2、初の海戦
過去編2話目です。相変わらずローレンス16歳。
今回は、後半でローレンスは人をばっさりやっているか、吐いてるかのどっちかです。苦手な方は回避してください。
ローレンスはローランサンでの戦いのあと、10日ほどしてから本国に帰還した。様子見の為でもあるが、戦闘による負傷がいくつか見られたためでもある。肋骨にどうやらひびが入っているようだったのと、左腕に大きな裂傷ができていたのが大きな負傷だろうか。
宮殿に戻ったローレンスは、盛大な歓声で迎えられた。ローレンスは苦笑しながらもさっさと宮殿に入ってしまう。
「お帰りなさいませ、お兄様っ」
ローレンスの帰還を聞いてまず飛び出してきたのは、ふたつ年下の妹のソフィアだ。黒髪をなびかせてローレンスの方に向かってきた彼女は、いつものように飛びつこうとした。
「待った! 怪我してるから、飛びつかないで!」
抱き着かれる直前に、ローレンスはそう叫んでソフィアを止めた。「あら、そうなの」と言うソフィアはつまらなさそうだったが、とりあえず飛びつかれなくてほっとした。
だが、抱き着き魔は他にもいた。もう1人、「お兄様~!」と叫びながら駆け寄ってきた少女が。今度は4つ年下の妹ジェインだ。ソフィアはやや速足くらいだったので途中で止まれたが、ジェインは明らかに走っていた。
「ちょ、ジェイン、待って! ぐはっ」
横から抱き着かれ、ローレンスはうめいた。治りかけの肋骨が軋んだ気がした。
「お帰りなさい! お兄様!」
「……ああ、ただいま、ジェイン」
痛みをぐっとこらえ、ローレンスはジェインの頭をなでた。ソフィアに目くばせすると、察しの良いソフィアは、さっとジェインを引きはがしてくれた。
「お兄様。このたびの勝利、おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
スカートをつまみ、淑女の礼をしたソフィアに続き、ジェインも声を張り上げた。落ち着いているソフィアに対し、まだまだジェインは子供のようだ。ローレンスは微笑み、「ありがと」と礼を言った。
「ソフィア様とジェイン様は本当にローリーのことが好きなのね」
やや遅れてやってきたのは、シリルの妹にしてローレンスの婚約者であるモニカだ。兄と同じ金髪碧眼。ややきつめの顔立ちをしているが、なかなかの美人である。ローレンスは怪我をしていない右手でモニカを抱き寄せると、その頬にキスをした。
「ただいま、モニカ」
「お帰りなさい、ローリー。早速だけど、国王陛下がお待ちよ」
「だろうねぇ。悪いけどシリル君。妹たちをよろしく」
「わかりました」
シリルがローレンスの頼みにうなずく。シリルが妹2人を送って行ってくれている間に、ローレンスはモニカに手伝われて身支度を整えた。いくら父親とはいえ、正式な場に適当な格好で出ることは許されない。
「ローリー、また背が伸びた?」
「あー。少し伸びたかも。さすがにそろそろ止まると思うけど……」
「欲を言うと、もう少し欲しいところね。男にしては小柄すぎるもの」
「仕方ないけどね、それは……」
シャツの袖が少し短くなっている。背が伸びたと言うよりも、腕が伸びたの方が正しい気がする。背中の半ばまである髪も一つに結い直し、ローレンスはモニカを置いて自分の部屋を出た。
謁見の間。もしくは玉座の間には、国王とその王妃しかいなかった。ローレンスの父親と母親。ニコラス2世とガリア王国出身のブランシュだ。完全なる政略結婚の2人であるが、かなり仲が良く、現在8人目の子供を妊娠中である。
「ニコラス・ローレンス・ブランドン。お召しにより参上いたしました」
ローレンスがきれいな礼を取ると、すぐさまニコラス2世が顔を上げるように指示する。そして、彼は興奮した様子で叫んだ。
「よくやった! ローレンス!」
「!? はあ……」
「正直、何も期待などしていなかったが、うれしい誤算だ。よくやったぞ、ローレンス!」
「……お褒めにあずかり、光栄です」
ローレンスは何とか言葉を絞り出した。こんなに褒められたのは初めてではないかと言うほど褒めちぎられ、ローレンスは面食らった。
「でも、陛下はこうおっしゃっているけど、ローリー。あまり無理はしないのよ。怪我しないようにね」
母親らしい心配を神妙な面持ちで聞いていたローレンスだが、怪我に関してはもう手遅れだな、と思っていた。もう怪我してるし。
一方、謁見が終わるまで上機嫌だったニコラス2世は、最後にこう告げた。
「これからも戦果を期待しているぞ、ローレンス」
この言葉に、ブランシュはあからさまに嫌そうな表情になった。ローレンスは顔をひきつらせないようにしながら、「御意に」と答えるのがやっとだった。
謁見の間を出ると、シリルがすでに待ち構えていた。妹を送ってからこちらに来てくれたらしい。
「何か言われましたか?」
「うん……なんか、すごい褒めちぎられた……」
ローレンスとしてはそちらの方が衝撃的で、まずシリルにそう告げた。シリルは「そうですか」と答えた。
「たぶん、あんた、この先も戦に行かされますよ」
「うん……なんかそんなようなことも言われた」
今回はたまたま勝った。次もまた勝てるとは限らない。それでも、ローレンスは次の戦争に行くのだろう。勝てれば文句なし。負けても、彼女の秘密が永遠に葬り去られるだけだ。
