 だが、ローレンスはさっと書類を取り上げた。モニカは聞き分けよく、「あら、そう」と言ってソファに座り直した。ローレンスの隣である。

 モニカ・コールドウェルは金髪碧眼のきつめの目つきの美少女だ。並んでいると、ローレンスが気弱に見えるくらいである。だが、ローレンスとモニカは気が合うと言うか、とても仲が良かった。

「ちなみに、何の資料なの?」

「前線からの報告。あんまり状況が芳しくないみたいでね」

 ローレンスは苦笑して資料を片づけた。こちらは、現在のローレンスとは関係のない話だ。


 それより、目下の問題は。


「ねぇ。モニカ。人から情報を聞き出したいんだけど、どうすればいいとも思う?」


 スパイから情報を引き出すと言うのは難しいものだ。特に、噂のあるローレンスには難しい。性格的な問題もあるだろうが……。

 ブリタニアの情報が、今もガリアに流れている。いや、ガリアの情報もブリタニアに入ってきているからおあいこではあるのだが……。


「そうねぇ。普通は話術とか、弱みを握って脅すとか。それから、異性なら誘惑してみるとか。ローリーには全部無理ね」


 良くも悪くも性格のいいローレンスは、冷酷ではあるが腹黒くはない。ポーカーフェイスだが演技はできない。つまり、基本的にローレンスに二面性はないのだ。ローレンスはため息をついてポットに入っているお茶をゴブレットに注いだ。

「ゆさぶりはかけてみたんだけど、相手が鉄面皮でねぇ。性格調査は出てるんだけど」

「相手は男?」

「ああ。まあね」

 モニカがティーカップを差し出したので、ローレンスはカップにもお茶を注いだ。


「なら、私が聞き出そうか? 何を聞けばいいの?」


 モニカが楽しげな表情で尋ねてきた。だが、モニカにやらせるとロクな結果にならない気がしたローレンスである。

「……いや。君がやるくらいだったら、私が女装してやるよ」

「あ、それいいんじゃない?」

 思わずゴーサインが出てビビるローレンスである。冗談で言ったのに。
















 2日後。夜会の数時間前に、ローレンスは母に呼び出された。母の部屋に行くと、何故かモニカも待ち構えていた。


「さあっ。着替えるわよ!」

「あ、本当にするんだ」


 ローレンスは思わずつぶやいた。部屋には大量のドレスと大量の装飾品が置かれていた。

 女装、と言うのも変な話だ。ローレンスはもともと女なのだから、ドレスを着る方が本当は正しいのである。

「でも、さすがにばれません? 私、母上にそっくりだし……というか、なんで母上まで参加してるんですか」

「だって楽しいじゃない。それに、あなたはドレスを着なれてないから、人は多い方がいいでしょう?」

「……」

 とりあえず適当にローレンスの髪をまとめ上げながら、母ブランシュはさらりと言った。ローレンスの本当の性別を知っているのはごく限られた人間だけだ。ここにいるブランシュとモニカ、そしてブランシュの年かさの侍女もその1人である。


「誰かを籠絡しに行くんですって? 色っぽく仕上げましょうか」

「いや、肩とか背中に傷跡が……っていうか、相手は既婚者なんですが」

「関係ないわ。男なら美人に迫られて悪い気はしないはずよ。あなたはわたくしにそっくりだし」

「そこが問題だと思うんです。ばれませんか?」


 遠回しにやめようと言ってみるが、ブランシュは「大丈夫よ」と蠱惑的に笑った。とても去年8人目の子供を産んだ人には見えない。


「わたくしの遠縁の娘ってことにすればいいわ。それなら、似ていても不思議ではないし、出身もごまかせる。ガリア語は話せるでしょう?」

「……ばっちりですよ」


 止めるのをあきらめたローレンスはされるがままになりながら言った。それに、今まで『ローレンス』が何を言っても同様ひとつしなかった相手だ。少しやり方を変えてみるのもいいかもしれないと思ったのである。


「後で父上に怒られそう……」

「あなた、陛下に怒られてから女装しなくなったものね」


 小さいとき、まだ年齢が一ケタのころだ。年の近い妹たちと共にドレスを着せられていた記憶がある。だが、さすがに二次性徴のころにはニコラス2世に怒られた。性別がばれるかもしれないからだ。


