勝利
ギィン!
金属同士がぶつかり火花が散る、泥の巨人は警棒で私の様子見の袈裟斬りを受けた。
手元に引き戻して平突き、の間に巨人が警棒を振り下ろす、私は受けずに足を引いて躱した。
私の身長は15mちょっと、対する泥の巨人はライアン並みの体格で目算約20m、身長差は4m強もある。
速さと小回りは私が、逆に力は圧倒的に泥の巨人が上だ。
相手の攻撃を受けてはいけない、掴まれてもダメだ、慎重に、大丈夫、私の方は相手の足を1本でも斬れば勝ちだ。
あっちは1人、こっちは後ろにみんなと米軍が付いている。
「はぁぁっ!」
踏み込む、隙を作って確実に殺ってみせる。
泥の巨人は警棒を振り回す、その力による一撃は脅威だけどアンドリューのような上手さはない。
見て覚えただけの、練習の伴わない武器の扱いは、短期とはいえ訓練を受けて来た私から見れば下手くそそのものだった。
ギンッ!
またも警棒で受けられた、でもこれは受けさせた一撃だ。
私は切り結んだ警棒に合わせて刀を寝せて滑らせた、スパ、と抵抗も無く泥の巨人の指4本を切り落とす。
「Guuuuuuu!?」
落ちた指と警棒、私の刀を見比べた泥の巨人は明らかに動揺を見せた、もしかして刀も少し長くて平べったい警棒とでも考えていたのかな?
いける!
刀を返すと逆袈裟に切り上げる、勝ちを確信した私の一撃は泥の巨人の胴を傷付けた。
浅い、腰が少し引けていたのか、欲が出て力んだか、必殺とは言えない、フとひと息吐いて意識的に腰を落として肩の力を抜く、これで終わりだ!
「GaaaAaaaa!!」
暴れて振り回すだけの拳を、右に、そして左に避けた時だった、拳から遅れてパッと黒い液体が眼を掠めたのは。
「ッ、目が」
しまった、指を切り落とした箇所から飛んだ体液が両目を塞ぐ、刀から片手を離して拭おうとした。
「Gruaaaaaaaa!!!!!」
反射的に刀を盾に構える、殺しきれない衝撃が刀を腕を全身が襲った。
足が浮き私は地面を転がった、体感としては一瞬、だけど100から150m位は吹っ飛んだ気がする。
「サナ!? ライアン!!」
「分かってるぜ!」
『何があった!?』
「サナの目が、・・・目に敵の体液が」
体は、無事だ、全身も装備のお陰で多分怪我は無い、偶然だけど刀での防御が成功したみたいだった、まともに当たっていたら絶対に立てなかった。
改めて片手で目を拭う、粘り気のある体液は綺麗に取り去れない、幸い泥の巨人の体液は酸性のあるものでは無かったようで焼けるような痛みがある訳では無かった。
でも、異物が入った痛みはあるのでまともに瞼を開けていられない、これじゃ・・・
『サナ、眼は? いけるか?』
リリィから問い掛けに私は
「えっ」
突如目の前が開けた、私は目を瞑っているのに
『こちらオペレーターのイブ、サナ見える?』
「イブ、これは・・・」
『胸当てのカメラの映像をコンタクトHUDに投影したの、被写界深度とか色々あるけど取り敢えずザックリ設定して』
「見える、これなら!」
『サナ、言っておくけどこれは貴女の胸の位置の視点よ、普段と違うし、何よりカメラの映像は指揮車を経由しているからラグがあるわ』
「ラグ?」
『そう、サナに見えている映像は僅かに遅れているの、それは意識して動いて。
それと胸当ての位置固定のカメラだから、首を振ったりする視点変更は出来ない、常に貴女の真正面にしか視点が無いことを理解して』
言われてみると確かにいつもの視点より低く、首を横に振っても見えている景色が変わらない。
刀を振る、一振り、ヒュン・・・、もう一振り、ヒュン・・・。
ラグはほぼ感じない、意識してまあ遅れているかな?と感じる程度で、体感的には問題無かった。
「OK、イブ、ありがとう」
泥の巨人はライアンとアンドリューが2人で押し留めていてくれた。
「ライアン!アンドリュー、大丈夫!任せて!」
私の声を聞いた2人は即座に間合いを取った、その瞬間
「何!?」
ライアン、アンドリュー、そして私も驚いた、泥の巨人が背中を向けて走り出したのだ。
『逃がすな!』
反射的に私は後を追う、間は500m程でそこまでは離れていない、泥の巨人はかなり速いけど、それ以上に私の方が加速に優れていたようでグングンと距離を詰めていく。
後ろから来る2人の足音は少しずつ離れて行っている気がする、本来なら走る距離が伸びれば伸びる程ライアンの方が速いタイムの筈なのに。
2人とも私から離れて行くという事はこれ迄の疲労か、走るのに支障のあるダメージを負っているということになる。
これ以上みんなに負担は掛けられない、此処で終わらせてみせる!
