小夜 1
あの日サナちゃんが日本を去り、練馬区の【穴】からモンスターが溢れた日。
封鎖任務に当たっていた自衛官1200名、民間人数十万人に被害を出した東京災害と呼ばれた日に、日本の首都東京は終わりを迎えた。
民間人の被害者は毎日の様に増えている。
現在進行形の被害ではなく、あの日1日の被害の集計が膨大過ぎて終わっていないのだ、まだ正確な数字は出ていないが最終的な死者・行方不明者は300万人は下回らないと担当部署の知り合いが疲弊した顔で言っていた。
首都東京がモンスターに陥落するなど誰が想像しただろうか、日本の経済、政治の中枢が陥った未曾有の大災害はありとあらゆる事象に穴を空けた。
幸いだったのは政府の主要閣僚が全員無事だった事、約1週間で神奈川県に臨時対策本部を立ち上げられたのは混乱の度合いを考えると十分早いと言って良いだろう。
災害から10日後、アメリカ側が申し出てくれた支援の話しにモンスター掃討作戦があった、即ち東京空爆によるモンスターの殲滅だ。
日本側としては先ず死者・行方不明者の捜索と救出が先決だった、確かにモンスターの殲滅も必要な事だけど100万単位の人ごと空爆など国民は納得しないだろう。
自衛隊の再編成、そして東京の封鎖、天王州基地は機能していたので此処を基点に千葉戦線、埼玉戦線、神奈川戦線、静岡戦線を構築。
救出部隊は各戦線から道路を塞ぐ放置車両の撤去とモンスター討伐、行方不明者の捜索、遺体の回収を同時並行作業で行われた。
私はサナちゃんの御両親にサナちゃんのパーソナルデータを全て送信した、当然情報漏洩に当たる行為で処罰の対象だ、しかし今の所そんな様子は全く無かった。
状況的にはただ見逃されているだけで、落ち着いたら処分が下るだろうとは思っている。
「小夜特別相談役」
「はい」
私の職務は折衝役から特別相談役となっていた、折衝する相手が居なくなったのでてっきり超常現象対策本部の方へ戻るのかと思っていたのだけど、待ったを掛けたのがなんと総理大臣だった。
神奈川戦線災害対策本部、とある会議室へ呼ばれた私は内閣総理大臣、防衛大臣、政務官、防衛審議官、防衛事務次官という自衛隊組織のトップと面談した。
「小夜1等陸曹、これは重要な聞き取り調査になる、嘘偽りなく答えて欲しい」
「は」
何故こんな事になっているのか、困惑しきりの私の返事は何とも中途半端なものになってしまった。
「ああ、そこまで固くならないでいい、とある問題についての、あくまでも事実確認に過ぎない」
こんな面子に囲まれて肩の力を抜けと言われても、抜ける程私は心臓は強くない。
「さて、小夜1等陸曹、・・・以下陸曹と呼ばせて貰うが、キミが呼ばれたのは他でもない、佐藤サナについての話だ」
まあ、そうだろう。
昨今の情勢、これだけのお偉いさんが私を呼び付ける理由なんてサナちゃんに関する事だとは予想は着いていた。
まさか情報漏洩の・・・、いいえ、私は後悔していない、彼女と御両親がアメリカでやって行くには必要となる情報だった。
「あー、陸曹、キミはサナ少女の折衝役として自衛隊の中では最も彼女と接していた、彼女が家屋撤去等の自衛隊協力で外出していた時を除いて、毎日欠かさず朝昼晩の3回顔合わせをしていた、これに相違は?」
「ありません」
事務次官が質問をして私が答える、総理や他のお歴々は資料を片手に頷いていた。
「次に、サナ少女に関する日報も毎日提出していた」
「はい、書類とメールを防衛省の担当部署へ送信、また複製を天王州基地に保管しています」
「少女サナが要望、または陸曹が必要と考えた物の上申書は?」
「都度、提出しています、ただサナちゃ・・・、佐藤サナはとても遠慮がちで基本的に彼女から欲した物はありません、ちょっとした小物、シュシュを発注したのは私ですが・・・?」
ここで事務次官がピクリと片眉を上げて怪訝な表情になった、後ろに控えていた秘書官と小声で何を話し合う。
「陸曹、少女サナが要望したものは、無い、と?」