「そこは後でわたくしが言いくるめておくわよ。って、あら! 背中に傷があるじゃない!」

「さっきあるって言いましたよ。戦争に行ってますから、仕方がないですよ」

「あ、ブランシュ様。腕にもあります!」


 モニカが言った。彼女らに服をひん剥かれたローレンスは「そこは初戦でできた傷跡だね~」とのんびり言った。

「もう! 女の子なんだからもう少し気を遣いなさいよ!」

「無茶言わないでください……」

 大きな傷は背中と腕だけだ。今のところは。これからもっと増えるだろう。人をひん剥いたまま、モニカとブランシュは相談を始めた。何となく長くなりそうなのでローレンスは近くにあったガウンを勝手に羽織った。


「色は目に合わせて紫でいいですよね」

「淡い色だと子供っぽく見えるだろうから、濃い色がいいわよね」


 このころから、ローレンスはすでに童顔気味であった。20歳を越えたころから『童顔』と言われることが多くなるのだが、17歳である現在でも、二つ年下のソフィアと同じくらいの年に見られることが多かった。

「背が高いですし、スカートはあまりふわっとしてない方がいいですよね」

「胸はつめればいいし、背中を出そうと思ったんだけど、傷跡がねぇ」

「あれはないですよね」

「ねぇ」

 なんだかモニカとブランシュが意気投合している。ローレンスの背中にある傷跡は、右の脇のあたりから背骨に向かって深く残っているので、背中が開く服は着られないのだ。

 ローレンスは腕を組みつつ、自分の婚約者と母の討論を見守っていた。
















 『女装』をしたローレンスは、こっそりと夜会の会場にいた。ちなみに、モニカはいない。いつも『王太子』として出席するときは彼女を伴うのだが、今日は『王太子ローレンス』はいないことになっているからだ。ローレンスは体調不良で療養中と言うことになっているらしい。そのため、モニカも夜会には参加していない。


 もともとあまり社交の場は好きではないローレンスであるが、今日はいつもより心もとなかった。王太子がドレスを着て夜会に参加しているとばれれば、今まで性別を隠してきた意味が無くなってしまう。

 だが、ローレンスと似ているとは思われているようだが、本人とは感づかれていないようだった。まあ、性別が違うしね。性別効果、恐ろしい。


 とはいえ、ニコラス2世にはものすごく睨まれた。彼はローレンスが女だと知っているので、ブランシュに似た少女がローレンスであると気付いたようである。あとで言い訳を考えておこう。

 男装していても女装していても、ローレンスはひっきりなしに話しかけられた。ただ、女装していると話しかけてくる相手は男性が多い。ガリア人だと言うと、たいてい遠慮してくれるのだが。と言うか、あからさまに睨んでいく輩もいた。


 それを見て、ローレンスは作戦を変更してみることにした。ここまでガリア人と言って通じるのならば、いっそ本当にガリア人として接触してみるのはどうだろう。ガリアから派遣された間諜を演じるのだ。

 問題は、モニカにも指摘されていたが、ローレンスには演技がいまいちできないことである。別にローレンスの演技が下手なわけではないのだが、区長や態度に特徴があるため、すぐにばれるのである。

 ばれたときはばれた時だ。そう思い、ローレンスは会場を出た。彼が夜会に来た客のために解放されている部屋に入ったのを確認し、さらに、その部屋の中に1人だけしかいないことを確認する。武器を持っていることを確認し、扉をノックした。部屋の中の人物か顔を出した。


『こんにちは、閣下』


 ローレンスはあえて表情を変えずに、真顔で言った。言葉は、ガリア語である。彼は……宰相は目を見開き、ローレンスを見た。全身を見られたが、どうやらローレンスだとは気付かれなかったらしい。ブランシュとモニカに嫌と言うほど盛られたので、これで気づかれたらちょっと悲しい。いや、父には気づかれたけど。


