笑顔
「改めて大使のジョンソンです、宜しく」
「宜しくお願いします」
「こちらは横須賀基地の基地長ゴンザレス、御一家の輸送、あなた方の娘さんは米海軍の空母を使用する予定になっているので事前の調整役として立ち会って貰っています、大まかな交渉は代理人として大使の私が大統領から一任されているのでこの場で決めてしまいましょう」
大使のジョンソンさんの言葉に私達夫婦は固まった、大統領から一任!?
「あくまでも交渉を円滑に進める為の措置ですので、まあ気楽に、先ずは・・・」
国を相手にする、いざ言われると戦々恐々とした気持ちにさせられたけど実際の中身はひどく常識的な内容に留まった。
先ず私達一家の立場については夫がアメリカ国籍なので、災害時の自国民保護を名目にアメリカへ渡航する事になる。
災害と言うのは勿論【穴】から溢れた化け物の群れの事で、実際東京のアメリカ大使館を閉鎖して現在こちらの横須賀基地で臨時大使館を設置している事でこれらの名目は保てる。
途中、職員の方が部屋に入って来た
「ジョンソン大使、日本から巨人一家の身柄について問い合わせが・・・」
「ふむ、・・・無視しましょうか」
「え!? その、国との話はあまり分からないけど。良いんですか?」
「問題ありませんよ、我々アメリカ大使館は自国民を保護、故郷へと送り届けるだけです。
そして此処は横須賀米軍基地でありアメリカ合衆国大使館でもある、この場に居る皆さんはアメリカの保護下にあると言っていい、大丈夫、少なくともあなた方が不利益を被る事にはなりません、安心して下さい」
話を聞いて私達はホッと一安心した、事前に電話でも話し合いを進めていたけど、国家間で何かやり取りがあってアメリカに渡れない可能性を不安に思っていた、大使はそれを否定したので少なくともアメリカへは渡航出来る。
問題はその先にあるのだけど・・・
「さて、まどろっこしい話は抜きにしてシンプルにいきましょう、我々アメリカに何を求めますか?」
「え?」
「出来る事、出来ない事は有りますが、あなた方の要求を言ってみて下さい、同時に我々からもそれなりの提案は有りますが、まずはそちらから」
私は夫と顔を見合せると、お互いに頷いて口を開いた。
「では、サナと私達をアメリカへ」
「可能です、承りましょう」
ジョンソン大使はニコリと笑って頷く、更に他には何か?と視線で促されたので続ける。
「サナの、生活の補償を」
「可能です、リリィ・クロフト巨人兵とは会いましたね、今の所彼女との共同生活という形になりますが、勿論受け入れる準備は既に整っています」
「ありがとう、それとサナに選択肢を与えて下さい」
「ふむ、選択肢、と言われると随分抽象的な表現ですね、具体的には?」
私達はサナの境遇について話した、衣食住問題、トイレ、生活環境。
自衛隊にお世話になっていたけど、天王洲駐屯地に建てられたサナの家アリーナは【穴】の災害の影響を受けて避難民を受け入れた事、そのせいでサナがクレーンの簡易テント暮らしになっていた事、・・・ひいては自衛隊以外に行く所が無かった事、その懸念を。
「なるほど、確かに現在の巨人を取り巻く環境は一般的な民間人と比べると不自由を強いています、ご夫妻の懸念も当然の事、しかし巨人となった者の生活を支えるには巨額の資金が必要で、それが可能なのはアメリカにおいても国が1番だと考えます。
その点に関しては・・・ご理解頂けますか?」
「はい、ですが自衛隊ではそのせいでサナは怪我をしたり、化け物を駆除する、との名目で・・・」
「ええ、我々アメリカでも娘さんの状況はある程度把握しております、誤解を恐れず言わせて頂きますが、サナさんにはアメリカ軍に入って頂きたいと我々は考えています、この我々と言うのは私、在日アメリカ大使、米軍、アメリカ大統領と言う意味です」
「っ、それは、」
反射的に忌避感を感じた、米軍に入ったらどうなるか不安しかない。
