前編
「エルヴィーナ。貴様との婚約は、今この時をもって破棄する」
卒業式を明日に迎えた前夜祭で、主催者であるフレデリック王子が壇上で突如宣言した。
フレデリック王子の後ろには外務局局長の第二子ヒース゠イングリスと軍務局副長の第四子イザドア゠エリクソン、財務局第二部部長の第三子ジャレル゠コヴァックが控えている。そして彼らの中心には、守られるようにクリスティ゠ボウマン男爵令嬢が立っていた。いずれも成績上位者で、学園のヒエラルキートップに君臨している。
ヒース、イザドア、ジャレルの3人は上級貴族という身分もあり、フレデリックの側近となると見做されていた。
そしてクリスティは男爵家という下級貴族でありながらも、フレデリックと試験で常に一・二位を争うほど優秀であった。最初は良きライバルであった2人の関係は、いつしか惹かれ合い、今では恋人関係にあると誰からも知られている。
そんな、いずれは国の中心に立つであろう彼らが怒りを露わにしている。浮かれていた空気が一瞬で冷たいものへと変わった。
壇上でエルヴィーナへと怒りを滲ませるフレデリック王子の目から逃れようと、2人の間にいる者達は逃げるように場所を空ける。
遮るものがなくなったフレデリックとエルヴィーナが対峙し、会場内の緊張感がさらに高まる。
「殿下、何故そのような事を仰るのですか?
私の気持ちはご存知でしょう?私達は婚約者なのですよ」
最初に口を開いたのはエルヴィーナであった。フレデリックとは対照的に穏やかな口調である。
しかし、そのことが却ってフレデリックの怒りに油を注ぐ。
「確かに貴様とは婚約関係にある。
しかし、貴様は私に、王族には相応しくないッ。
身分を楯に下級貴族を、クリスティを虐げ、貶めていたことは明白。
その様なさもしい貴様が、王族になれるわけがなかろう。
何より、頭の悪い貴様が、私と共に歩めるわけがないッ。身分だけで、中身のない愚かな貴様では釣り合わぬ。
私の隣にはクリスティが相応しい」
フレデリック王子に追従するように、ヒースとイザドア、ジャレルもエルヴィーナに対して口撃し始める。
「アーリントン公爵家と言えども、手に入れられないモノがあることを知るべきです」
「想い合う2人を引き離そうなどッ!恥を知るべきです」
「殿下の心がアーリントン様に向くことは決してないのに。本当に愚かなことです」
フレデリックが手を掲げて3人を制すと、先程とは反対に冷たい声で語りかける。
「エルヴィーナよ、貴様とは10歳の時に婚約関係を結んだ。
しかし婚約関係は絶対ではないッ。
王族に相応しくないと判断されれば、関係を解消できるのだ。
貴様は私の婚約者になったにも関わらず、碌に勉強もせずお茶会ばかり。そのせいで、成績は中位ではないかッ。私がどれだけ注意しても成績は変わらず、己を高めようとしない。その様な怠惰な者を王族に迎え入れるわけにはいかぬ。
そして何より、犯罪者を迎え入れるわけにはいかぬ」
会場の者達の驚愕の目がエルヴィーナに集まる。
エルヴィーナがクリスティを虐げていたことは誰もが知っていた。そのことがフレデリックとエルヴィーナの関係をさらに悪化させており、いずれはクリスティと結ばれるのだろうと思われていた。
ただエルヴィーナを犯罪者と罵り、婚約解消したことは予想だにしえないことであった。
「私が犯罪者ですか?」
「とぼけても無駄だ。
先日、貴様はクリスティを辱め、階段から突き落したではないか。偶然出くわしたイザドアのおかげで怪我は免れたが、間違えれば死んでいてもおかしくない。
クリスティ、イザドア。間違いないな?」
「は、はい」
「大丈夫。怖がることはない。あの女はやり過ぎた。今日ここで決着をつける。だから安心しなさい」
「フレディ・・・」
見つめ合い、2人だけの世界に入りそうになったが、「王子、王子ッ」と呼ぶ声が2人を現実に引き戻す。後ろ髪引かれる様を見せながらも、フレデリックがイザドアに証言を命じた。
