小夜 7
巨人特殊部隊が来日する予定日、私は対策本部ではなく神奈川戦線の立ち退き拒否をしている住民の説得の応援に回っていた。
若者は比較的フットワークが軽く、そそくさと首都圏から離れて行ったのに対して、高齢者の特に持ち家の住人は、こと此処に至っても転居を拒む人が相応に居た。
東京空爆作戦の日取りは何があろうと変更は無い、作戦決行日に向けて立ち退きは急務だった。
「断る、帰れ!」
「お前らが戦って守るのに何故出て行かなければならない!」
「100億持って来たら移動してやるよ」
「お姉さん美人だね、ちょっといい?」
話にならない住民は強制排除された。
名目は全て公務執行妨害、暴行、暴言、脅迫、強要、金銭の要求。
全部公務執行妨害で引っ張った、平時でよくある警察官の「まあまあ落ち着いてよ」とのらりくらりと対応するシーンは皆無だ、該当の行為があった時点で即公務執行妨害、関係省庁は頭を抱えたらしいけど、作戦は止まらない。
説得に応じる人間はとっくに残っていないので、一切の容赦は無かった。
「儂は1人で戦うと言っているだろう!貴様らのような腑抜けに任せられるか!
ましてやメリケン共などっ!」
そう噴き上がるのは90を過ぎた御老人だった。
日本刀を片手に、もう片方には骨董品のような年季の入った拳銃を持って、警察官と自衛官を威嚇する。
「あれ、九四式拳銃ですよ、旧日本陸軍の拳銃です」
「撃てるの?」
「まさか、80年以上も前の拳銃ですよ、内部機構は手入れしていたとしても、弾丸は・・・」
一緒に回っていた同僚がなんとも歯切れの悪い返答をした。
大戦時代の不発弾だって信管が生きているのだから、保管が適切なら可能性はゼロじゃない。
老人の近くには片腕から血を流したスーツの男( なんだゴミか)が腰を抜かして傷口を押さえていた。
玄関口で仁王立ちの老人と、少し離れて物陰に隠れる警察官自衛官による睨み合いの様相だ。
とある住宅で苦戦しているから応援を頼む、と近くに居た私達が急行した所のこの騒ぎだった。
「九五式軍刀、ガチモンですよ・・・」
「説得の際、空爆するから避難して下さいって話を出した途端にスイッチが入っちゃったみたいで、1度引っ込んだと思ったらアレだよ」
こそこそと横から別の自衛官が話に加わった。
「あの世代だと空爆、米軍、なんてワード聞いたら・・・」
「メリケンの手先か貴様!って、抜刀してきたからね・・・」
抵抗する住民は強制的に排除していいと上から許可は出ているけど老人は年齢が年齢だ、手荒な真似をして骨折ひとつ取っても結果的に致命傷になりかねない。
厄介な事に、眼はギラギラとして油断無く周囲を見定めているし、足元というか腰はどっしりと構えて本当に老人かと疑いたくなる程お元気だ。
「あまり時間掛けたくないわね」
「それは勿論」
避難、退去を求める区域だ、化物は目と鼻の先に居る、拳銃の音ひとつで集まって来る可能性は高い。
警察官は拳銃を携帯しているし、随行している現場本職の陸上自衛官は89式小銃を、私でさえ9mm拳銃を預けられている程の危険な区域だ。
銃を持っているから護身は出来る、でも発砲したら最後、大群が押し寄せて来かねないのだから気が気じゃない。
***
事態が動き出すのにそこまで時間は掛からなかった、老人が急に顔色を変えて日本刀を落とし、胸を押さえた。
恐らく持病かなにかだろう、年齢、興奮、ストレス、原因はいくらでもある、その時だった。
パンッ!
乾いた音が住人の居ない住宅地で響き渡った、拳銃が生きていたのだ。
発作の拍子に握り込んだ手がトリガーを引いてしまったようだ。
「か、確保ー! いや、救急搬送だ!急げ!」
警察官の対応は早かった、刀と拳銃を取り上げ老人を捕まえた。
救急への電話をする者、他数名が住宅に駆け込んで程なくお薬手帳と健康保険証を持ち出して戻った。
救急車をこの区域へ入れる訳にはいかない、警察官が回した車両で老人は区域外へと移送。
あっという間、発砲から5分も経っていない、私達も警察に続いて移動しようとした
カサリ・・・
反射的に音の正体を確かめた。
体長2m程の巨大蟻が3階建てのマンションの屋根から此方を覗き込んでいた。
パンパンパン!ダダダッ!ダダダッ!パン!