「これからあなた方の不安材料を取り除いていきます、勿論軍属を強制するものでは有りませんが、まずは聞いていただきたい。
ひとつ、現在アメリカ合衆国の国籍を持つ巨人は5人居ますが、全員アメリカ軍に所属しています。
彼らにはワシントンにある【穴】から這い出るモンスター退治をして貰っていますが、負傷の報告はほぼありません」
ジョンソンさんの説明は端的で、迂遠な言い回しは無かった。
基本的にモンスター退治は空爆で90%以上が殲滅される、小型のモンスターで通常兵器が効果的な第2級敵性生物がこれにあたる。
そして残りの10%、第1級敵性生物は巨人兵による討伐が主となっている。
「カテゴリー1に対して有効な火力はコストがとても高い、例えばバンカーバスターの様な貫通力の高いミサイル等。
逆に巨人兵による純粋な質量攻撃はコストが低く、ミサイルがあまり効かない、数の少ないカテゴリー1には効率が良いと判断された」
「ですが、戦いとなると・・・」
「無論、怪我をしないとは言えませんが、巨人兵には十分な訓練と武器、防具を配備、最低でも3人チームで作戦にあたり、ある程度の安全は担保しております。
自衛隊、というより防衛省の方から漏れ出る情報から判断するに、日本ではサナさんには武器防具は支給しなかった様ですね、我々としては信じられない気持ちです」
ジョンソンさんによると巨人が暴れた場合、その為の抑止力の観点から装備を整えない判断も理解出来るらしい。
私達夫婦としてはサナはそんなことは決してしないと言い切れるのだけど・・・
「我々としては巨人が反旗を翻す行為はほぼ有り得ないと確信しております、第一に支援を得られない巨人はすぐに飢えてしまいます、第二に体の大きさから逃げる事は不可能に近い事。
それにアメリカ社会には銃が溢れています、もし暴れたらなんて仮定は巨人に限らず誰にでも言える事です」
「私達は、サナに強制したくありません、此処に居るしかないからアメリカ軍に居るしかない、なんて我慢を強いたくはない」
「ええ、あくまで提案のひとつです、戦えなどと強制はしませんよ。
例えば既存の巨人兵部隊の装備を運ぶ後方任務だけでも助かりますし、治水、土木、救助活動、いくらでも活躍出来る場所は有るでしょう。
ただ、巨人兵部隊に入れば仲間が出来ます、思うにサナさんが辛かったのは環境も有りますが、巨人仲間が1人も身近に居ない事も一因では?」
それは、確かにそうだった。
生活拠点を簡単に移すことが出来ないので自衛隊に居るしかなかったし、それ以上にサナと気持ちを共有出来る人が日本には誰も居なかったのもアメリカに渡る決断の理由だ。
此処、横須賀基地で初めてリリィ・クロフトさんと顔を合わせたサナは何処かホッとした様子を見せていたので、同じ巨人仲間が1人でも居る事でサナの心境も相当救われただろう事実は間違いない。
悩む私達に選択肢は多くない、まずはアメリカに渡って、国に所属するのは変わらなくても戦う必要は無いと言う。
「あなた・・・」
「うん、だが・・・」
「げえーっふ!!」
「「「!?」」」
ジョンソンさん達はあれこれと悩む私達を急かす事も無く待ってくれた、それでもずっと悩んでいられるわけではない。
その時だった、巨大なゲップが響き渡ったのは。
ビリビリとガラスを振動させた、それはもう豪快なゲップが、静かな部屋、いや、建物に轟いた。
ギョッとしたのは私達も、大使も基地長も同じ、自然と外へと視線を向ける。
そこには巨人のリリィ・クロフトさんとトレーラーのドライバー、そしてサナも居たのだった。
サナはトレーラーから伸びるホースを手に取りごくごくと喉を鳴らして何かを飲む、直後大きなゲップをしてゲラゲラと笑いあっていたのだ。
屈託なく笑う娘を見て私達は決心した、・・・ただゲップが切っ掛けなのは何ともアレな話だけど、きっと日本に居るよりはアメリカに渡った方がサナの為になるだろうと半ば確信していたのは確かだった。




