東京戦線 2
ゴオオオオ—————————
多くの人が思う所のある作戦、皮肉な程に晴れ渡った雲ひとつない空を、海上自衛隊の艦船から発射された数え切れないミサイルが頭上を飛んで行く、行先は東京都心。
1000、遂に東京空爆作戦が始まった。
洋上からハープーンやトマホークでの面制圧、モンスター外周部から爆撃を開始して第二級敵性生物を削って行く。
情報衛星や偵察機も活用して、第一級敵性生物が居ない地域へは積極的にミサイルが撃ち込まれる。
先ずは何より数を減らす事。
次に情報収集を密に、第一級敵性生物の動きがあった場合は予想進路と相談して牽制爆撃、足が止まれば良し、止まらなければ可能な限り東へ誘導される。
爆撃に合わせて千葉戦線の押し上げ、私達巨人特殊部隊も天王洲基地を拠点にして海岸線である東側から西側の【穴】に向かって進軍、一級の討伐任務を開始する予定だ。
勿論南側の神奈川戦線、北側の埼玉戦線、南北からも戦車、迫撃砲、無反動砲、ロケット砲、ありとあらゆる攻撃手段を以てモンスター討伐が行われる。
話によると退役済みの各自走砲も引っ張り出して来たらしい。
勿論、戦車と歩兵の連携は必須なので普通科隊員も相当数配置されている。
他にも航空自衛隊からは戦闘機、偵察機、攻撃ヘリ、対艦・対空誘導弾、クラスター爆弾、精密誘導爆弾(JDAM)等々、日本に存在する攻撃装備のかなりの割合いが今作戦に使用される。
「凄いね」
「まあ、中々見られる光景じゃねえのは確かだな」
「東京でドンパチなんてねえ」
少し前なら想像もしない有り得ない光景だ。
トクトクと心拍がやや早い、呼吸も浅くなっている気がしたので、努めて深呼吸を繰り返す。
デビュー戦の時はかなりの興奮状態で吶喊を繰り返してしまった、そのせいで詰めを誤ったり危険な場面があった。
巨人特殊部隊が泥の巨人の登場で対人戦訓練に多くの時間を費やしたのと同時に、私にはメンタルコントロールの訓練も課された。
警官のアンドリュー、軍人リリィ、プロスポーツ選手のライアン、ランディは元々そういったコントロールの術を持っていたので問題無かったのだけど、私はその辺りが未熟だったからだ。
目を瞑って心の中に水面を作り上げる、ゆっくり呼吸をして水面には波ひとつ立たないよう鎮める。
フー・・・、時間はある、外部の音も完全に排除、自己の世界で平静を保つ。
——————
フと目を開くとリリィとライアンが私を見ていた
「出番?」
「ああ」「おう」
集中しているとあっという間に時間は過ぎていた、見計らっていたようにコンタクトHUDが起動。
ドローンは何機か都心方面へ飛んで行き、他も周囲で待機飛行していた。
「行けるね?」
「勿論!」
私は立ち上がるとフェイスマスクを閉じ、ゴーグルを下ろした。
1105、巨人特殊部隊守護者、天王洲自衛隊基地から出撃。
***
「Here they come.」来た
男は待ちかねたとばかりに声を挙げた、此方を見据える眼は青く、そして絶対的に冷たい。
私は、いや私達は恐らく米軍によって拉致拘束をされていた。
東京都心、周囲の景色から港区だと思われる高層ビルの一室には報道関係者約20人が後ろ手に拘束されて窓際に並べられている、中には失禁して足元を濡らしている人も少なくない。
それもそうだ、ビル近くの眼下には化け物が跋扈し、そこへ多数のミサイルが撃ち込まれている最前線、爆発の振動が、全身を震わせる飛行体が、化け物の蠢く音が、全てがストレスだった、無理もない。
「See.」見ろ
指を差した先には大きなシルエット、アメリカ陸軍最強の矛、巨人特殊部隊守護者の3人が化け物へと進行している姿だった。
「た、助けてくれっ!!」
「おーい!此処だ!」
「サナちゃーん!!!」
「It's no use. They can't hear you.」
無駄だ、お前達の声は彼等に届かない
何人かが大声を挙げたが、巨人特殊部隊3人の誰もが此方を向くことはなかった。
無視している、と言うよりも完全に聴こえていない様子だ。
これには仮説があった、日本に来た彼等は報道陣が投げ掛ける質問を完全に無視していた、英語で日本語で、時には挑発的な内容にも全く反応をする事が無い。
生え抜きの軍人リリィ・クロフトとプロスポーツ選手だったライアン・ゴンザレスは兎も角、若くて従軍歴の浅い佐藤サナまで見事な対応をしていた。
彼等の耳にはインカムが装着されている、それが音の遮断をしているのではないか、と。
音響研究所に取材をすると技術的には十分可能で、巨人の耳に入るインカムサイズなら有り得るだろう、との回答を得た。
「shameless」恥知らずめ
吐き捨てた彼の声はどこまでも冷たい。
「ッ、私達が何をしたと」
唾が喉に引っ掛かりながら疑問を口にした
「Did Sana's coloring of her nails bother you guys?」
サナが爪に色を塗った事で、お前達に迷惑を掛けたか?
