小夜 2
「お、小夜じゃん、怖い顔して・・・、つか殺気撒き散らして、どうしたよマジで」
「・・・」
途中知り合いに会った、施設科の隊員だ。
後ろが騒がしい、彼を無視して私は階段を飛び降りる
「おいおい、待てって!」
後を追い掛けて来た彼に肩を掴まれたのと私が会議場3のドアを開けたのはほぼ同時だった。
「離して」
「訳を話したらな、人でも殺しそうな勢いの奴見つけて放置出来るほど呑気じゃねえよ」
「それは・・・」
「はははは! だから言っただろ、上手くいくって!」
私と彼の問答は会議場から聴こえてきた声に遮られた。
「でも巨人はアメリカに行っちゃったけど」
「ああ、あれは勿体なかったな、まあ東京災害の日にアイツ天王州基地を飛び出して都内を走り回ったらしいからな、適当に器物損壊の補填とかで請求したらいけるだろ、新部署の、しかも法的にはみ出しものの巨人の予算なんてガバガバだからな!」
「しかも東京災害の大混乱で真偽は不明」
「中卒の女なんてバカしか居ないからな、世話してやってるんだ、これくらいは正当な報酬だろ」
「おー、成程、そういう事かクソが」
「「!?」」
背広組の馬鹿2人が間抜けな顔を晒した。
彼は全てを察したようだった、施設科はサナちゃんと仕事をしていた部隊だ。
真面目に仕事を行う彼女は施設科隊員からの評判は上々、かなり好かれていた、髭の中隊長からもお褒めの言葉を戴いている。
「っ、今のは別に、」
「うるせえ死ねよ、いや殺すわ、死ね」
「待って」
「あ? なんだよ小夜、お前も殺りに来たんだろ、大丈夫だ、今更東京で死体袋が2つ増えようが誤差だ誤差。
いや餌にしちまおうぜ、袋も勿体ねえわ」
「私は殺しに来た訳じゃないから」
「んだよ、じゃあ俺が殺すから黙ってくれりゃいいよ、施設科の奴らで捨ててくっから」
「いいから、私は・・・、殴りに来たのっ!!」
青ざめる背広組2人の内、サナちゃんを特に貶めた方の腹を私は思い切り殴った。
「がっ、ゲェっ・・・、っ、っ!」
たった1発で戻したモヤシ、膝を着いて吐く頭を掴んで上を向かせ、腹を再び殴る。
「っ、っ、・・・っ!」
「こんな馬鹿のせいで処分を受けるなんてバカ、する訳ないでしょ、怪我の目立たない腹にして、それと殺して楽になんてしてやらない、からっ!」
「おー、確かにそれも有りっちゃ有りだな、こっちは任せろ」
「ま、待て、私は防衛省政務官の、」
何かを言わんとしたモヤシは彼に腹を殴られて膝を着いた。
私は何度も何度も腹を殴る、腎臓、肝臓、胃を思い切り殴り、最後に鳩尾へブーツの爪先を叩き込んだ。
モヤシの顔は赤黒くなり、最後には紫色になって泡を吹きながら必死に呼吸をしていた、地上で溺れるなんて最高の経験だと思う。
暴力、復讐、私刑、自衛官として失格だ、でも私は後悔していない、だってこんなにスッキリしたのだから。
程なくゾロゾロと廊下が騒がしくなってきた
「おい、どうすんべ」
「大丈夫、任せて」
遅れて会議場に入って来たのは事務次官、防衛審議官、防衛大臣の3人と数名の自衛官だった。
彼等は床に転がる2人を見て、私達2人も見て、目頭を押さえて固まった。
「げ、なんでこんなお偉いさんばかり」
「何が、あった・・・」
「さあ、私は花を詰みに来た道すがら不審な物音がしたので来たら、彼等が倒れていました」
「吐いてるな・・・」
「ええ、体調不良でしょうか、それともクスリ?」
「こ、・・・の、殴っ・・・」
虫の息のゴミが私と彼を指差して何かを言った
「殴られた、と言っているように聞こえるのだが?」
「ふふふ、おかしな事を言いますね、彼等が殴ったと言ったら殴った事になるんですか? 証拠は?」
「無いな・・・」
事務次官は大きなため息を吐くと審議官と防衛大臣に目線を送る、審議官は無言で頷き、防衛大臣が口を開いた。
「体調不良だな」
「体調不良ですね」
「どうやらそのようで」
「「!?」」
ゴミが驚愕の表情で固まると数名の自衛官に乱暴に引き摺られて連れて行かれた。
「小夜1等陸曹、キミの話は後日改めて聞くこととする」
「はい」
「それと・・・、2度は無いのでしっかり身を律するように」
「はい」
あっという間にお歴々と自衛官、ゴミは片付けられて、会議場には私と彼だけになった。
「あっさりし過ぎじゃね、何があったよ」
「貴方こそ察しが良過ぎじゃない?」
「俺ァ、髭隊長に言われて色々と調べていたからな」
「調べて?」
「おう、1番最初は家屋撤去であの子をセミトレーラーで運んだ時だったか、ドライバーの瀬戸って奴が「サナちゃんの様子おかしくありません?」って言ったんだ、俺はこんなだから「そうか?」っつったんだが「ウチの妹、学校で虐められて引きこもりになったんすけど、アレに近い感じするんすけど・・・」ってな」
「・・・」
「言われてみりゃあ、トレーラーの上で両耳塞いで蹲ってるのもおかしいなって事で髭隊長に言っといたんだ、そしたら「分かった、少し気にかけてみよう」って、その時はそれで終わったんだが。
蟻のバケモンが出て来てあの子が潰しに行った日、瀬戸が「芳賀さん、サナちゃんやべえすよ、完全にウチの妹と同じ顔してる」って言うもんだから、髭隊長に言ってあの子の身の回りを調べ始めたんだ」
「そう・・・」
「小夜、お前の日報も読んで、あの子の耳には雑音が届き過ぎる事もその時知ったし、巨人担当部署でやたらと羽振りのいい奴が2人居て、あとはもう東京災害でドタバタだったから、で最近また調べ直していた所にお前が殺人鬼みてえな顔で歩いているのを見つけた訳だ」
成程、羽振りのいい2人が先程のセリフを零していたら察するものがあって当然だ。
「で、小夜、お前は?」
私は説明した、今日総理を含む防衛省上層部による聞き取り調査があったこと。
その中で知った、サナちゃんが食い物にされ、ハラスメント行為があったこと。
「あー・・・、やっぱ殺しておけば良かったな、ローラーで轢くか?」
「随分サナちゃんの肩を持つのね」
素直に感情を表す芳賀が羨ましい、私は打算ばっかりだ。
聞き取り調査の時の上層部の反応からして、私の私刑行為は見逃される目算が高かった。
事実、事務次官に一言は言われたけど見逃された、アイツらの行為はサナちゃんを追い詰める要因だった。
でも、私もベストを尽くしたかと問われれば疑問符が着くだろう。
規定通りの報告で仕事をしたつもりになっていた、1番最初、サナちゃんを保護する時に上層部への直通の連絡先を手にしていたというのに・・・
もし、直接上層部に嘆願していたら、今もあの子は日本に居たのだろうか?
直ぐに担当部署による横領や上と下との情報分断を見抜き、天王州基地に避難民を受け入れなかったら。
PCを手に入れて、オンライン授業を受けられるように手配出来ていたら。
自衛隊がもっと有効的に適宜武力行使を出来ていれば、サナちゃんを仕事や戦いから遠ざけていれば、きっと・・・
いけない、最近は東京災害のせいかすぐに悲観的な感情に引っ張られてしまう。




