自衛隊 6
練馬区民の避難から数日、漸く防衛省は戦車や戦闘ヘリのロケット砲の使用を決定した。
私個人の考えでは遅過ぎたくらいだが、国民の反応は否定的なものが多かった。
「日本国内、しかも東京で戦車の使用なんてとんでもない」
「軍国主義の再来」
「巨人にやらせろよ、税金で食わせてんだろ」
「国内で戦争なんかするな」
「壁で【穴】を囲めばおけ」
人の評価を気にしてどうこうする段階はとうに過ぎている、戦争は既に始まっているのだから。
私は今回の作戦からサナちゃんを外せた事に一定の手応えを感じていた。
毒による体調不良を理由に長期療養を必要とする診断書を担当医に書いてもらい提出、また戦闘による心的外傷後ストレス障害PTSDの診断書も追加した事で、作戦への参加を無期延期とさせたのだ。
担当医も「子供に戦わせるのは間違ってるよ」と何も言わずに即日診断書を作成してくれて本当に感謝しかない。
再選定された使用火器は、10式戦車120mm滑口砲、対戦車弾。
99式自走155mmりゅう弾砲、多連装ロケットシステム 自走発射機M270 MLRS等、これまで使用を許可していた20mm機関砲などと比べて遥かに打撃力の高い物になっている。
ただ、先だって同盟国であるアメリカのワシントンにある【穴】でも大型敵性生物駆除に使用されたのは、なんとバンカーバスターであった。
バンカーバスターは地中貫通爆弾で、その名の通り地面を貫通して地下壕やシェルターを破壊する貫通力に優れた兵器である。
蟻を代表に【穴】からは大型の昆虫類が現れているが、通常の爆撃や小火力で駆除出来る対象を第二級敵性生物と分類。
次に、大火力を持ってしても多大なコストを必要とする、機関砲程度では足止めにもならない、蛇球のような硬いモノを第一級敵性生物と分類。
第一級敵性生物の駆除にアメリカ軍は数発のバンカーバスターを必要とした、と言うのだから自衛隊の火力は如何にも心許ない・・・
恐らく在日米軍とは協議している筈で、私のような下っ端には情報が降りてこないので分からないのだけど。
日本国としては先の大戦の記憶もあり、国民感情にも配慮して米軍の介入を止めているのではないかと思っている。
再選定された火器が通用しない場合、それ以上の火力となると戦闘機のミサイルや東京湾から練馬区への艦砲射撃になる。
特に艦砲射撃の場合、弾頭の軌道上になる東京はほぼ全域に渡って避難命令が必要となる為、人口1000万人を超える東京では現実的な方法では無くなるので、そうなると在日米軍による爆撃が・・・
いえ、その辺は私が考えることではない。
ひとつ気掛かりなのは、アメリカに存在する5人の巨人によって第一級敵性生物を駆除したとの非公式の情報がある事だけど、
「おいおい、マジで巨人食い過ぎじゃね? あの炊き出しひとつで200人前とかなんだろ?」
「食うのも多いなら、出るのもアレなんかな?」
と、宿舎からサナちゃんのテントへ向けて歩いて移動していた私の耳に避難民の声が届いた。
私はハッとした。
今私が居る避難所アリーナ傍の炊き出し場から、数百m離れた先に居るサナちゃんがビクリと震え、気まずそうに此方を見たのだから。
(まさか、この距離で聴こえたの?)
天王洲駐屯地のサナちゃんの家、通称アリーナを避難所として解放するか否かについての会議の時、私は反対した。
何故なら、サナちゃんの平穏はこの場所にのみ存在していたからだ。
一般人との距離を未だ近くにするべきではない、そう提言したのだ。
避難民は、言葉は悪くなるけど何処にでも行ける、サナちゃんは簡単に別の場所へ行く訳には行かないから、優先すべきは彼女の方だと。
しかし結局天王洲駐屯地は避難民を受け入れた、勿論数百m離してサナちゃんのテントへは避難民は立ち入り禁止と距離は開けたが、この距離であの子の耳に人の話が聴こえていたとしたら全く意味の無い事だ。
背筋に冷たい汗が流れた。
避難民はストレスを抱えている、それは【穴】のせいで避難した事から、国が、自衛隊がと、歩哨に立っている自衛官や炊き出しの自衛官にも暴言や不平不満を言っていると聞き及んでいる。
巨人として有名なサナちゃんの話題もまた事欠かないだろう、ましてやマスコミからほぼ隔離されていた巨人が目と鼻の先に居るのだから。
サナちゃんまで300m程の距離、朝食を食べている彼女の背に向けて私は呟いた、・・・この距離で聴こえる筈がない、と信じて。
「サナちゃん」
・・・ああ、なんて事だろうか。
最近テントから殆ど出てこないのは毒でまだ本調子では無いと、そう思っていたのに。
彼女は、振り向いて真っ直ぐ私を見たのだった。