私も他の隊員も訓練通り安全装置を解除、正確に化物へ射撃を行った。
的は大きく、距離が近い事もあり、弾丸は全て外れる事無く対象に吸い込まれた。
ジュウジュウと腐食性の高い体液を垂れ流した蟻は動かなくなる。
サササササササササ・・・
「撤収だ!戦線まで後退!」
「いつまで腰抜かしてんだよ、お前は!立て!」
「急げ!来るぞ!」
ザザザザザザザザザ・・・
黒い波が近くへ迫る音が聴こえた。
***
ナビ通りに真っ直ぐ戦線へ後退出来たら、どれだけ楽だっただろうか。
都心程ではないにしても、曲がった先が車で塞がれているというのは少なくない。
「くそっ、ここもか!」
後ろから迫り来る巨大蟻の移動速度はそこまで速くない、それでも右へ左へ思うように走れない車では引き離すことも難しかった。
「ここを抜けたら来た道を・・・、っ!?」
漸く構築された戦線への道筋が立ち、大通りへ出た瞬間、ソレは立っていた。
狼型の第一級敵性生物、私達人間が絶対に出会っていけない敵がそこに立ち塞がっていたのだ。
「バカな・・・」
後ろからは巨大蟻の大群、前には体長20から35m程の狼。
正直な話、巨大蟻の方へ突っ込んだ方が生存確率は高いと思われる、何故なら狼型の敵はアメリカ軍からデータが供与されていて、どれだけの戦闘能力を有しているか分かっているからだ。
初速は80km/h、確認されている最高速度431kn/h、動きは俊敏で音速並の鉄球を回避する反射的神経を有している。
顎の力は鉄筋コンクリートを噛み砕き、体表を覆う毛皮はミサイルの直撃でも致命傷は与えられない程の強靭さを持つ化け物だ。
米軍でも討伐記録は巨人特殊部隊に限られる、そんな化け物が目の前に居る。
逃げられない、もう捕捉された。
車を捨てて建物へ逃げ込むか、いや、蟻に追い付かれる。
「くそっ!」
89式小銃のフルオートも無意味に終わった、ミサイル1発では致命傷にならないのだから、小銃など牽制にもならなかった。
ああ、こんな所で・・・
突然の死を前に私の頭は真っ白だ、何も考えられない。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ・・・
「え、ドローン?」
目の前、いいえ、私達自衛官が乗る車両数台を囲む様にドローンが数機飛んでいた。
他にも数十機、空を飛んでいるのが見える
『Don't move. If you move, you die.』
動くな、もし動けば死ぬぞ
『Hey Yves, this is Japan, isn't it better to speak Japanese?』
おいイブ、ここは日本だ、日本語の方が良いんじゃないか?
『Oh, um...ソコウォ、ウゴクナ、ウゴケヴァ、死ゾ』
ドローンから語られたのは英語で、女性の声だった、かなり若い。
『Hey, can you hear me? You copy?』
ねえ聞こえてる?分かった?
「あ、I copy.」
『Good boy.』
いい子ね
通信が終わるのと同時、フと巨大な影が私達を覆った。
「星条旗?」
「違う、アレは落下傘・・・」
「Ha ha! You're late to the party!」
ハッハー!パーティーに遅れたか!?
「Ryan, I'll take care of the wolves, Lily, hurry up!」
ライアン、狼は私に任せて、リリィ急いで!
『It'll take 20 seconds. Well, go ahead and start.』
20秒は掛かる、まあ先に始めてくれよ
全身が凍り付いた巨人が2人、日本の地へ降り立った。
ドズン!ドズン!と彼等は私達を守るように着地、大柄な20m程の男性巨人はきっとRyan Gonzalez。
そして小柄な女性巨人は、ゴーグルと髑髏のフェイスマスクで顔は分からない。
でも見間違う筈もない綺麗な金髪、彼女はSana Sato. サナちゃんが来てくれたのだった。




