巨人、己を知る新人教育
私がワシントン前線基地で受ける新人教育は座学と実践が大半で身体自体を鍛えるトレーニングは無かった。
その理由は私が巨人であるということ、巨人になってから身体能力は世界の頂点に立つほどのレベルになっていて、それは体の大きさに起因していた。
純粋に持久走をやって基礎体力を鍛えるにしても、1日に数百km走り、それを数日続けても疲労困憊には程遠いくらいの体力を持つ私らにとって、トレーニングは無意味と言わないまでも効率はあまり良くないとの判断だ。
だから私が学ぶべき事は米軍に在籍するに当たっての知識、座学と。
実践技術、つまり第一級敵性生物に対する白兵戦の戦闘訓練に絞られるのだった。
巨人特殊部隊の命令系統はシンプルで、部隊隊長はアンドリュー、副隊長にリリィ、その下にランディとライアン、そして私となっている。
アンドリューは元ニューヨーク市警の警官で現場の指揮経験がある、リリィは巨人部隊唯一の米軍叩き上げで彼を補佐する。
ランディとライアンは元々プロスポーツ選手で従軍経験は無い為その指揮下に着く、と言った具合だ。
ドクターは、ドクターだから現場に出ない、と言うよりも私から見てもドクターは運動神経が無かった。
歓迎試合で1人だけ泥まみれになり、エラーを連発する程に無い。
プロスポーツの経験が無い私でさえ、巨人になってから飛躍的に運動神経が上がったのを感じていたけど、一律、巨人が運動に優れると言う訳ではないようだ。
但し、ドクターは研究職が専門としていて現場の人間ではないらしいけど、それでも巨人が怪我をした際には治療をするという重要な役割を担っている。
そうだよね、戦えば怪我もする、怪我をした巨人を治療するのは簡単なことではないと私は知っていた。
日本で怪我をしたり毒に魘された時だって、私が自力で動かないとどうにもならなかった。
担当のお医者様は居たけど意識が朦朧としている私に近付いて口に薬を放り込む訳にはいかない、何かの拍子に私が人を害してしまう、そんな可能性があったからだ。
そういう意味では巨人のドクターはとても心強い後方待機要員として部隊に貢献しているのだった。
ジョセフさんが先ず提案したのはポーター、つまり輸送人員としての役回りだ。
巨人の装備は大きく重い、専用の救急キットや武具類はトレーラーで運ばれるけど、第一線まで車両を行かせると巨人の行動が阻害されかねないし、ワシントンの【穴】周辺は空爆で道路状況も良くなかった。
かと言って補給の為に巨人部隊を後方へ下げるにしても、巨人部隊はドクターを除くと私を含めて5人しか居ないので部隊運用上は全員下げるしかない場面が多かった。
そこで、補給部隊と巨人部隊を繋ぐポーター役を私が担う事で部隊運用効率が遥かに上がる、ということらしい。
「ご存知の通り、モンスターの体液はほぼ全てに置いて腐蝕性を有しています、白兵戦用の装備は今も耐腐蝕性を高めるよう日々研鑽を重ねていますが、現状使い捨てに近く、これらの輸送と前線に置ける装備の維持は多大な貢献と言えます」
巨人専用白兵戦装備はアンドリューが警棒2本、リリィがマチェット、ランディが特殊鋼製の球、ライアンが巨大槌で戦っているらしい。
ライアンのハンマー以外は特に消耗が激しく、警棒とマチェットは第一級敵性生物を相手に数体で限界を迎える。
そしてランディは鋼球を投擲しているので適宜補給が必要となっている。
「サナさんの武具も現在建造中となっていますのでお楽しみに」
「え?私の?」
「なんだい、その反応、ポーターと言っても【穴】近くを彷徨くんだ、だからサナにも戦闘訓練を受けてもらうんだし、その為の武器も必要だろう?
