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その後【3】

ゾフィー編最後です。










 いつまでも教会を占領しているのは悪いので、ゾフィーはローレル(=ローレンス)を連れて別邸に向かうことにした。ローレルは思い切り嫌がったが、そこは昔からのゾフィーの押しの強さで押し切った。弟妹に甘いきらいのあったローレルは、そこは変わっていないらしい。最終的にゾフィーと共に馬車に乗り込んだ。


 そして、ローレルのほかにもう1人、乗客がいた。


「その子がお兄様の子供なの?」

「夫が仕事中だから連れてきてたんだよ。私のことが探られているのはわかっていたし、人に任せて家に置いておけなくて」

 自分の留守中に子供が狙われるのを避けたかったのだろう。それで、教会に連れてきたようだ。教会なら、子供も連れて行ける。一歳になるブルーノは、瞳の色以外はローレルの夫に似ているらしい。実際に、顔立ちはあまりローレルに似ていない。


「教会にいても同じだと思うわ」

「いざと言う時、司祭に預けていけるだろ」

「……そう言う思考は相変わらずなのね」


 年が近いので、ローレルとゾフィーは比較的仲の良い兄弟だった。いや、姉妹か、この場合は。ローレルの方が2つ年上のはずだが、顔だけ見れば、ゾフィーの方が年上に見えた。相変わらずの童顔である。20代半ばなのに、20歳前後に見えるってどういうこと。







 別邸につくと、連れがいることに驚かれた。平民層の服を着ている人物だからか、ローレルが美人過ぎるからかはわからない。どちらもかもしれない。

「ゾフィー様、そちらの方は?」

「教会で子供たちに読み書きを教えている人よ。名前はローレル。同郷人で頭のいい人だから、話し相手になってもらいにつれてきたの」

 ゾフィーがそう紹介すると、見計らったようにローレルはニコッと家令に微笑んだ。相変わらず無駄に愛想がいい。ゾフィーも人のことは言えないのだが。


 同郷人、と言うあたりで、家令は納得してくれたようだ。母国の人に会うと、親近感がわくことをわかってくれているらしい。これで納得してくれなかったら、最終手段、『長兄にそっくり』と繰り出そうと思ったのだが、その必要はなかった。


 ただ、正体不明であることには変わりないので、話し合いの場には必ず誰か人を配置するように言われた。ゾフィーは自分の侍女をその役目に選んだ。


「で、話の続き。お兄様……お姉様の方がいいのかしら。ここで何してるの?」

「……言ったじゃないか。駆け落ちだよ」

「駆け落ちから縁遠そうな人が何言ってるの。しかも、夫がガリア人ってホント?」

「そうだよ、だから駆け落ちなんだよ」


 ローレルはさらりとそう言った。責任をすべて投げ出して逃げられるような人ではないと思ったのに、愛は人を変えるのだろうか。


 だとしたら、それほどまでに彼女に愛されている夫が少し憎いかもしれない。


「……どうしてガリア人と知り合ったの?」

「その前に、私にの一つ質問させてくれないかな」

 ローレルは首を傾けて穏やかに微笑んだ。ゾフィーはうなずく。「ありがとう」と言った彼女は言葉をつづけた。


「どうして、私がこの町にいるとわかったんだい?」


 実は緊張していたゾフィーは、何だ、そんな事か、とちょっと拍子抜けした。

「だって、わたくしがこの町に入った時、お兄様……お姉様? は、見に来ていたじゃない」

「お兄様でもお姉様でもどっちでもいいよ……。確かに見に行ったけど、あれで気づくものかい? 私は君の『兄』なのだよ?」

「女のわたくしよりもドレス姿が似合う兄がいてたまりますか」

 ゾフィーがズバリと言うと、自覚があるのかローレルは視線を逸らした。ローレルはそれほどに美人なのだ。


 ブリタニアにいた時から、ゾフィーは兄が女ではないかと言う疑念を抱いていた。年の近い兄弟だからこその疑念だ。おそらく、他の兄弟は気づいていなかった。中性的な外見の男性はいないわけではないし、背の低い男性も多い。声音も、男性にしては少々高めであるが、女性にしてはかなりハスキーだ。


