官僚の失態
「【巨人】が米軍横須賀基地にっ!?」
サナちゃんが天王洲駐屯地を出て米軍基地へ転居して数時間、防衛省の会議室では巨人担当のあらゆる部署の背広組が集まり対応を議論していた。
「なんて事だ!貴様が任せろと言うから!」
「貴重な戦力が国外になど、すぐに外務省から横須賀基地へ、いや、アメリカ大使館へ連絡を!」
「わ、私は、」
「黙れ!何が【巨人】を我等が手中に、だ!余計な事をしおって!」
「じ、自衛隊以外に行き場が無かったのも事実、皆も納得済の方策ではっ」
会議室では背広組、・・・官僚による責任の押し付け合いと口汚い罵倒の応酬が行き交っていた。
これらを黙って聞いていると、これまでサナちゃんへの対応の防衛省の意図が今更になって見えて来た。
サナちゃんの装備の充実は巨人の力の抑止力の観点から出し渋り、しかして将来的には自衛隊へ組み込んで
の運用を見据えていたのだ。
【巨人】と呼称し、サナちゃんの名を呼ぶ官僚は1人も居ない、人を見ずに数字しか見ていない管理は正に頭でっかちの背広組らしいと言わざるを得ない。
サナちゃんは16歳、自衛隊に入隊するには18歳まで待たなければならない。
天王洲駐屯地にその身を預けるサナちゃんは、事実上自衛隊所属と言っても過言では無かったが、正式な入隊手続きを済ませた訳では無い。
中卒、高校中退、行き場の無い巨人の有効活用、女がッ、国内唯一の巨人であるサナちゃんが米軍基地の敷地に入った事で冷静さを失った背広組は口を滑らせまくる。
ああ、学歴に拘る背広組らしい泥がそこかしこから吐き出されて反吐が出る。
つまりは2年後、18歳になるまでサナちゃんの頭を押さえ付けてマウントを取り、国防に利用する施策をこの場に居る背広組が企てたのが事の真相だと、今更、本当に今更分かった所でもうどうしようもないというのに。
「—————折衝役、おい!小夜折衝役!」
「・・・元、ですよ」
「そんな些事は置いておけ、今は【巨人】の事だ、連絡は取れないのか!?
聞けば新折衝役は家族の連絡先も確認していないと言うではないか」
「・・・取れますよ」
今日は本当に色んな事があった。
【穴】から敵性生物が溢れ、自衛官と民間人には多数の死傷者、サナちゃんは家族を助ける為に基地を飛び出し、結果自衛隊と警察には巨人に助けを求めたのに見捨てられたと言う自分勝手な通報。
巨人の管理を出来なかったという事で私はサナちゃんの折衝役から外され、代わりの折衝役は背広組が就き、その新折衝役の不手際でサナちゃん一家の米軍基地への移動。
まあ、あまりにも激動すぎる1日なので、新折衝役がサナちゃんや家族の情報を確認していないのも無理からぬ事だろう。
だからこそ元折衝役として私が呼ばれたのも理解出来る。
私の言葉を聞いた背広組は数人は「おおっ」と表情を明るくさせた。
「では早速、君の方からも交渉を・・・」
「お断り申し上げます」
何故、サナちゃんが苦労すると分かっていて私が交渉をすると思えるのか理解出来ない。
勿論防衛省以下、自衛隊所属の身としてはそうするべきなのは分かるけど、私は心情的に自衛隊へサナちゃんを戻すべきでは無いと断定している。
少なくとも、サナちゃん、サナちゃんのご両親、アメリカ合衆国が交渉をするなら、これまでの自衛隊の環境は最低でも保証されるだろう、つまりアメリカ合衆国に渡った方がサナちゃんは利を得る可能性が高いのだ。
呆気に取られ黙り込むも、数瞬後には顔を真っ赤にして怒声を飛ばす背広組を無視して私は会議室を出た。
そして、外の廊下で背広組の1人とすれ違う
「——さん、——さん、大臣と総理が説明を求めています!」
ああ、下っ端の私には判断がつかなかったけど、背広組の独断専行だったのか。
背後では悲鳴やら嘆きやら情けない音が聞こえて来たが、役職を解かれた私には知ったことではない。
私は端末を取り出すと、ご両親に向けてサナちゃんのデータを全て送信した。
身長や体重、体のサイズ、血液検査や怪我の回復、毒の耐性等、医師の所見、ありとあらゆるデータだ。
ご両親とアメリカの交渉でも材料のひとつにはなるだろうし、サナちゃんのパーソナルデータはアメリカでも無駄にはならない筈だ。
規則違反は百も承知、せめてもの罪滅ぼしになればと私は願った。