「イザドア、その時のことを詳しく述べよッ!」
先程までの冷たかったフレデリックの声や表情、仕草が高揚したものへと変わった。恋人の熱の籠もった視線を受け、格好良いところを見せようとしている様が誰からも明らかであった。
「えーと、それでは。
“風の月の8日”の14時頃、講義棟の階段でのことです。言い争う声が聞こえ声の方に向かうと、階段上からアーリントン様がボウマン令嬢を突き落としたのです。
何とか受け止めましたので怪我はありませんでしたが、その時のボウマン令嬢の怯えた様子は酷いものでした。尚、その時のアーリントン様は笑っているようでした。
私はアーリントン様の凶行を許しませんッ!」
「ご苦労。
それでその時、その場には3人だけだったのかな?」
「いいえ、他にもいました。令嬢が1人」
「よろしい。それでは王族として命ず。その場に居合わせた者は直ちに名乗り出るように」
突然のフレデリックの命令に学生達がざわめき出す。
皆が周りを見回す中、怖ず怖ずと手が上がり、ゆっくりと令嬢が1人姿を現した。
「良く名乗り出てくれた。
早速だが確認したい。其方が“風の月の8日”の14時頃、講義棟の階段付近にいたことは間違いないか?」
「は・・・い」
「イザドアの証言に間違いはないか?其方はエルヴィーナがクリスティを突き落とすところを見たか?」
「そ、それは・・・」
「案ずるでない。其方が正しく証言してくれれば、エルヴィーナは処罰される。其方に害が及ぶことはない。私が責任を持って投獄させよう」
「で、でも・・・」
「ご安心なさいメリル゠ラットン。殿下の仰る通り、正しく証言してくれれば、私は何も致しませんよ」
「黙れッ!脅迫のつもりか!?悪足掻きしても無駄だ。貴様は今ここで処罰されるのだからな!」
「違います殿下。そうではありません。
私は言い淀んでいる彼女の背中を押しただけです。脅迫など言いがかりです」
断罪されようとしてる状況にも関わらず、飄々としているエルヴィーナの様子にフレデリックは怒りを露わにする。
「何を企んでいるか知らぬが、無駄なことッ!真実を明らかにし、貴様の罪を暴いてくれるッ!
何をしているッ!さっさと証言せぬかッ!」
「ヒッ!」
「殿下。そのように怒鳴られては怯えてしまいます。優しく接してあげないと」
「余計なお世話だッ!ほらッ、さっさと言わぬかッ」
「は、はいぃぃ。
え、えっと。私が最初気づいたのは、そちらのボウマン令嬢の声でした。何事かと見に行くと、踊り場にアーリントン様とボウマン令嬢がいました。
そ、それで・・・ボウマン令嬢が声を荒げていると、アーリントン様の手がボウマン令嬢の肩に伸びました」
「突き落としたのだな」
「あッ、いえ。違います。肩に手を置いたようでした。突き落とすような勢いはありませんでした」
「おい。嘘をつくな!偽証は罪になるぞ!」
「う、嘘ではありませんッ。本当ですッ!ボウマン令嬢が階段から落ちたのは、アーリントン様が手を肩から離した後でした!何があったかはわかりませんが、再びボウマン令嬢が声を荒げました。興奮しているようでした。それで、その時運悪く踏み外したように見え・・・ました」
メリル゠ラットンの証言に場の空気が凍る。
先程まで意気揚々とエルヴィーナを断罪しようと、わざわざ第三者の証言を求めたフレデリック達であったが、そのことが裏目に出てしまっていた。
フレデリック達は思い描いていた通りにコトが進まなかったことで、明らかに動揺していた。お互いが気まずそうに顔を見合わせている。
「殿下。私の無罪は証明されたようですね」
「なッ!待てッ!そんな筈はない。クリスティが階段から落ちたのは事実の筈。直接突き落としたのではないのかもしれぬが、貴様が原因でクリスティは死ぬところだったことは変わらぬ。それに、これ以外にも貴様がクリスティを虐げていたことは事実。貴様が無罪と言うことではないッ」
