脅威1
私達の前に現れたのは巨人だった、ただ人の形を成しているもののコレを人とは言えないだろう異形のものだけど。
見た目はドロドロとヘドロのようなもので無理矢理形作った泥人形、身長はライアンと同じくらいの20mほどで、目の位置には濁ったガラス玉が2つ、鼻はなく、口は唇を削ぎ落として歯を剥き出しにしたバケモノだ。
「Gruaaaaaaaa!!!!!」
その見た目と叫びに全身をブワッと怖気が襲う。
声、というよりは獣の叫びと言った方がしっくりくるだろう音を発した巨人は1番近くに居たライアンに殴り掛かった。
「ッ、上等だ!」
殴り掛かったと表現しても大人が振るうフォームでは無い、まるで幼児が癇癪を起こしたような感情のままに拳を振り回した、そんな感じの拳をライアンは槌の柄で受け止める。
ズ、ドン!!
「ぐっ、このっ、馬鹿力が」
なんと受けたライアンは、アスファルトが陥没して体勢を崩された。
片膝を着いたライアンに今度は下からアッパーが突き刺さりふわりと浮く。
更に追撃は続く、前蹴りで胸を思い切り蹴られたライアンは、ゴキンと着ていたアーマーから嫌な音を立てて100m以上転がった。
「ライアン!?」
「サナ!目の前に集中しな!」
「はあ!!!」
アンドリューとリリィの動き出しは速かった、棒立ちの巨人へ警棒とマチェットが襲い掛かる。
しかし・・・
「堅いッ」
警棒は頭の表面を少し凹ませただけ、マチェットも上腕にいくらか食い込んだ所で止まってしまった。
「サナ、逃げろ!」
リリィの一喝にビクリとここで漸く私の体が動く、反転した私はバックパックを置き去りに駆け出した。
「何!?」「バカな!」
いくらか走った所でアンドリューとリリィの驚いた声に振り返ると、私の目の前に巨人が居て拳を正に振り下ろした瞬間だった。
「サナーー!!!」
(あ、これは無理だ)
振り返った半身の体勢だから回避なんて出来ない、私は襲い来る痛みに体を硬直させた。
「甘い」
ポツリと届いたのは淡々としたランディの声、そして目の前の巨人は胸にボンッと穴を開けて倒れた。
いつの間にか離れていたランディが鉄球の一投できっちり仕留めたのだ。
「っぶねー、サナ怪我は!?」
「あ、だ、大丈夫、ランディが助けてくれたから」
「流石だよランディ」
「ああ、大したことは無い、それよりライアンが」
「問題、ねえよ・・・、死ぬかと思ったぜ」
リリィは私に駆け寄ると体を確かめるように心配してくれた、アンドリューの賞賛にランディは相変わらず冷静な調子で答えた。
ライアンはボディーアーマーがグシャグシャに潰れたものの、大きな怪我もなく、少し頭を振ってふらつきながら立ち上がった。
『こちらコマンダー、皆無事か?』
「あ゛ー、まあなんとか」
『早速で悪いが検体の回収を頼む』
「言うと思ったぜ」
「まあ他のは既にサンプル取ってるからね、コレは初だ、仕方ないよ」
『今日は帰投後これで任務完了とする、第一級敵性生物討伐は後日に回す』
「コレで討伐は継続なんて言ったらケツ蹴り上げて月までぶっ飛ばしてるところだぜ」
「怪我はしてないけど肝は冷えたね、特に・・・」
「ああ、アンドリューも見たな? コレは背中を見せたサナを狙った」
「ライアンは近くに居たから、そして僕とリリィが敵対行動を示しているのにサナに襲い掛かった、背中を見てやれると踏んだ可能性が高い」
「・・・コイツ、知能があるね、少なくともこれ迄相手をして来たモンスターよりは高い知能が」
「オイオイ!考えるのは後にして帰ろうぜ、やる気も削がれたし、考えるのは得意な奴らに任せてよ」
「待て」
「ランディ?」
皆で立ち話をしているとランディが指を差した、その先には・・・