『逃げる先に第一級敵性生物は!?』
『問題無い、空爆と基地からたっぷりミサイルを撃ち込んでいる、其方へは絶対に行かせない』
幾度か交差点を曲がり、相手との距離は200を切った頃合いに泥の巨人は立ち止まった。
そこは五叉路の大きな交差点で、全面鏡面のビルを背後に半身になって此方を見据えている。
私は刀を肩に担ぐ様な構えで突っ込んだ
「ハァァァァァァ!!!」
巨人の身体能力で相対距離はあっという間に消える、残り100m、トップスピードにのった私の脚なら3秒も掛からない間合い。
「サナ駄目だ!止まれ!」
アンドリューの叫びが聴こえる、直後、その意味を私は理解した。
泥の巨人の見えない半身側の片手に、巨大な槌が握られているのが見えた、あれはライアンのッ!?
自分の目で見ていた視界ならもっと早く気付いたかも知れない、カメラ越しの瞼の裏に映った今の私の目は泥の巨人だけを注意深く観察する事は出来なかった。
広角の記録用カメラなのでピントが何処にも合わない、全体的にベターっとした感じでソレを見落としてしまった。
「Gu.fuhahahahaha!!!!」
泥の巨人は嘲笑った、完全に誘い込まれた。
止まる?
無理だ、この速度と距離ではもう止まれない。
左右どちらかに逸れる?
多少は行けるかもしれない、でも速過ぎて逃れられる程は曲がれない。
もう数歩で間合いに入る、巨人の力に槌の一撃、確実に、私は、死・・・
「アアァァァァッ!」
振り被る巨人、槌、永遠とも思える引き伸ばされた体感時間は走馬灯か、私は、
ドッ!
全力で踏み込み、巨人の手前で跳躍した。
振り下ろされた槌にグシャリと胸当てが砕かれ、固定用のバンドがちぎれる。
さらに掠めた槌でジャケットのチャックとボタンが弾け飛んだ。
回避出来るつもりだったけど、そうかラグあったのを忘れていた。
カメラが着いていた胸当てが無くなった事で視界はまた暗闇に戻る、だけどもう視界はなくても問題無い、身体を空中で捩り反転、ビルの鏡面に着地。
砕けるコンクリート、全面ガラスが衝撃で同時に割れる音を背に、私は斜め下に居る筈の巨人へ向けて飛び下りた。
無理矢理開けた視界にはぼんやりと浮かぶシルエット、それで十分。
「これでッ、終わりだァァァァーーーッ!!!」
全身全霊で振り下ろした刀にキンッと硬質な感触、どうにか着地を成功させ、不快な嘲笑が聴こえない事で確信、私は血振りを2回した
ヒュン、ヒュン、———ィィィィン、カチン。
刀を納めるのと同時、何かが倒れる音を最後に戦いは終わったのだった。