 さまざまな『女らしくない』要素が集まったローレルであるが、顔立ちだけは超一級品である。正直腹立つ。


「もしも本当にいらっしゃるのだったら、お話ししたいと思ったの。どうしてブリタニアを出たのか気になった。その子が理由?」


 ゾフィーが示したのは、彼女の侍女にあやされているローレルの息子だ。1歳になると言うその子は、あまりローレルには似ていない。しかし、特徴的な紫の瞳は同じなので、絶対に彼女の子だ。


「う~ん。どうなんだろうね……」

「……お姉様」


 ゾフィーが半眼になって低い声を出すと、ローレルは「新鮮だねぇ」と笑った。こういうところは母親になっても変わらないらしい。

「戦うのに疲れていた……ってのもあるかもね。私はずっと、父に言われたとおりに戦ってきたわけだし」

 ローレルには主体性がなかった。そう言うことだ。人に言われるがままに生きて、言われるがままに戦って、成果を上げてきた。ただ、自分で何かしたいと言ったことはなかった。言ったとしても、それは必ずブリタニアの国益になることで、わがままはほとんど言わなかったのだ。


「……お姉様の器量なら、結婚相手はすぐに見つかったはずだわ。お父様はお姉様に負い目があったのだから、戦いたくないと言ったら、嫁に出すなりしてくれたと思うんだけど」


 ゾフィーが意見を述べると、ローレルは少し目を細めた。


「難しい問題だよね。結果的に、ガリアが内部の混乱で戦争どころじゃなくなったから停戦になったけど、戦争の最盛期に私がいなくなっていたら、確実にブリタニアは落とされていたよ」


 落ち着いた口調で、ローレルは自分の見解を述べる。ローレルがいなければ、フランソワはブリタニア本土にまで攻め込んできただろう。それだけの技術を彼はもっていた。

「そうなれば、ブリタニアはガリアの一地方として再編され、王族は処刑、もしくは幽閉されていたはずだね。私は、それが嫌だった……とずっと思っていた」

「どういうこと?」

「これがすべてではなかったということ。何故私が戦い続けたかは説明できない。もう自分でもわからないかね。ただ……戦うこと以上に、今の夫を愛していると思った。それで、逃げたんだ」

 ローレルに子が生まれれば、ややこしいことになるのはわかっていた。だから逃げたのだともいえるが、根本にあるのは、自分が逃げたいと思った感情なのだ。あとから冷静に考えて、ローレルはその結論にたどり着いた。


 ゾフィーは何とも言えない表情になった。大好きな『兄』から『愛している』という言葉を聞かされて、少々動揺したのだ。


「……まあ、お姉様が楽しいのなら、それでいいわ……」

「楽しいかはわからないけど、幸せだなって思うよ」


 見たこともないくらい穏やかな表情でそう言われれば、ゾフィーには何も言い返すことができない。彼女は息を吐いた。


「ありがとう、お姉様。お話しできて、楽しかったわ」

「こちらこそ。思いがけず妹と話ができてよかったよ。できれば、父には報告しないでね」


 苦笑気味にローレルはそう言った。おそらく、父の反対を押し切って駆け落ちしたのだろう。父はローレルに負い目があるが、それ以上に『王』である人だった。ブリタニアが勝てるのであれば、ローレルが死んでも構わないと思っていた可能性もある。

 ゾフィーはローレルのお願いを了承した。話は終わった、とばかりに椅子から立ち上がろうとするローレルを、ゾフィーが引き留めた。


「お姉様。また、お話に来てくれる? あまり動いちゃダメって言われてるから、暇なの」


 ゾフィーは妊娠したため、静養のためにザイフェルトを訪れたのだ。好き放題出歩くわけにはいかないのである。引きこもってできることと言えば、刺繍やボードゲーム、読書、おしゃべりくらいしか思いつかない。