「バケモンが・・・」
胸に穴を開けた泥の巨人が立ち上がっていた。
ドロドロの真っ黒の体液が穴から零れ落ちる、人なら即死、そうでなくても失血死は免れないダメージだ。
「Gu......」
「Wooooooooooo!!!!!」
剥き出しの歯の間からゴボゴボと泡になった体液を撒き散らしながらソレは吼えた。
「キレてるな」
「だろうね、アタシでも分かる」
「胸がダメなら」
「頭、だろうね」
ジリと腰を落としたライアンは槌を構えた。
アンドリューもリリィもそれぞれ武器を構え、私もリリィの陰で日本刀を抜く。
「Guuuuu...」
中腰になった巨人は両腕を前にダラン下ろし、息を荒くしながらも動かない。
白く濁ったガラス玉の目からはやはり何も読み取れないけど、それでも相手がこちらの様子を窺っているのは分かった。
「・・・」
睨み合いは長くは続かない、ランディが鉄球の元へ走り出した瞬間、泥巨人も動いた。
まるで縮んでいたバネが跳ねるような跳躍で私達の頭上を超え、ランディへと飛び掛ったのだ、でも
「Hahaha!そう来ると思ったぜ泥野郎!」
ドガーーーン!!
更に上を取ったのはライアンだ、槌を大上段に構え泥巨人を地面へ叩き落とした。
「そうだよなあ!知能があるならテメーの胸に穴開けた奴を狙うに決まってる!」
トドメとばかりに振り下ろした槌を泥巨人は這って避けた、胸の穴かライアンの一撃か、どちらにせよ動きはかなりぎこち無い。
「はああああ!!」
リリィとアンドリューが追撃に行くも、やはり無視をした泥巨人は今度は私に向かって来た。
「サナ!」
大丈夫、来ると思っていたので私は訓練通りに構えて待ち受けた。
「GuAaaaaa!!!」
その異形の姿と力の強さ、叫び声に気を取られそうになるけど、やはり私の予想通り子供の癇癪のような右拳のフルスイングは素人のテレフォンパンチだ。
冷静に半歩、右腕の外側へステップを踏んで拳の軌道から身をズラし、通り抜け様に刀を振り抜いた。
あまりの斬れ味に手応えはほぼ無かった、それでも確実に泥巨人の右膝は切断されてヤツは地面へ転がった。
「Good jobサナ! 地面にキスして懺悔しな!」
足を失った泥巨人はライアンの槌を躱すことが出来ず頭を潰されて動かなくなった、流石に今度は生きていないようで立ち上がる様子は無い。
「ふう・・・」
「サナやるじゃん」
「うわっ、えへへ」
リリィは乱暴に私の頭を撫でた、しかし私は手がカタカタと今更震えてきて刀を鞘に戻せない。
「大丈夫、大丈夫だよサナ、よくやった」
そっと背中に回された手は優しく私を落ち着けた。
「隙を見て襲った訳ではないのか? となると危険度からの優先順位? ライアンの槌は脅威だ、当たればただで済まない、サナのカタナもまた同様だ、僕らの警棒やマチェットでは歯が立たないのを確認して?」
「思った以上に頭が回りそうだ、遭遇時点から戦闘開始、再戦までの短期間でキッチリ敵の優先順位は訂正されている」
「ランディもそう思う?」
「ああ」
【穴】から現れたモンスター達の行動は分かりやすい、殆どが近くに居る生き物か最初に目に入ったものへ脇目も振らず襲い掛かる。
そういう意味ではライアンを一番に襲い、次に胸に穴を開けたランディ、そして刀を持つ私を襲ったのは、これまでのモンスターとは違った行動原理になっていると思われた。
それでも、やっと終わった、そう思ったのは私だけではない、みんなも顔を緩ませる。
でも本当の戦いはこれから始まるのだと私達は直後に思い知る事となる。
『こちらコマンダー、部隊は早急に帰投せよ!装備やサンプルは破棄して構わない、繰り返す、早急に撤退だ、今すぐその場を離れろ!』




