東京決戦 4
『イブ、これは!?』
『待ってください! え? はい、はい、・・・分かりました』
巨人特殊部隊守護者の部隊長、現場指揮官でもあるリリィが慌てていた。
リリィが知らない、イブも知っている様子ではないのは声を聞いて解った。
『リリィ、これは自衛隊の独立精鋭部隊による作戦行動です、敵の殲滅を』
『いや確かに、でも、これは・・・』
『こちらコマンダー、よく聞け、融合した生物は救えない、これまで回収された変異体の解析から、血肉、神経系が完全に一体化しているのが確認されている、アレは人の形をした敵性生物だ』
コマンダーは事前に把握していたのか冷静に続けた
『変異体の現出から予想はされていた、だから日本国側から申し出があったのだ。
今、現実となったこの状況に相対した時には、自衛隊の精鋭部隊、その中でも有志の手により対処すると』
つまり、これまでも自衛隊は備えて特殊精鋭部隊は展開していた。
『チッ』
ライアンが舌打ちをしながらも泥の巨人を仕留める、祈りの所作をしたのは初めてだった。
周囲のビルを注意深く観察すると数箇所、20m以上の中層から高層ビルの屋上に隊員が銃を構えているのが確認出来た。
雨の中、水平距離では1kmあるかないかの距離、巨人特殊部隊の間合いの中に彼等は居た。
『サナ、やれるかい?』
『無理しなくてもいいぜ』
「大丈夫、やるよ・・・」
命を賭けているのは私達だけじゃない。
戦線維持の自衛隊歩兵部隊や機甲部隊だって危険はあるし、まして狙撃の為にこの区域に展開していた精鋭部隊は常に危険に晒されるのを承知の上で、取り込まれたヒトの対処に当たる事を決断したのだ。
戦闘時、私達巨人のサイズからすると1kmなんて安全圏にもならない距離だ。
彼等の決断を尊重した上で、私は私の出来ることを全うしたいと思った。
・・・自らの、ヒトを手に下す事がなくなった事実にひどく安心している自分に嫌気が差した。
この日は切りがよく、これで基地に帰投することになったけど、胸の中には暗く澱んだものが引っ掛かった気がした。
***
「サナ、変異体の話だが、聞くかい?」
「うん」
「ライアン」
「おう」
雨の中、帰投して着替えを終えた所でリリィが報告書を手にやって来た。
ライアンも一緒で、珍しく作戦後のブリーフィングだ。
それによると、やはりあの変異体と融合していたのは元人間で間違いない事が判明。
但し中身は全くの別物に変性していて、血液の代わりに敵性生物の黒い体液が循環していたそうだ。
背中から下半身に掛けて筋肉、血管、神経、骨までもが癒着していて、外科的な手段では分離不可能。
そもそも何故生きていられるのかさえ解らない程、人としての機能は喪われているとの結論だった。
「・・・」
「サナ」
「え、うわ、ライアン?」
誰もが口を紡ぐ中、ライアンが私の頭をガシガシと撫で付けた。
「仕方ねえんだ、俺達にも、それこそ頭のいい奴等が雁首並べても、世界の名医が集まっても無理だ」
「うん・・・」
「割り切るのは、まあ無理だわな、俺だってクソみたいな不快感が腹の中で煮え滾っている」
「アタシらに出来ることはひとつだけさ、もうこれ以上の犠牲者を出さない事」
「うん・・・」
その通りだと思った、作戦が失敗すると犠牲者は増える。
東京災害では400万人超の被害があった、ワシントンDCだって全くの無傷じゃない、アメリカでも有り得たかも知れない状況が今日の東京だった。
退けない、負けられない戦いだと、私は心の中でより一層引き締めた。
ブリーフィングが終わって、私はベッドの中でリリィに甘えていた。
リリィは何も言わずに中々寝つけない私の背中と髪を優しく撫でてくれる。
「リリィ、ごめんね」
「良い、辛いなら辛いと、嫌なら嫌と言っていいんだ」
「辛い、嫌、やりたくない」
「ああ」
「でも、頑張る」
「うん」
「リリィも我慢しないで言ってね、私じゃ頼りないかもしれないけど」
「・・・ああ」
リリィは明確な返事はしなかった。
でも、撫でる手は止まり、ギュっといつもより強めに抱き締めたのが答えだった。
辛くない人は居ない、リリィが私を支えてくれるように、私もリリィを支えられように頑張りたいと思えた。
私はリリィの首に手を回して隙間無く抱きついた、私がリリィの鼓動と体温を感じて安らぎを憶えるように、リリィもまたスキンシップを沢山して安らぎを得ているのはよく知っている。
暗く沈んだ想いは今すぐどうにかはならないけど、ふたりの世界でゆっくりと眠りについた・・・




