東京決戦 9
眼下は黒、光の存在しない空間、モンスターが蔓延る、人類が未だに解明し得ない【穴】だ。
ここまで距離を詰めたのは初めてだ、これは理屈では無く生物としての本能が私を確信させる。
落ちてはならない、絶対に。
ドグッ!
「げほ」「がっ」
イブの計算は過たず、私は空中でリリィを完璧に捉えた。
体当たりと言うよりはフライングボディプレスのような体勢で互いの胴体が衝突した、ミシミシと胸当てが軋んだ、私は離れてマズイとガッチリ背中に腕を回す。
これまでの作戦の中で殆ど無傷だった私にとっては一番の威力だ、ズシリと落下のエネルギーが身体を下へ、【穴】へと近付けるも、全速の体当たりの方が辛うじて勢いで勝ったのは幸いだった。
体勢が崩れ視界がグルリと乱回転、天地を滅茶苦茶にされた私の目に映ったのは瓦礫のある地面。
それは反射的な行動だった、リリィを庇った私の背中は地面に叩き付けられた。
ドォンッ!!!
「ッ、ハッ、!!」
2人分の重さと落下の力が背中を貫く、肺から空気が無くなり、視界は暗転した・・・
***
ざ、ざ、ざ・・・
次に目を覚ました時には日が傾き、私はリリィにおぶられていた。
「リ・・・ッ—————」
口を開こうとした瞬間、口内を激痛が走った。
「起きたかいサナ、無理して口は開けない方がいいよ」
じわりと涙が滲む、リリィは私を背負い直してゆっくりと歩き続ける。
「口の中ズタズタだ、落ちた時に歯で切れちまったんだよ」
「・・・」コクリ
くるりと周囲を見渡すと、後方をライアンが歩いていた。
その手には飛龍、そして私の刀と防具が握られている。
「お、無茶したなサナHahaha」
「・・・」コク
珍しい、こういうのは大抵ライアンがおぶってくれるんだけど、私はリリィの背中に居た。
「Hahaha、リリィがサナを怪我させたから背負うってきかねえからよ」
「ライアン!余計な事ペラペラ話すんじゃないよ!」
「Hehehe、おお怖い怖い」
一先ず全員無事であったのを確認出来たので、私はホッとして力を抜いた。
飛龍は首がブラブラとして引き摺られているので、ライアンが力づくで討伐したんだろう、刀を弾くくらいの硬い鱗を持つ敵性生物だ、関節でも折ったのかな?
「お、これか? 硬ぇから、こう、首をゴキっとな!」
私の視線に気づいたライアンはニヤリと笑った。
まあ他の第一級敵性生物でも昆虫型とか硬いのが居る、歯が立たない訳では無いけど、こういったタイプは表面が硬いだけで関節を攻めると案外弱いものだ。
「倒した奴の事はどうでもいい、サナ、今回はお前が一番重傷だよ、無理するな」
そういうリリィは気まずそうに言葉を切った
「無様に落っこちたアタシのせいだけど、本当に無理するなよ」
「ん」コクコク
「日が暮れてるのは頭を打ったサナを診る為に医療班に現場まで来て貰ったからだ」
「口から血をダラダラ流して、意識喪失、まあ動かせねえわな」
「結果的に口の中は切れただけでひと安心、内臓は多分無事、後頭部にデカイたんこぶ、腕はその場で止血、後は脱がす訳にはいかないから以上だよ」
そうだったのかぁ。
口の中はさっきから痛いけど、説明された途端に頭と背中、そして臀部に鈍痛があるように思える。
これは打ち身か打撲か、背面がすごいことになっていそうだ。
「スーツからバイタルは取れていたから俺は大丈夫だと思っていたぜ」
まあ巨人の体ってそれなりに頑丈だからね、私も無茶した憶えはあるけどあれくらいなら、って考えていた所もあった。
「リリィ無茶し過ぎです、サナはもう少し冷静な対応を心掛けて!」
「わりぃ」
「ごめんなさい」
基地に帰ると指揮車から降りたイブが怒っていた
「でも」
「結果論で良しとする事は出来ないので!」
「あ、はい」
でもさ、リリィがあのまま落ちていくのをただ見過ごす事も出来ないじゃん。
そりゃあ下手したら私とリリィ2人とも【穴】に落ちて大変な事になっていたかもしれないけど・・・
ライアンなら上手く出来たかと言うと、多分間に合わなかったと思うんだよね。
私とライアン、よーいドンで走ってスタートは私が圧倒的に速い、加速も私、中間加速からトップスピードはライアン、あの時の位置関係の距離だとライアンはトップスピードに乗り切らないので【穴】を到達点とすると私の方が速かった。
そして走り幅跳びからの体当たり、私は身長15mちょっとに体重〇〇t、ライアンは身長20mに相応の体重。
筋力はライアンが上、瞬発力は私、総合的に言って【穴】を横切る鉄砲玉は私が最適だった。
瞬間的な判断だから、あくまでも後付けの理由と経過と結論を挙げるとしたらそんな感じ。
「Hahaha!あの間合いはサナしか無いだろ、俺が跳んでも多分落ちてたぜ?」
落ちて来た飛龍の問題もあるしね・・・
血で滑った片手の斬撃といっても鱗が硬くて刀弾かれたし、私が相手をするなら眼か口を狙うしかないかな、ライアンみたいに腕力で首を折れるかと言われると微妙だ。
折角落ちて来たのにまごまごして飛ばれたら、それこそ大変だし、反射的な判断としては最適だったよ。
勿論、反省点は無い!パーフェクトな仕事だった、と言い切るほどの内容でなかったのは理解している。
イブも言っても仕方ないとは分かっている筈だ、それでも反省と今後の行動指針は常に見直すべきだし、私も分かっているので、それはそれとして私の考えも言わないとならない。
現場の声と指揮側の声、そして第三者から見てどうか、ハイスクールでもよくやるディベートってこういう事なんだよね。
より良く、考えを擦り合わせ、理解する。
特に私達巨人特殊部隊守護者は現場での強い行動権限が与えられているので、任務後は必ず一日を振り返る事になっていた。




