東京決戦 3
さて、思わぬ一級の新型ウナギ登場で数日の休養を挟んでしまった作戦も、あれからは順調そのもので進行していた。
偵察監視の強化で自爆ウナギは事前に討伐されたので、私達はこれまで通り目の前の敵性生物に集中して戦えば良い。
そして、遂に練馬区を除いた東京の奪還に成功したのは6月の初旬が終わりを迎えた時期だった。
戦車機甲部隊を主力とした戦線も練馬区を囲む、板橋、豊島、新宿、中野、杉並区、武蔵野市、西東京市、そして北部の埼玉県和光市と二重に再編成、配置された事で万全の体制を敷いていた。
残すは敵性生物の発生源、【穴】のある練馬区のみとなった。
先が見えたことにより、特に自衛隊の士気は高く、被害者や遺族、モンスター災害で暗く澱んだ雰囲気も当初より比較的明るくなっている。
「と言っても、多いね」
「嫌になるな」
「まあ、終わりが見えたねえ」
敵性生物の発生源【穴】がある練馬区の敵密度はこれまでの比では無かった。
勿論、戦線の構築で四方からの支援は最高に手厚いけど、それでも数が多く油断は禁物だ。
東京湾と横須賀の海に展開している艦隊のミサイル支援も、海岸線より遠くなった事で数秒から十数秒の時間差を考慮した立ち回りが求められる。
但し、実戦で鍛えられた航空部隊の練度は高く、歩兵部隊のレーザー誘導で行われる対地爆撃は米軍の精度を超えた戦果を叩き出していた。
データリンクにも組み込まれた支援システムは、より高精度に敵の配置と構成をコンタクトHUDに表示。
慎重に、しかし確実に練馬区の敵性生物の討伐を進めていたある日、それは最悪の形で現れた。
サアサアと降り頻る梅雨の雨は数km先の視界を奪っていたけど、それでも戦闘に影響する区域は情報衛星とドローン、HUDコンタクトと電子ゴーグルで十分にカバーしていた。
ヒュン!
第一級敵性生物の一体を討伐して、ひと息。
『周囲敵影無し、あっと、一体、泥の巨人がライアンの方へ向かっています』
『OK、任せな!』
HUDの簡易マップにも赤点がひとつ、此方へ移動しているのを確認した。
ライアンをフロントマンに、私は下手、リリィは上手に回り込み、迎え撃つ体勢を整えた。
『ん?』
『え、何、これ・・・』
『どうしたライアン、イブも』
ライアンが手斧を片手に動きを停めた、いつもならサックリかち割りに飛び掛るのに、イブも動揺した声を挙げた。
『Son of a bitch.』
口は悪いけど、ライアンがここまで口汚く吐き捨てたのは初めてだった。
「何なに?」
雨であまり良いとは言えない視界、私はライアンが見据えた泥の巨人の、ある一点を見て震えた。
「え・・・」
『Headquarters, you're looking at it.』(本部、見ているだろ)
リアルタイムで私達の視界、ドローン、偵察機の映像は作戦本部で共有されている。
私も、ううん、これを見た誰もがきっと動揺していた。
現れた泥の巨人、その肌には土気色の、人間の上半身がくっ付いていたのだから。
***
人、・・・人だ、人間が泥の巨人と融合している。
『ああクソッタレ、泥の巨人がそういうのは解っていたぜ、だけど、これは・・・』
そう、そうだ、泥の巨人は他の敵性生物と中途半端に融合した姿を見ている、これまでも何体も何百体も倒してきた。
歪に、まるでB級映画のキメラみたいな姿で、とても異様な。
『東京災害の死亡者か?』
リリィの予想は恐らく当たっている、これまでの作戦途中でも人の遺体は発見されている。
でも、時間が経ち過ぎたせいか、殆どは敵性生物に捕食されたのだと予想されていて、まともな人の形をした遺体は本当に極小数に留まっていた。
そもそも、死者・行方不明者の回収は私達では無く、自衛隊の歩兵部隊がその全てを担っていたので詳しくは知らされていない。
目に付く場所は基本的にモンスターが溢れた区域だし、更には空爆の区域でもある。
私達は見ていないだけで、恐らく建物内にも相当数の人が居たであろう事は予想が着いた。
ドン、ドン、ドン・・・
歩みを止めない泥の巨人を前にして、私達は動揺を隠せない。
陽気で強気なライアンでさえ、手斧を構えてはいるものの、いつものように積極的に打って出ることは無かった。
『こちら日本国総理大臣、勇敢なる者達よ、立ち上がれ』
「え?」
突如、オープンチャンネルで入った無線、それを合図にして泥の巨人と融合していた人の頭がビクリと仰け反った。
ターンッ!!!
数瞬遅れて銃声が響き渡る、それは雨の中でも戦場の東京に広く広く響いた。
音の先には自衛隊の、少し変わった服を着た部隊がビルの屋上に狙撃銃を構えていたのが見えた。