「そうですか。残念です。
メリル゠ラットン、下がっても良いですよ。無実にはなりませんでしたが、貴女が正しく証言してくれたことには感謝します」
騒ぎの中心に引っ張り出され、居たたまれない空気をつくってしまったメリルが群衆の中へと逃げ込んで行った。
本来ならば、最も位が高く、呼び出したフレデリックが声をかける場であったが、本人はそれどころではなかった。イザドアを問い詰めることに頭と心が一杯で、落ち着きをなくしていた。
壇上下のエルヴィーナや巻き込まれた学生達の存在を忘れ、自分たちだけで話し合いをしている。
会場に微妙な空気が広がりつつあった。
「あの、殿下。殿下は先程、偽証は罪と申しましたが、メリル゠ラットンは事実を語っていました。
ならば、誰が偽証したのでしょうか?まずは、そちらを明らかにしてはどうでしょう?」
「なッ!?貴様はクリスティが嘘をついていると申すのか?」
「違います殿下。そうではありません。
他の誰かが都合の悪いことを隠そうとしているのではと申しているのです」
エルヴィーナがフレデリックからその後ろへと目を向ける。
つられるようにフレデリックが振り返ると、イザドアがあからさまに動揺を見せる。
「イザドア、何を隠している?」
「な、何も・・・」
「まさか、本当に偽証したのか?」
「ち、違います。俺は嘘は言っていません。
クリスティが落ちたことも、助けたことも、アーリントン様がそれを見て笑っていたことも本当ですッ!信じてくださいッ!」
「しかし、其方と先程の証言は異なっていたではないか!」
「も、申し訳ありません。確かに突き落とすところはハッキリ見ていません。
でも、でもッ、状況から見て、アーリントン様がクリスティを突き落としたように見えたのです。それに虐げられて苦しんでいたのは、殿下もご存知ではありませんか!それで、つい・・・」
「くッ。愚かなことを。願望で事実をねじ曲げては、正しいことも正しくなくなってしまう。
せっかくエルヴィーナを断罪できるというのに・・・」
「で、でも、階段の件以外にも余罪はありますし・・・。クリスティが辱めを受けたのは事実です。問題はないかと・・・」
「む?
わかった。其方の失態については後で話すとする。良いな?」
項垂れるイザドアからエルヴィーナに目を向けたフレデリックが、再びエルヴィーナの罪を問いつめようと睨みつける。
「貴様がクリスティを殺害しようとしたことを明らかに出来なかったことは歯痒いが、まだ終わったわけではない。覚悟しろ」
「その前に、エリクソン様のことは明らかにしなくて良いのですか?」
「イザドアには後で話をする。間違いは誰にでもある。貴様の知ったことではないッ」
「違います殿下。そうではありません。
エリクソン様が隠そうとしていることを明らかにしなくて良いのでしょうかと尋ねているのです」
「何のことだ?」
「ボウマン令嬢が階段から落ちた時にエリクソン様が居合わせたのは、タイミングが良すぎではないかと思った次第です。
ほんの数秒違っただけで、ボウマン令嬢は階段から落ちてしまっていたでしょう。
しかし実際は、エリクソン様が運良くボウマン令嬢を助けられました。
その様な奇跡的なタイミング、まるで運命で結ばれた物語の主人公ではないですか。物語であるならば、2人はお互い恋に落ちて結ばれ、幸せになることでしょう」
「何が言いたい!?」
「そのように怖い顔をしないでください。私は殿下の凜々しく自信に満ちあふれた顔が好きなのです」
「はぐらかすな!」
「本心なのですけれど・・・。
では続きを。
殿下とボウマン令嬢が想い合っていることは、悲しいけれど事実です。
それなのに、なぜその様な奇跡的なタイミングでエリクソン様が現れたのでしょうか?