何が起こるか分からないからね、与えられた役割は役割として、不測の事態に備えてサナも戦える準備はしておくんだよ」
「あ、うん、そうだね・・・」
***
という訳で、私はリリィと武器を持って対峙していた。
武器と言ってもスポーツチャンバラで使うような柔らかい素材の棒で、叩いても叩かれても痛くはない。
「ほらほら、良く見て、そこで足引いて・・・、そうそう」
リリィが振り回す得物を躱したり、こちらも得物で受けたり、前腕のガントレットで受けたりして動きを覚える。
「ほれ」
「きゃんっ!」
ゆったりとした動きから少しずつギアを上げるようにリリィは振り回す、途中受け損なって頭にボスっと当たってしまった。
「うーん、日本から送られたデータによると、純粋な腕力はアタシら部隊の中で1番無いけどね、サナは部隊でも最も素早い筈なんだ、瞬発力、敏捷性、後は反射神経と柔軟性もかな?
だから理屈で言えばサナに攻撃を当てたり、捕まえたりするのは難しいんだ」
「えー、でもライアンの方が1km走は速いし、ランディの練習球は殆ど当てられるんだけど」
「あの2人は元々一流のプロスポーツ選手だから、経験則として動きが読まれんだよ」
「アンドリューは?」
「アイツも警官だから荒事に慣れてるし、アタシだって訓練してるからねえ」
「じゃあ、数字上では私が1番すばしっこいけど、実践じゃそうはならないって?」
「ま、そういうこったね、だーかーら、訓練してるんだろう? ほれ構えた構えた!」
「むう、はーい!」
ようは戦いに於いて回避と攻撃の動きを憶える訓練で、この後私はリリィにボコボコにされ続けて訓練を終えた。
巨人部隊は数日に1度、3人1組でワシントンの【穴】へ第一級敵性生物討伐任務に向かっている、基地ではドクターが待機、居残りの1人が私に訓練を施す、といったスケジュールが組まれていた。
教官がリリィの時は棒でボコボコにされ。
アンドリューの時は保護具を着けた警棒でボコボコにされ。
ランディの時は訓練用の球を投擲されながら近付く訓練でボコボコにされ。
ライアンの時は力任せにボコボコにされた・・・
そしてボコボコにされた私をドクターは一日の終わりに必ず診た、まあ定期検診は毎日義務付けられているんだけど。
「ったく、素人が・・・、私は研究者であって医者ではないと何度も・・・、これ以上私を煩わせるな!」
「ご、ごめんなさい・・・」
「良いかね? 巨人の治療には体に見合った大量の薬が必要だ 、しかし免疫機能が並ではないので効く保証は無いし、そもそも大量の薬の用意なんて一日二日で出来るものではない、怪我をしても私は腹を切ったり出来んからな! 医者が居るからと油断せずに傷は消毒して清潔に保ち、手洗いうがいは欠かさずにバランス良い食事と十分な睡眠を摂り、適度な運動をして・・・」
ブツブツと文句を言うドクターは、その口とは裏腹に私の目を診たり、喉を診たりと所作に淀みは無かった。
「・・・という訳で、巨人はCTもレントゲンもMRIも受けられないのだから違和感があったら直ぐに申し出るように、ああ、言わなくても私としては構わないがね? 苦しむのはサトー、キミ自身だ、因みに腹を切るだけなら出来るがそのまま閉じるだけでお終いだ、中身を切った貼った等出来ないから怪我など負うなよ」
・・・うん、ドクターは口が悪いだけで基本いい人だった。
「あと生理は来ているかね? セックスはしても構わないが避妊はするように、いや巨人の妊娠出産赤子には興味はあるがねhahaha」
あと配慮も無かったね・・・、配慮と言うよりアメリカンジョークなのだろうか?
ううん、ドクターの横、2階席に同席している私とリリィを担当している女医さん、エリスがゴミを見るような目になっていたからジョークじゃないねコレ。
それにランディもライアンもアンドリューも既婚者で子供も居る、そういう関係になるとしたら独身のドクターなんだけど、その辺りの意味を分かってて言ってるのかな。
あ、それも含めてのエリスのあのゴミ目? いやでもドクターをそんな対象として見れるかと言われると、
「impossible」
「は?」
「ぷッ」
ヤバ、うっかり口に出てしまった!
ドクターは分からなかったみたいだけど、エリスには伝わったみたいで噴き出して笑っていた。