「?、はい、彼女は、その、自衛隊の世話になっているのに恐縮していたと思います、本人と直接このことを話した訳ではありませんが、身の回りを税金で賄われている事を恐らく気に病んでいた節があります。
直近では思い悩んでいる様子で、食欲もかなり減っていたので・・・」
私がサナちゃんのありのままを伝えると皆表情を変えてザワつきだした、総理も不快そうに眉を寄せる。
「陸曹、少女サナは健やかに・・・、無事平穏に過ごしていたのではないのかね?」
「は? ・・・失礼しました、彼女は」
ここで私は言葉に詰まった、サナちゃんは・・・
「とても窮屈そうでした、不満を零すことはありませんでしたが、歳頃を考えるとやりたい事も欲しい物も沢山あったと思います。
それにモンスター出現による避難民受け入れで、住処をまた壁の無い簡易テントに移しましたし・・・
日報にも記載しましたが、彼女は滑走路の端から端までの距離を日常会話程度の音量を聴きとる程に聴覚に優れているので、近くに避難所があると余計ストレスが、」
「待て待て!」
途中で事務次官に止められる、ふと彼等は書類を指差して「話が違う」「事務次官!」「私の所へは何も」「バカな・・・」と驚愕に染まっていた。
話が違う? 私の所へは何も?
「まさか、報告、挙がって無いんですか?」
「・・・私が把握していたのは、食事量の増加、いくつかの要望品、それに伴う予算の追加申請、住居に関しては彼女の聴覚について知っていれば許可などしなかった」
「は?」
事務次官の話を聞いた私は、彼に詰め寄り資料を奪い取った。
食事量の増加? サナちゃんの食欲は日に日に落ちていった、なのに追加予算?
要望品はサナちゃんが学校のオンライン授業を受けられるようにPCまたはタブレット、周辺機器、これらは「贅沢品は許可出来ない」と返答が来ていたのに、予算は通っている。
何故?
私は担当部署へ報告を挙げていた、なのに上は知らない、つまりあの会議室に居た担当部署の背広組だ、あいつらが現場と上層部を分断させて横領した、それしかない。
食費の差額は1日数万円、月にすると100万を超える、PCは当然届いていない、他にも上申した覚えの無い物がリストに羅列されている。
「こ、れは・・・」
1枚の資料に私は目が釘付けになった、それはサナちゃんが巨大蟻の駆除に行った時、ヘリに乗っていた指揮者の通信記録だ。
『でももかかしもあるか! 君は自分の立場が分かっていないようだ、毎月食費に幾ら掛かってると思ってる、その服だってメーカー特注、寝床にしているアリーナにしたって数十億の建設費が掛かっているのだよ。
御両親に苦労させたくなければ大人しく命令通りに動くことだな』
ああ・・・、ダメだ。
私は人の役に立ちたくて自衛官になった、だからこの感情は自衛官として抱いてはいけない。
日本でたった1人の巨人、普通の女の子が突然置かれた境遇、あの子が1番の被害者なのに。
食べるのも、服を着るのも詰まられ、居場所さえも、家族を盾にどうしようも無い金銭の脅し・・・
よく覚えている、蟻の駆除の日、あの子は服が溶け、酷く疲弊した様子で元気が無かった。
『これだから中卒は』
望んで高校を中退した訳じゃない、仲のいい友達も居た筈だ。
学びの場を、繋がりを守りたくて挙げた上申書が「贅沢品」?
機会をあの子から奪い取っておいて、それが人間の言うセリフか?
「陸曹、お、落ち着きなさい」
「大丈夫、私は冷静ですよ、事務次官」
手の中でぐしゃぐしゃになった資料のシワを優しく伸ばす。
「そ、そうか」
「ええ、所で、お恥ずかしい話なのですが花を詰みに行っても良いでしょうか、スグモドリマス」
答えは聞かずに会議室から出た。
「ま、待ちなさい、小夜1等陸曹!」
「誰か彼女を止めろ!」
「小夜1等陸曹!命令だ、止まれ!」
確か巨人担当部署も此方の建物に移っていた筈だ、6階の小会議場3、本日も登庁して来た姿を確認している。
私は、冷静だ。