もちろん運命で結ばれた2人ならば偶然もあり得るでしょう。
言い換えるなら、2人が運命で結ばれていないのならば、エリクソン様がその場に居合わせたのは偶然であったのでしょうか?」
「どういうことだ?」
「難しいことではありません。
エリクソン様がボウマン令嬢に好意を抱いていて、行き過ぎた余り、歪んだものへと変わってしまったのでは?後をつけ回すほどに。あの時も、階段下で隠れていたのではないか、問題が起こるのを黙って見ていたのではないかと思った次第です」
「出鱈目だッ!嘘を言うなッ!俺はそんなことしないッ!」
先程まで気落ちしていたのが嘘のように、イザドアが顔を真っ赤にして、怒り心頭でエルヴィーナに向かって行こうとした。しかし、すんでの所でヒースとジャレルが腕を掴んで食い止める。フレデリックもイザドアの前に立ちはだかり、行く手を阻止する。
「落ち着け、イザドア。
其方、エルヴィーナの言葉は真か?」
「信じてください、殿下ッ!俺はそんなことしてませんッ!嘘です!出鱈目ですッ!
クリスティも!俺は、本当に偶然通りかかっただけだッ!信じて・・・」
「イザドア様・・・」
「わかった、信じるとしよう。それより、もう下がっておれ。これ以上の失態を見せるな」
必死に弁明していたイザドアであったが、愕然とした表情となり言葉を失ってしまった。
さらにフレデリックの言葉でイザドアの全身から力が抜け落ちる。
ヒースとジャレルに押さえられていたイザドアであったが、今は2人に支えられて何とか立っている有様である。ヒースとジャレルは顔を見合わせると、静かにイザドアを奥へと連れて行った。
彼らの様子に気づいていないのか、フレデリックが変わらぬ調子でエルヴィーナに向き合う。
「イザドアは違うと言っていたが?」
「そうなのですか?まぁ、状況からそう思っただけですので、私の勘違いだったのでしょう」
「貴様ッ!ふざけているのかッ!?」
「いえ、運命で結ばれてもいないエリクソン様とボウマン令嬢の2人に奇跡的な出来事が起こったことを不思議に思っただけです。納得できる理由を考えて先程のことに辿り着いたのですが・・・。
間違えていたようです。残念です」
「なッ!?」
「それで、殿下はどうお考えますか?
あッ!もしかして2人は結ばれる運命にあるのでしょうか?」
「ふざけるなッ!そんなことあってたまるかッ!
私とクリスティが結ばれることこそが運命だッ!
いや、それはどうでも良い。今は貴様の罪を明らかにする時であろう!」
「フレディ。落ち着いてください。アーリントン様のペースに呑まれていますよ。
いつものように、毅然とした振る舞いで行きましょう」
「そ、そうだな」
クリスティのフォローが入り、フレデリックが深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻す。
これまで自分の思い通りに事が運ばず、ペースを乱され続けたことにフレデリックの怒りは頂点に達しようとしていた。エルヴィーナを睨む目には、怒りに加えて憎しみが混じっているようだった。
「エルヴィーナ。貴様がクリスティを虐げていたことは調べがついている」
「虐げるとはどういうことでしょう?」
「とぼけても無駄だ。私に近づかぬよう、クリスティを脅していたことは知っているぞ。
これについては証人も多く、確認済みである」
後ろに控えていたヒースが、紙の束を掲げて見せた。
「見ろ!このように署名はいくつもある。裁判での証拠としても有効である」
「そうなのですか?