『失礼ですがお嬢様。あなたは?』


 ガリア語で尋ねられた。ガリア人だと思われたようだ。いや、そう言う風にふるまってるんだけど。ローレンスはニコリと笑いそうになるのを耐えた。

『指示されてここに来ました。あなたからあるものをもらって来いと』

『あるもの?』

『もしくは例のもの。そう言えば伝わると言われましたが?』

 首をかしげて無表情で見上げると、宰相は彼女を部屋に招き入れた。

『どういうことだ? 配達人が変わったのか?』

『わたくしは知りません。指示されてきただけですから』

 ひたすらそれを繰り返す。宰相はため息をつき、ローレンスに向かって四角い鞄を差し出した。

『受け取れ。私はこれで失礼する』

『……確かに、受け取りました。ええ。どうぞご自由に』


 なんだか思いのほかうまくいってしまった。宰相がそそくさと出ていくのを見送ってから、ローレンスは鞄の中に入っていた書類に目を通した。案の定、ブリタニアの軍事情報や政治状況、さらにローレンスについての情報が書かれていた。宰相が流しているのだから、情報が詳しいはずである。


 ドレス姿で足を組み、さらに肘を肘掛けにつくという残念な格好で書類を呼んでいたローレンスは、ノックを耳にして立ち上がった。スカートをめくりあげ、ブーツに仕込んでいた短剣を抜いた。


 扉を少しだけ開けた。立っていたのは、見覚えのない男。おそらく、宰相の本来の取引相手だろう。ローレンスは笑みを浮かべて彼を招き入れた。


「取引相手が代わったのか? まあ、私も取引相手は男よりは女の方がいいが」

「そうですか」


 そんなことをほざいた男に、ローレンスはニコリと微笑みかけ、問答無用で昏倒させようとした。しかし、力が弱かったのか男はすぐに起き上がり、ローレンスは逆に襲い掛かられそうになる。


『このアマッ』(※ガリア語)


 構えも何もなくローレンスを殴ろうとした男の腹に、ローレンスは固めた右こぶしを叩き込んだ。腹をおさえてうずくまる男に、留めとばかりに首筋に手刀を入れた。



「……何してるの、お兄様」



 聞き覚えのある声がかかり、ローレンスは振り返った。物音がしたので見に来たのだろう。部屋の入り口には、ソフィアとマクシミリアンが立っていた。


「……」


「……」


「……」


 全員沈黙。だいぶ沈黙を挟んでから、ソフィアが言った。


「お兄様、かわいい」

「……と言うか、どうして私だってわかるのさ……」

「いや、動きも口調も特徴的だからな、ローリーは。ところで、足元のそれは誰だ?」


 マクシミリアンにも言われた。女装に触れないでくれる彼がありがたい。特徴的な動きと口調でばれてしまったローレンスであった。まあ、確かにここまで大立ち回りを演じる女性は、と言うか、女性に見える人は自分ぐらいだろう、と冷静になってから思った。
















 その後、宰相のスパイ騒ぎは内々で処理された。現在の状況で宰相にいなくなられては困るので、しばらくは雇用、しかし、時期を見てニコラス2世は宰相を挿げ替えるようだ。

 どうやら、宰相は家族を人質にとられていたらしく、後日、ローレンスが救出に行くと言う騒ぎもあった。ローレンスが沈めたガリア人の運び屋の男に関しては、この国一堅牢な牢獄に投獄されている。



 一方、宮殿中に広まったのはローレンスの女装騒ぎである。ソフィアがあちらこちらで言いふらしたらしく、2日もかからずに宮殿中にその話は広まった。ニコラス2世はブランシュがうまく言いくるめ、しかもローレンス自身が間諜を突き止めたために怒りはそれほどでもなかったが(一応怒られた)、問題は興味津々で聞いてくる貴族たちの方である。まさかスパイ狩りだと言うわけにもいくまい。


 最終的に、


「そうだよ、女装癖だよ、悪いかい!?」


 と珍しくローレンスが逆切れする形で幕を下ろした。


 そして、『ローレンス王太子には女装癖がある』と言われるようになるのである。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


女装癖云々の話でした。基本的にへらっとしてるローレンスは、演技に向かないようですね。


そんなわけで連日更新となりましたが、たぶん、あと3話くらいで終わります。


何となく明日もいけそうな気がするので、明日も更新します。


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