 ローレルは困った表情になった。


「あのね。確かに血筋の上では、私は君の『兄』もしくは『姉』だけど、今の私は『ローレル』で、平民だよ。ほいほい皇妃様の所にやってくるわけにはいかないよ」

 正論である。ゾフィーは子供っぽくむくれた。小さいときは、ゾフィーがそんな表情になると、『兄』は優しく頭をなでてくれた。かつてと同じように、ローレルはゾフィーの頭をなでた。

「そんな顔しないで。せっかくの美人が台無しだ」

「……わたくしと意気投合したことにして、話し相手としてたまに来て」

「だからそれは無茶だって」

 ローレルはゾフィーよりも聡明だ。ローレルがどうにもならないと言うのであれば、無理なのかもしれない。


 だが、ここでゾフィーは思いついた。


「お姉様、頭いいわよね。何か国語しゃべれる?」

「はっ? あー、7か国語くらいかな」

 ゾフィーの突然の質問に、ローレルは視線をさまよわせつつ答えた。正確には、日常会話に支障がないものはブリタニア語、ガリア語、ヴァルテンブルク語の3か国語。挨拶や簡単な意思疎通ができるものは残りの4か国語らしい。

「お姉様、わたくしの子供の家庭教師をしません?」

「……家庭教師って、平民から選ばれるものなの?」

 ローレルに付けられていた家庭教師は、上流階級の人間だった。要するに貴族だ。ゾフィーは微笑む。

「大丈夫。わたくしの夫は進歩的な考え方を持ってるから、頭が良ければ平民でも採用するはずよ」

「問題として、私は君の旦那さんと面識があるんだよ」

 ローレル……と言うか、王太子ローレンスは二度ほどゾフィーの夫に会ったことがある。顔を覚えられている可能性が高かった。しかも、一度は女装姿で会っている。


「任せて。何とかしてみるから」


 ゾフィーが自信満々に言った。ローレルがあきらめてため息をついたとき、不意にめまいを覚えた。


「お姉様!?」


 幸い、ゾフィーの叫び声ですぐに意識を取り戻したが、バランスを崩してテーブルに手をついた。ローレルは自分の眉間を揉む。

「大丈夫!?」

 ゾフィーがローレルの腕に自分の腕をからめた。ローレルは微笑む。

「大丈夫。ちょっとめまいがしただけ」

「え、お兄様、どこか悪いの!?」

「何故そう言う結論になるかな!?」

 懐かしい調子でやり取りをしながら、ゾフィーははっとした。だが、とりあえずローレルを医者に見せようと思った。
















 仕事中に呼び出されたフランソワは、何故か皇帝の別邸へ行けと言われた。何でも、そこでローレルが待っている……らしい。


 ヴァルテンブルク帝国の副都であるザイフェルトには、皇帝の別邸が存在する。正式な名前が存在する宮殿である。現在は、妊娠中の皇妃が静養に訪れている。この皇妃と言うのが、フランソワの妻ローレルの妹であった。


 そのため、フランソワはすぐに、ローレルの正体が妹にばれたと推察した。微妙に詰めの甘いローレルのことだ。さもありなん。だが、それでも呼び出される理由がわからなかった。


 とりあえず別邸についたフランソワは、名を名乗り、皇妃に呼ばれていることを告げた。待たされるかと思ったが、すぐに、何と皇妃自身がローレルと共にやってきた。


 つややかな黒髪に淡い紫の瞳の気の強そうな美人。フランソワと同い年なので、ローレルよりもふたつ年下のはずだが、並んでいると皇妃の方が年上に見えた。ローレルが童顔すぎるともいう。何しろ、フランソワの方がふたつ年下なのに、ローレルはフランソワよりも3・4歳年下に見えるのだ。


「わたくしはヴァルテンベルク帝国皇妃ゾフィーです。あなたがローリーの夫?」


 両方の腰に手を当てたゾフィー皇妃は、フランソワをくいっと顎をあげて見上げた。女性にしては背の高いローレルの妹にしては、ゾフィーは小柄だった。まあ、これくらいが一般女性の背丈であるが……。それに、顔立ち自体もローレルとあまり似ていない。眼の色がかろうじて近いくらいか。