「は?」
爪に、色を?
「Is it wrong to be absent? Is it wrong if I smile?Catching a ball killed someone?」
欠伸をしたらダメなのか、笑ったらダメなのか、キャッチボールが人を殺したか?
何を、と思う前に矢継ぎ早に言った彼の言葉に私達は気付いた、巨人に関する報道の事だと。
確かに私達は報道した。
巨人部隊の佐藤サナが基地内の椅子に座って爪を磨いて呑気に過ごしている。
東京空爆を前に欠伸をして、ヘラヘラと笑って緊張感の無い部隊。
滑走路でキャッチボールをして遊ぶ巨人。
どれも望遠レンズで捉えたスパイショットで、今国民の求める情報は東京空爆に関するものか、巨人について、だから至極当然のように特集を組んだ。
「I'm sick and tired of the freedom of the press that you guys are waving around.」
お前達が振り翳す報道の自由とやらにはウンザリだ
「Do you know the time difference between Washington DC and Tokyo?」
東京とワシントンDCの時差を知っているか?
「Everyone needs a proper vacation, especially soldiers on the battlefield.」
適切な休暇は誰にだって必要だ、戦場に身を置く兵士なら尚更。
「Sana's nails were painted by a friend as a parting gift, any complaints?」
サナの爪は餞別に友達が塗ってくれたそうだ、何か文句でもあるか?
「Look closely, you peaceful reporters.
Their physical condition directly affects the success or failure of the operation, which is why I asked them to refrain from reporting.」
よく見ろ、平和ボケした記者ども。彼等の体調の善し悪しは作戦の成否に直結する、だから報道の自粛を求めた。
「Didn't you know? They came to Japan for a big operation.
I'm amazed at the hospitality they show to those who come to help Japan.」
知らなかったか?彼等は大きな作戦の為に来日したんだぞ?
助けに来た彼等に対するおもてなしがこれか、恐れ入る。
彼等は米軍だ、そして私達は米軍の作戦の邪魔をしていた。
それに気付いた、今は、今は、手遅れだ・・・
目と鼻の先では巨人特殊部隊が戦闘を開始した、大きな武器を手に彼等はミサイルでも倒せないという第一級敵性生物と・・・
巨大な蛇の塊、蛇玉の首が数本此方へ飛んで来た、私達が居る階層より少し上の階に首が衝突する。
「ひ」
「きゃあああ!」
「うああ!」
揺れるビル、目の前を首と真っ黒の体液がボドボドと落下していった。
悪臭が鼻を刺激して、ストレスもあって吐きそうだ、周囲は吐いたり失禁したり狂乱に陥ったりと地獄絵図だった。
「Hell, right? You insulted them fighting in hell.」
地獄だろう? お前達は地獄で戦う彼等を侮辱したんだ
私達に必要だったのは彼等を面白おかしく特集する事じゃない、彼等の献身に対する敬意と感謝を示すべきだったのだ・・・