まぁ、確かに殿下とボウマン令嬢とでは釣り合わないと申してましたけど」
「クリスティを馬鹿にするでないッ。クリスティは私に劣らないほどの才女なのだぞ。むしろ貴様の方が出来が悪く、みすぼらしくもある。我が身を省みたらどうだ?」
「違います殿下。そうではありません。
王族と男爵家では、身分が違いすぎると申しているのです」
「何を言う。身分にとらわれず、優秀な者を正しく評価することが、上に立つ者の責任であろう。
貴様のように生まれだけしか誇るモノがなく、遊び呆け、いびることしか出来ない者は存在する価値すらない。害悪でしかないッ。
しかもただ脅すだけでなく、階段での件では、クリスティのドレスを破いたというではないか。
同じ女性として、それがどれだけ屈辱的なことかわからないのかッ!
そのせいでクリスティは死にそうな目に遭ったのだぞ!貴様の愚かさがクリスティを殺すかもしれなかったのだ。
もうイタズラでは済ませられぬ。
ここにいる皆も、エルヴィーナがどれ程罪深いかわかったであろう」
フレデリックが己の正当性とエルヴィーナの残虐性を学生達に訴える。
群衆の数カ所から賛同の声や響めきが起こったが、学生達の中にあったのは戸惑いであった。
場が盛り上がらなかったことにフレデリックが動揺を見せるが、咳払いをすると何事もないようにエルヴィーナに向かう。
「エルヴィーナ、貴様は同じ女性でありながらクリスティを辱めた。1つ間違えば、クリスティは死んでいたかもしれなかったのだ。
これは暴力であり、犯罪である。
もう身分を楯に言い逃れは出来ぬぞ。
クリスティ、その時のことを話してくれ」
「はい。
私は殿下の元に向かう途中、アーリントン様と出くわしました。そしていつものようにアーリントン様に嫌味を言われました。
殿下との待ち合わせに遅れそうと申しましたが、去ることを許してくださりませんでした。それでつい私も声を荒げてしまったのです。
するとアーリントン様は、笑みを浮かべながら私のドレスを破いたのです」
「クリスティ、もう良い。証拠のドレスもある。これ以上クリスティを辱めるわけにはいかぬ故、この場に持って来てはおらぬが。
証拠のドレスはヒース達も確認している」
フレデリックがヒースとジャレルに顔を向けると、2人は力強く頷いた。
2人の反応に満足したフレデリックは、腕を大仰に突き出しエルヴィーナに向ける。
「エルヴィーナよ。其方は、私とクリスティの仲に嫉妬する余り、クリスティを辱め、事故とは言え殺害しかけた。
いくら私を愛しているからと言って、何故そこまでする。出来るのだ!?」
「『何故?』と仰いましたが、殿下をお助けするためとしか」
「そういうことを聞いてるのではないッ!
