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5. 情報通を自認する子爵令息のひとりごと

モブ子爵令息の視点です。やや短め。

 本日、学園の中庭で、間違いなく今期のベストワンだと言える事件が勃発した。

 それを直に目撃できた僥倖を神に感謝する。


 事は、現在学園一の問題児と目される筆頭お花畑モリー・フラン男爵令嬢が、第二王子殿下および側近候補というお花畑の仲間たちを従えて、天才と名高いサルーシャ・ミストレイク侯爵令息の婚約者、アリア・テオドール伯爵令嬢に因縁をつけたことに始まる。


 その内容を要約すると、「ひどいですぅ〜。サルーシャを解放してあげてぇ〜。サルーシャはヴィクの側近になりたいんだからぁ〜、アリアさんのわがままで彼の未来を奪わないで〜」というぶっ飛んだもの。たまたま近くにいて、それを耳にした者は皆、硬直したままポッカ〜ンであったことは言うまでもない。


 しかし、それに対するアリア嬢の対応は、予想のはるか斜め上をいく秀逸かつ圧巻なものだった。


 清らかなアリア嬢は、「殿下と愉快な仲間たちがお花畑男爵令嬢に入れ揚げている」などというゲスな発想は1ミクロンも抱かないお方なので、モリー嬢がサルーシャ殿を呼び捨てにし、殿下を愛称で呼んでいる違和感を、「懇意にしている親戚だから」と結論づけた。これは、貴族の常識からすると、至極真っ当である。


 その真っ当さは、野次馬たちには当然、殿下と愉快な仲間たちにも届いたらしく、モリー嬢とアリア嬢のやり取りに顔色を青くしたり赤くしたりし始めた。全然わかっていないのは、当のモリー嬢のみ。まあ、アリア嬢も別の意味でわかっていないのではあるが。


 まったく噛み合わないまま、二人の会話は佳境を迎える。

 モリー嬢の「サルーシャ殿を殿下の側近にせよ」という言葉に、アリア嬢は「自分には国王陛下に進言する術はない」と答え、「サルーシャ殿の未来をわがままで縛るな」という言葉には、「そんな力は持ち合わせていない」と答えた。そればかりか、相手が「貴族はもちろん平民でも知ってる常識を持っていない」などとは夢にも思わないアリア嬢は、モリー嬢のトンデモ発言を「自分を高く評価してくれたから」と実に好意的(?)に解釈した。


 モリー嬢の暴言は、単純に眉目秀麗なサルーシャ殿を自分の取り巻きに加えたいという、なんとも低俗な思惑によるものということは明白。それに乗っかっている殿下たちは、「頭脳明晰なサルーシャ殿が側近に加わったらいいな〜」くらいの考えがあったにせよ、あまりに思慮がなさすぎる。

 その浅慮さを、アリア嬢の真っ当すぎる返答により、思い知らされる結果となったわけだ。まともな神経を持っているなら、これはかなり恥ずかしいはず。

 周囲は最初からわかっているので、ずっと爆笑(貴族だから実際はクスクス程度なのだが)である。殿下の婚約者のアデリン・ベルサージュ公爵令嬢なんか、ヒーヒー言いながら「ぐるじい、ぐるじい」と声を漏らしていた。


 そこへ、満を持してサルーシャ・ミストレイク侯爵令息が登場すると、場の空気は一気に10度は下がった気がした。

 サルーシャ殿は、非常にプライドが高く、しかもそのプライドの高さを周囲に納得させるだけの能力を持ち合わせている。そして、彼は人から指図されるのが何よりも嫌いだ。暴君のような振る舞いは一切ないが、強力な氷魔法の使い手である彼が気分を害すると、急激にその場の温度が冷え込むのですぐにわかる。


