訪日 4
「ん・・・」
心地よい微睡みに身を任せ、ゆったりと意識の覚醒を感じていた。
見覚えの無い間取りに一瞬此処が何処か困惑して、ああ日本に来たんだっけとぼんやり思った。
少し狭いベッドにリリィと眠った私は、いつもの如くガッチリ彼女におしりを掴まれている。
まあ私の方もリリィの胸にくっ付いているからお互い様なんだけどね、元々ママのハグが大好きだったからバストに包まれる多幸感が本当に好きだ。
ふわふわの感触と落ち着く鼓動、そして汗とボディシャンプーが入り交じった匂い、幸せのひとつだよこれは。
「ふわぁ・・・」
先に目が覚めた私は、横須賀米軍基地のホームから出てすぐ近くに設置してあるビーチチェアに腰を下ろした。
仮設だけどしっかり防音処理のしてあるホームで隣にはライアンのホームもある。
朝食までは少し余裕があるので、ジーンズとミュール、キャミソールのみのラフな格好で手の爪の手入れを始めた。
アメリカ出国前にマニキュアを塗ってもらったからそこまで手間は掛からない、ついでに足のネイルケアもしよう。
うーん、ペディキュアかクリアだけでも買ってもらおうかな?
手の爪はピカピカで、足の爪はイマイチなのも気になる。
「Hi! Sana」
「Hi!!」
横須賀米軍基地所属の隊員は昨日から頻繁に私達に会いに来る。
娘がライアンのファンなんだ、サナ一緒に写真頼む、任務頑張ろうぜ、と言って積極的にコミュニケーションを取って歓迎されていた。
今も何人も通り掛かっては手を振って行った。
「あ゛ー・・・」
ふらりとホームから出て来たリリィにギョッとした、Tシャツ1枚で出て来たリリィは下着を着けていない。
「ちょっとリリィ、なんて格好で!」
「んあー? Tシャツ着てるじゃないか」
裸族なリリィは寝る時は裸、そして室内ではキャミソールとショーツ、または裸Tシャツのみの格好が多い。
慌ててホームへ押し込んで、着替えから下着を取り出した。
「ほら下着着けて」
「あ゛ーー」
フラフラのリリィはTシャツの上にブラを着ける、もう手が掛かるんだから!
私はブラを剥ぎ取るとTシャツも脱がせて、ってショーツも履いてないじゃん!?
殆ど動かないリリィにショーツを履かせ、ブラもバストを零して着けてるので、仕方なく寄せて集めてカップに納めた。
Tシャツを被せて、ジーンズは履かせるのしんどいからホットパンツをねじ込む。
「サナは良い子だねぇ、アタシの嫁になってくれよぉ」
「何言ってるの」
「んー」
リリィは私の後頭部に手を回して抱き締めると、何度も何度もキスを落として来た。
ちょま、キス激しッ、ッ!?
完全に寝惚けてるね、まあワシントンDCと日本の時差は13時間あるから仕方ない。
ほぼ昼夜逆転なので日本で睡眠に入っても浅い眠りか仮眠くらいにしかならなかったのかな?