 それよりも、ゾフィーの背後で片手でブルーノを抱えながら、もう片方の手で謝っているポーズをしているローレルが気になった。


「……そこのローレルの夫でフランソワ・シェルーと申します」


 フランソワと言うのはよくある名なので、彼は逃亡生活でも本名を使っている。さすがに、苗字はシャリエールではなく『シェルー』とした。これは、ローレルが『シャリエール』を短くして考えたものだ。

 名乗ったフランソワに、ゾフィーはピッと黒いレースの扇を突きつけた。



「いいこと!? ローレルを大切にするのよ。じゃないと、許しませんからね!」

「!? は、はい」



 勢いにのまれてひとまずうなずくフランソワ。止めてくれ、とばかりにローレルと、ついでにゾフィーの侍女らしい女性を見るが、2人ともに視線をそらされた。

「先ほど、ローリーがめまいを覚えたと言うので、医者に見せたわ」

「それは……ご迷惑をおかけいたしました」

「別に、構わないわ。わたくしはローリーを気に入ってるし。それで、少し、気になることを言われたの」

 ゾフィーは少し声を小さくして言った。


「ローリーは、あまり体が強くないらしいわ」

「……本当ですか?」

「わたくしも信じられないわ。鎧ごと人体を真っ二つにし、1日中戦ってもケロッとしているというローリーが……っと、これは今はいいわ」

「……」


 フランソワは、ローレルが妹たちにどんな扱いを受けていたのか非常に気になった。

「とにかく、あまり無茶させないで。ローリーのことだから、ほっとくととんでもないことをやらかすかもしれないわ」

「……」

 やはり、妹たちに敬われていないようだ。生活態度の問題だな、これは。

 だが、好かれているのがよくわかった。


「昨日の敵は今日の友、ともいうわ。あなたを信じて預けるのだから、しっかりするのね、フランソワ・シャリエール」

「……もちろんです」


 ゾフィーはニヤッと笑った。その笑顔は、ローレルの笑みにちょっと似ていた。

「じゃあローリー。気を付けて帰ってね。またいつでも遊びに来て」

「ありがとうございます、皇妃様」

 ゾフィーとローレルは外向きの笑顔と態度でそんな挨拶を交わす。とりあえず、詳しい事情は後でローレルに聞こうと思いながら、フランソワがローレルの肩に手をまわしたところで、再びゾフィーの声が飛んできた。


「ねえ、フランソワ。あなた、ローリーのことは愛している?」


 フランソワは肩越しに振り返って、「もちろんです」と答えた。ゾフィーは満足そうな表情になった。









「強烈な妹だな」

「あー、ごめん。昔っからあんな調子で」


 帰路につきながら、フランソワはローレルに事情を尋ねた。


「いや、医者に診てもらったら私の体があまり強くないことと、身ごもっていることが発覚してね。馬車で送ってくれるっていうけど、辞退して、代わりに君を呼んでもらったんだ。いや、悪かったね、邪魔して」

「ああ……それはいいが……と言うか、子供ができたのか!?」

「そうみたいだね。自覚症状がなくてさぁ。4か月って言ってたかな」

「……なぜそこまで気付かないんだ……」


 つわり長くても、妊娠初期で気づく者は多い。なのに、ローレルは気づかなかったのだそうだ。少しの体調不良では、彼女は寝込まないからだろう。

「ゾフィー……っと、皇妃様が今5か月だから、同い年ねって言われたよ」

「……そうか」

 この姉にしてあの妹在りだな、と思いながらフランソワはローレルと共に家に帰った。
















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


少し長くなってしまいましたが、その後のゾフィー編終了です。ちなみに、ゾフィーは昔からローレル(ローレンス)をローリーと呼んでいた設定です。

ゾフィーは黒髪で、どちらかと言うと父親似で、ローレルとはあまり似ていません。


もう少し、番外編は続きます。次は1月18日に投稿します。


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