いや、待て。私を助けるとはどういう意味だ。何故クリスティを虐げ、殺そうとすることが私を助けることになる?意味がわからぬ」
会場にいた誰もがフレデリックと同じ気持ちとなり、エルヴィーナを見つめ答えを待った。
「違います殿下。そうではありません。
あの日は、殿下の直妹であるベルベット王女のお誕生会に招かれていたと伺いました。
故に、殿下のためと思い、あの様な真似を致しました」
「待て、意味がわからぬ。クリスティを虐げ、辱めることが何故私のためになる。それにベルベットがどう関係するのだ。一から説明せよ」
「殿下のご命令とあらば。
殿下はボウマン令嬢とベルベット王女の誕生会に招かれていました。それは王女の親しい方のみで開かれた会。当然、招かれた方達は上級貴族ばかり。
そこにボウマン令嬢は相応しくないと思った次第です」
「ふざけるな。クリスティは優秀な女性だ。座学だけでなく、礼儀作法においても問題ない。上級貴族に混じったところで見劣りすることはない。其方と違ってな。
それにベルベットは、下級貴族だからとクリスティを見下す様な真似はせぬ」
「違います殿下。そうではありません。
先程申しましたように、私は殿下をお助けしたかったのです。
良いですか。あの時ボウマン令嬢は身分相応のドレスを着ていました。とても可愛らしく、良く似合っておいででした。
ただ、見る者が見れば一目で安物とわかる物です。ベルベット王女の誕生会には相応しくありません」
「だから、ベルベットはそのようなことで人を判断する人間ではないと言っている」
「いいえ、殿下はわかっておりません。
もし参加されていれば、殿下は『好きな相手にそれなりのドレスも贈ることもしない甲斐性なし』と評されていたでしょう」
エルヴィーナの言葉に唖然とした表情を浮かべたフレデリックだったが、すぐに目が泳ぎだし冷や汗が流れ始めた。
「あっ、いやそれは」「だから、その」と必死に言い訳を言おうとするが、何も思いつかないのか言葉が続かず醜態を晒してしまう。
「そ、そんなことで私を殺そうとしたのですかッ!?私の服を破いたのですかッ!?」
突如フレデリックの後ろにいたクリスティが叫んだ。
「ボウマン令嬢、そのように大声を上げては不躾ですよ。
いくら授業で良い点を取っても、興奮する度に地が出てしまっては殿下に相応しいとは言えませんよ」
「いい加減、私を馬鹿にするのは止めてくださいッ!アーリントン様の品位が疑われますよ」
「馬鹿にしているつもりはありませんよ。私は殿下に平穏に過ごしていただきたいだけで」
「巫山戯るでないッ!愛するクリスティを虐げられて、私の心が安まるわけがなかろう!」
「そうはおっしゃいましても、もし殿下達が誕生会に参加されていたら、ベルベット王女と仲違いしたかもしれないのですよ。せっかく仲の良い間柄ですのに」
「待て、なぜ私とベルベットが仲違いすることになる。私達の関係は良好だ。徒に不穏なことを言うな」
「なぜと申されましても、先程申した通りです。殿下が甲斐性なしであることを晒してしまっては、ベルベット様が恥を掻くことになり、誕生会が台無しになってしまいます。年に一度の誕生会を仲の良い友人達の前で、そのようなことで台無しにされて許せるものでしょうか?
ほつれた糸を軽く引いただけで解けてしまうようなドレスで、上級貴族ばかりの集まりに参加することは非常識ではないと?」
フレデリックとクリスティの顔が真っ赤に染まる。それは今までのように怒りによるものではなく、羞恥によるものであることは誰の目にも明らかであった。
2人とも返す言葉が見つからず、沈黙が続く。誰の目にも勝敗が決まったように思えた。
「お待ちください。アーリントン様の言い分は本当にそうでしょうか?
理由は何とでもつけられます。しかし、それは口で言えば良いこと。アーリントン様に悪意がないことの証明にはなりません」
ヒースの助け船にフレデリック達の顔に自信が戻る。
「ヒースの申す通りである。口で申せば良かろう。クリスティを虐げるという悪意があったからこそ、そのような行為に及んだのであろう」
「その通りです。いつも私を虐げ、辱めることばかり。適当な理由をつけないでください」
「殿下、そろそろ裁きを」
「うむ。
エルヴィーナ゠アーリントンよ、貴様は私とクリスティの仲に嫉妬する余り、執拗にクリスティを虐げてきた。身分を笠に着た行為は悪質極まりない。
幸いイザドアの活躍により怪我を負うことはなかったが、先日の階段での悪意ある行為は死に至る危険もあった。今回のことはさすがに看過できぬ。
故に、エルヴィーナ゠アーリントンを殺人未遂の罪で告発する。そしてこれまでの執拗な虐待も併せて告発する。これにより、貴様を国外追放としてくれよう」
フレデリックの言葉にエルヴィーナは初めて顔色を変えた。