 で、まさに今、その状態である。


 サルーシャ殿は、アリア嬢が「誰」に呼び止められたのかを確認した。殿下がそれについて謝罪した後に、だ。

 それに対しアリア嬢は、呼び止めたのは「殿下の親戚の」モリー嬢であると説明した。


 明晰なサルーシャ殿はアリア嬢のその言葉だけで、事態を把握したに違いない。

 終わったな。殿下と側近候補の前途が。


 天真爛漫で貴族らしからぬ距離感が目新しくて、モリー嬢を寵愛していたのだろうが、モリー嬢の貴族としての常識のなさが悪い形で浮き彫りにされ、さすがに殿下たちの目も覚めたと思われるが、時すでに遅し。

 この一件で、殿下たちの「王族とその側近にあるまじき思慮のなさ」も浮き彫りにされてしまったのだから。


 第二王子殿下は、見目は麗しいが凡庸、しかし性格は穏やかなので無難だと判断され、ベルサージュ公爵家の跡取りとなるアデリン嬢に婿入りすることが決まっていた。殿下たちがモリー嬢の取り巻きと化してからも、ベルサージュ公爵家は静観を貫いていた。おとなしい殿下がそうそう大胆なことをしでかすことはないだろうという、好意的な執行猶予だったのだ。


 だが、それも終わりだ。最も手を出してはいけない相手にやらかしてしまったのだから。

 これまで、モリー嬢のどんなわがままも許してきたツケが、最悪の形で回ってきたと言える。


 サルーシャ殿はアリア嬢を溺愛しているが、そのことをほとんどの者が知らないのは、サルーシャ殿の計算され尽くした振る舞いによるものだ。知らないが故に、アリア嬢にあれやこれや仕掛けてくる令嬢が後を絶たず、しかしサルーシャ殿が必要と判断すれば、そういった邪魔者は排除される。


 正々堂々(?)とアリア嬢に挑んだ者はまだいい。清らかかつド天然なアリア嬢にぬる〜っと躱され撃沈するだけで済む。最近では、コルネリア・モルゲイン伯爵令嬢が、きれいに沈められていた。

 しかし、秘密裏に危害を加えようとしたり、裏で醜聞を広めようとしたりという、洒落にならない行動に出ようものなら、間違いなくサルーシャ殿に処理される。

 もちろん証拠はないが、以前アリア嬢の誹謗中傷をコソコソ広めようとしていた令嬢の家の不正が突然明るみに出て、令嬢も退学を余儀なくされたことがあり、その後気をつけて観察していたら、いくつかの似たような事象に気がつきハッとしたのだ。その時は、思わず同じ教室にいたサルーシャ殿に目が行ってしまい、その青い瞳とバッチリ目が合って、全身から冷や汗が噴き出したものだ。


 今、この王都で一番怖い存在は、サルーシャ殿だと思う。おそらく、陛下を始め国の上層部もそれをわかっているはず。決して彼を敵に回してはいけないと。


 モリー嬢と殿下たちの進退がサルーシャ殿の手に委ねられたことを明確に理解したのは、この場ではおそらく、ベルサージュ公爵令嬢くらいだろう。入婿になるくせに婚約者を蔑ろにされた公爵家は公式に婚約解消への嘆願を用意していたところだったろうから、今回のことで何も動かずとも望む方向に事態が進むのはラッキーでしかない。

 ひとしきり笑い苦しんでいたアデリン嬢だったが、サルーシャ殿の退場後は実に晴れ晴れとした表情となっていた。


 中庭にいた者は、具体的にはわからないにせよ、お花畑御一行様がヤバい状況に置かれたであろうことを肌で感じ取っていた。

 わかっていないのは、今もアワアワして「なんで? サルーシャは仲間になりたいはずなのに?」と見当違いを言い続けているモリー嬢と、もうひとり、サルーシャ殿に手を引かれて去っていったアリア嬢だけである。


ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
使える奴ってサルーシャ様に認識されてそう。 でも「深淵を覗くものはまた深淵に覗かれている」 ってアレをちょっと思い出します…! 割とアリア嬢に好意的なのがバレたら…!! 好意的じゃないともっと詰むけど…
前話のお花畑ちゃんの行動原理だけ全く理解不能だったのですが、「常識を超えるバカ」という説明がされてスッキリです。 モブ子爵令息くん、グッジョブ。
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