私も正直重だるいし・・・
作戦開始は3日後だから、それまでに体調は整えないといけない。
今回の作戦は1日2日の短期作戦じゃない、東京に蔓延る数十万のモンスター掃討だから短くても1、2週間、長いと月単位の期間になるだろう。
私達巨人特殊部隊が負傷したりすると第一級敵性生物の処理効率が落ちるので更に期間は延びる、体調を万全にしておくのも任務のひとつだ。
「おはよう、リリィ、サナ」
「おはよう、ライアン」
リリィが半分死人のような状態で支えながら外へ出ると、ライアンも丁度起きて来た所だった。
「ライアンは時差大丈夫そうだね」
「ああ、朝に海を泳いでシャワー浴びて来たんだ、運動して体を起こすのが一番だからな、眠いっちゃ眠いぜ?」
NHLで遠征慣れしてるライアンはあまり問題無いようだ。
朝食摂ったら私も軽く運動して汗流そうかな。
***
「私に面会?」
朝食を摂った後、ビーチチェアに腰を下ろした私はタブレットでハイスクールの予習する箇所を見繕っていた。
少しお腹が落ち着いてから運動しようと思っていた所へ、マイクさんがトレーラー満載のコーラ(オリジナル)を持って来て言った。
ふふ、そう言えば初めて横須賀米軍基地に来た時もマイクさんがコーラ持って来てくれたっけ。
「自衛隊が言ってたぜ」
「分かった、ありがとう」
リリィは腹ごなしに散歩へ、ライアンは港湾へコンテナ積み下ろしの手伝いに行っている。
私はタブレットをホームの玄関に置くと面会場所へと向かった。
「サナちゃん!」
「小夜さん!?」
面会に来たのは小夜さんだった
「「大丈夫? 怪我してない?」」
私達は全く同じ事を同じタイミングで言った、小夜さんからしたら私は戦っていたし、私からしたら小夜さんは危機一髪だった。
「ぷ」「ふふ」
互いに口元を緩めて、私達は笑いあった。
「ごめんなさいサナちゃん、私の力不足で貴女に辛い想いをさせたわ」
「私こそ、最初から全部諦めて何も言わなくてごめんなさい、小夜さんの事信頼してなかったって思われても仕方ない態度だったよね」
小夜さんは私に謝罪した、話を聞くとどうやら小夜さんと防衛省上層部、大臣、総理との情報のやり取りが上手く機能していなかったそうだ。
小夜さんから挙がった報告や上申書類が、防衛省の巨人担当部署で止まり、その部署から上にはまた違う内容の報告が挙がっていた。
そのせいで多くの行き違いと待遇の悪化が確認、結果として私は追い込まれてしまったと言う。
それに対して私だって、小夜さんに何も言わずに察してちゃんになっていた。
ジョセフさんやリリィにも言われたけど、要望を言わないでいたのは私にも落ち度があった。
しっかり自分の意見を伝えた上で、それでも押し通すならワガママとも言われるけど。
ダメならダメで妥協なり引き下がるなり交渉をする分には当たり前の権利があったはずだ、と。
あの時の私は遠慮して何も言わなかった事も問題のひとつだと気付いた。
「でも、サナちゃんが言っても叶えられる体制じゃなかったわ、どちらにせよ私達大人の不手際よ。
だから、ごめんなさい・・・」
「小夜さん・・・」
頭を下げる小夜さんは最後に会った時より小さく、痩せて見えた。
「私、別に恨んでないよ、小夜さんにはお世話になったし色々辛いこともあったけど。
それでなくてもリリィにアメリカに誘われてたら行っていたと思う、やっぱりあの時巨人は私だけっていうのはかなり辛かったし」
本当に辛かったのは日本で唯一の巨人であったことだ。
横須賀米軍基地でリリィに初めて会った時だって、ホッとしたのを覚えている。
巨人という立場、巨人になってしまった気持ち、愚痴や弱音を吐き出して、ひとりじゃないんだと思えた事がどれだけ救われたか分からない。
今ではハイスクールの友達も沢山居るけど、巨人の仲間が居るという安心感はまた別の話だ。
日本で高校に通い続ける事が出来ても、1人で悩んでいた可能性は高いと思う。
「あと、小夜さんは私が米軍に入った事も気にしてるけど、私は後悔してないよ?」
「サナちゃん・・・」
「ママもパパも、みんなも居るし、それに私の給料21万2000ドルだよ? お金持ちなんだから!」
「ふふ、そう・・・」
「うん、だから小夜さんはそんなに気にしなくて良いからね?」
「ええ・・・、ええ、そうね、ありがとう、サナちゃん」
小夜さんは笑っているのか泣いているのか、何とも言えない表情になった。
当時から小夜さんは心を砕いてくれた、きっと今も何か出来る事は無いかと模索しているに違いない。
両親やクラスメイトも私を心配してくれる、だから私に出来る事は絶対に怪我を負わず、作戦の成功に全力尽くす事だけだ。
私はそう心に刻んだ。




