小夜 5
寒さも和らぎ、春の息吹を感じ始めた季節、サナちゃんは驚きの呟きを発した。
I'm going to high school.
高校へ行きます。
SNSをやっている事からPCもしくはタブレット端末を持っているし、電子黒板が普及しているアメリカで学びの場を得る事のハードルはかなり低かったようで、雨の日以外はキャンパスへ実際に登校する事になったと言うのだ。
I have chosen to become an American citizen, thank you.
アメリカ国籍を選択しました、宜しくね。
ついでのように投稿された内容は日本の政府、防衛省、外務省辺りの関係者の肩を大きく落とさせた。
SNSから伝わってくる、日々の幸せそうな内容の呟きで遠からず国籍選択をするだろうと予想はされていたけど、現実にそうなると私も勝手な思いと自覚しつつ寂しい気持ちになってしまった。
それからは楽しそうに高校生活が綴られた。
通学途中の町中で知らない人とランニングして仲良くなった、とか。
クラスメートとランチを食べた、とか。
ボランティアクラブで木を引き抜いたり、屋根を修理した、とか。
チアリーディングクラブのトライアウトに合格したので、クラブ入りました、とか。
実はトライアウトに向けて練習してました、見てください、と言って5回宙返りの動画を投稿してバズったりと。
春先になってサナちゃんの身の回りが活発化している矢先、アメリカ合衆国から齎された映像に衝撃を受けた。
『The Guardians』
政府中枢と東京災害対策本部付けの一部人員のみに公開、守護者達と題されたアメリカ軍の対災害戦闘任務の記録映画だ。
映像はサナちゃんをメインに据えた構成で、巨人特殊部隊での初の任務参加から始まった。
隊員の記録カメラによる一人称視点と支援ドローンによる三人称視点で、サナちゃんは補給任務に着いていた。
しかしイレギュラーの発生、新型敵性生物の登場で事態は変わる。
その場ではサナちゃんを含む巨人特殊部隊全員での戦闘、対処後には事前の取り決め通りサナちゃんだけを後退させる命令が下る。
途中サナちゃんは1人だけ逃がされた事に悩み、そして命令違反をしてまで戦いの場へと引き返した。
目と鼻の先では支援火力のミサイルが爆発する戦場で、巨人特殊部隊が一丸となって新型敵性生物に当たる。
・・・
・・・
・・・
これがハリウッド映画なら楽しんで観れたくらいに迫力と構成は王道を歩んでいた。
でもこれは記録映画、つまり現実にあった戦場の映像だ。
サナちゃんを知る私からすると、手に汗握るどころか心臓に悪いシーンばかりで観終わった後はグッタリとなってしまった。
私はサナちゃんを子供だと、そう思っていたけど、映画の中の彼女は一人前の軍人として敵性生物を倒した。
また、命令違反の箇所も本来のサナちゃんの性格を考えると従うであろうと予想出来たのに、苦悩の末に仲間を助けに戻る決断をした所で不覚にも涙が我慢出来なかった。
日本に居た頃、御両親を助けに基地を飛び出した時も似たシチュエーションなのだけど、あの時は都内を歩く事は控えて欲しいと、あくまでもお願いの範疇の取り決めだった。
今回のはアメリカ陸軍で正式に新兵教育は受けているので、命令違反についての問題もサナちゃんは十分理解しているのだ、それでもあの子は命令に背いて仲間を助けに行った。
子供だと思っていた彼女は、たった数ヶ月の間に私の知らない大人のサナちゃんになってしまったのだと、何処か寂しいような、嬉しいような、複雑な気持ちに感極まった結果だった。
「まいった、これをエンタメに落とし込むのか・・・」
隣りの交渉担当官の彼は席で脱力したように呟いた。
「エンタメって、どういう事?」
「これは端的に言えば合衆国のプロパガンダだ、穴から化け物なんて現実味の無いファンタジーのような出来事を、理解せずに他人事だと考える人も少なくない。
それを本物の映像のみで構成された、アメリカ最大の娯楽である映画にしてしまった。
言葉は悪いけど化け物も巨人も、人からするとどちらも異物だよ、それを敵味方に色付けして、巨人は身を呈して国の為に戦っていると知らしめた」
「それは、そうだけど、でも何故そんな事を合衆国が・・・、というよりホワイトハウス主導なんだろうけど」
「市民権を得る為だよ、この映画のお陰で彼等はアメリカに真の意味で受け入れられる。
恐らくサナちゃんのSNSもその一環だ、美味しい食べ物を喜び、オシャレを楽しみ、勉強して、ボランティアもクラブ活動もする、そして誰かの為に戦ってくれる隣人だと」
確かに言われてみると、これまでは軍広報が窓口で巨人の情報を小出しにしていた。
年末からSNS、春に高校入学、アメリカ国籍選択と、限定的だったサナちゃんの社会性が随分と解放されている。
巨人特殊部隊では、隊長アンドリュー・オコナーが元警官、副隊長で生え抜きの軍人リリィ・クロフト、元メジャーリーガーのランディ・ジェイソン、元フットボーラーのライアン・ゴンザレス、医学博士で研究員のジャック・ブラックの5人はそれぞれ成人していた事もあって、ある程度の社会性を有した立場でいた。
サナちゃんは日本からアメリカへ渡った事でその辺りが出遅れているし、未成年なので軍も露骨に彼女を表に出す事はしなかった。
SNS解禁辺りから一連の流れは明らかに国主導の意図が見え隠れするものの、日本の時と比較してサナちゃんの周囲には味方がとても多い。
巨人特殊部隊、有名人やスター、街の住人に高校の同級生と、たった数ヶ月の間に生活圏での市民権を獲得していた。
***
その後、映画は全米公開。
収益は被災者救済に半分、残りの半分は巨人の支援に使われるとホワイトハウスは発表していたが、早々に巨人特殊部隊は全額の寄付を連名で約束していた。
1から10まで、見るからに出来レース展開だけど、ボランティアや寄付が盛んなアメリカでこれ程分かりやすい社会貢献は無い。
下世話な話だけど、大反響の興行収入は3億ドルを突破、この時点で半分の1.5億ドル(170億円超)を懐に入れず全額寄付したのだから、誰もが認める存在として巨人はアメリカ社会で受け入れられた。
多分、映画の内容的に個々人には危険手当か傷病手当の名目で恩賞金は支払われているんだろうけど、私なら1億だけでいいから下さいって言ってしまうと思う。
サナちゃん立派だなぁ・・・