ただ、父がほめてくれるのなら、また行ってもいいかな、と思った。思えば、この時の彼女はまだまだ子供だったのだ。まあ、16歳なんてそんなものだ。
△
続いて、ローレンスは海上に派遣された。つまりは海戦である。後にも彼女は訴えているが、ローレンスはあまり海戦が得意ではない。戦術が胴のと言うよりは、『船』という乗り物が彼女の体質にあわないのである。
そんなわけで、ローレンスは戦艦の甲板で真っ青になっていた。
「気持ち悪い……」
船べりに寄りかかりぐったりしているローレンスに、シリルは「大丈夫ですか」とさすがに心配そうに声をかけた。
「もう帰りたい……」
「しかし、ガリア軍がブリタニアに向かって進行してきているそうですので、それを片づけてからですね」
「わかってるよ……」
ローレンスはシリルが差し出した水の入ったグラスを受け取り、中身をちびちびと飲んだ。
「この船、かなり大きいですし、そんなに揺れてないと思うんですが」
「そうかな……なんというか、地に足がついていないようなふわふわした感覚が何とも言えないんだけど」
「そりゃあ、船ですからね」
シリルの当然と言えば当然のツッコミに、ローレンスは肩をすくめた。
「殿下。船酔いは大丈夫ですか?」
「お、キャンベル。大丈夫じゃないよ~」
様子を見に来たらしいキャンベルに、ローレンスはヘラリと笑ってそう答えた。キャンベルはがくっと肩を落とす。
「でも、態度は変わらないのですね……そろそろ、ガリア海軍が見えてくるころだそうですが、見に行きますか?」
「じゃあ行こうかな」
ローレンスは足元をふらつかせながらキャンベルについて行くことにした。動いている方が船酔いが和らぐ気がしたのだ。だが、よろめいてシリルに支えられる、と言うことが何度かあった。
船員が示す方を見ると、確かにだいぶ離れたところにぽつぽつとブリタニア所属ではない戦艦が見えた。あれが、ガリア海軍か。
「……海戦での戦い方は、船体同士をぶつけるか、相手の船に乗り込んで白兵戦に持ち込むのが主だよね」
「そうですね。殿下は白兵戦に持ち込む方が得意そうですが」
「そうかもね」
キャンベルの指摘に、自分でもそんなような気がしていたローレンスは苦笑して同意を示した。
だが、ローレンスは突撃組には入らなかった。彼女の船酔いが重傷であることと、海上戦は陸上戦とは勝手が違うからだそうだ。確かに、ローレンスも自分は陸上戦向きの性格だと思った。
そして――。
「おおっ!?」
後方待機していたはずのローレンスが乗船する旗艦マーガレットは、ガリアの戦艦の襲撃を受けた。今の悲鳴は、ローレンスがぶつかった衝撃でバランスを崩した時の悲鳴である。
「なんか乗り込まれたよ!?」
「そりゃあ、私たちも乗り込むんですから、あっちもこっちに乗り込んできますよ! ……今ので通じました!?」
「おお! 何となく通じたよ!」
喧騒の中、ローレンスとシリルが声を張り上げてそんな会話をしていた。だから乗り込んできたガリア兵の目を引いたのかはわからないが、突然切りかかられたローレンスは反射的に剣を抜いた。振り下ろされた剣を受け止め、相手の腹を蹴りつける。
「っの! ちび!」
「否定できないから悲しい!」
『ちび』とののしられたローレンスは、ののしった相手を剣で串刺しにした。そのまま体の向きを変え、背後にいたガリア兵を剣を引き抜いた勢いのまま切り裂いた。
戦闘経験が2回目にしては戦い慣れている様子を見せるローレンスだった。小柄なローレンスは、おそらく、敵から見れば倒しやすそうに見えるのだろう。だが、小柄な分小回りの利く彼女は乱戦になっているブリタニア兵とガリア兵の間をうまくすり抜け、ガリア兵たちを倒していった。
結局、この戦闘は決着がつかずに終わった。ガリア海軍に突撃していったキャンベルたちが敵の旗艦を落とせず、こちらも、旗艦に乗り込んできたガリア兵はすべてローレンスたちが斬り捨ててしまったためだ。
「船酔いと血の匂いで気持ち悪~い」
戦闘終了後、ローレンスは再び吐いていた。今回は船酔いによる比重が大きいだろう。動いている間は気にならなかったが、動きを止めると船酔いが襲いかかってきたのだ。
「……吐くか、泣くか、どっちかにしませんか、殿下」
シリルにツッコミを入れられて、ローレンスは漸く自分が泣いていることに気が付いた。
「あれっ。おかしいなぁ……」
ローレンスはグイッと涙をぬぐい、何度か瞬きした。何故涙が出るのかわからなかった。
「……私、悲しいのかなぁ」
戦争で、多くの人間が亡くなっているのは事実だ。物心ついたころにはもう戦争は始まっていて、それは当然のことだと思っていたのに。実際に戦場に出ると、思っていたのとは少々違ったようだ。
思わずしんみりしたローレンスであるが、その後、船酔いに耐え切れずに再び吐いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
一応、ローレンス初戦の話はここまでのつもりです。いつまでもやってるときりがないので……。
次は、ソフィア(ゾフィー)が嫁ぐ頃の話ですかね。
次は1月24日の投稿です。それ以降は、連日投稿になるかもしれません。




