目覚めた私
目を覚ますと体は酷く重怠い、喉がカラカラに渇いていた。
飲み水のホースを取るとガブガブと飲み干して漸くひと心地つく、ふと傍らにはソファーが置いてあり、そこにはママが眠っていた。
「ママ」
声を掛ける、起きたママは私を見ると泣いてしまった。
私は蛇の毒に冒されて意識不明だった、今日で丸々3日が過ぎており、その間私は高熱に魘されていて、とても心配を掛けてしまったようだった。
ママはパパにすぐ様電話して私が目を覚ました事を報告、そして小夜さんも駆けつけてきた。
「サナちゃん、良かった・・・、ごめんなさい・・・」
小夜さんはとても憔悴していて目は真っ赤、髪も脂が浮いて、制服もシワが寄って草臥れていた。
今にも倒れそうで、でもそんな事はお構い無しに頭を下げる。
「小夜さん?」
「ごめんなさい、今回の件は私の不手際よ・・・」
【穴】にまつわる駆除作業、そして現れた新しい敵性生物による怪我、私の身の回りを取り巻く今の環境全てに小夜さんは申し訳ないと顔を歪ませる。
私は気にしていない、出来ることはないかと聞いて自分から手伝いを申し出たんだから。
「でも、言わせたのは私達自衛隊だわ、サナちゃんは子供よ、未成年で、普通の生活を送るのに気を遣わせて、こんな・・・」
何度も頭を下げる小夜さんに私は困ってしまう、ママを見ても何も言わず、・・・ううん、ママは見たことのない複雑な表情で顔を強ばらせていた。
あれ? 小夜さんとママはそれなりに仲良くしていたはずだ。
それなのに小夜さんを止める事もなく、謝らせるままにする態度に私は何処か違和感を感じていた、何かあったんだろうか?
「ねえ、ママ、何かあっ・・・」
「それより小夜さん、サナに説明する事がありますよね」
ママの声がビックリする程冷たい、小夜さんはとても言いづらそうにして口を開いた。
私が眠っていた3日の間に色々と取り決めがあったそうだ。
蟻以外の敵性生物が現れた事で、国は【穴】が存在する東京都練馬区全域の避難命令を発令した。
今後も蟻、蛇球に続いて、別の巨大敵性生物が現れるだろうとの予測からだ。
自衛隊と行政による避難と封鎖、また自衛隊は使用する武器の再選定が今現在行われている。
そして、練馬区住民である約75万人の避難先、避難所の設置は東京都と国に委ねられた。
「それで、サナちゃんの家、アリーナが数千人受け入れ可能な場所として、明け渡しが決まってしまって・・・」
東京都内のホテルや公共施設を総動員しても75万人の避難先の準備は容易ではなく。
私の為に建ててもらった住処、天王洲駐屯地のアリーナも数千人受け入れ可能なのでパーテーションで区切り、避難民の受け入れ先として決定した。
私は初めて天王洲駐屯地に来た時と同様、クレーンを四隅に立てた簡易テントに移動することになったそうだ。
***
季節は初秋を過ぎて、気温も下がり始めた時期。
コンクリートの床にいくら敷物を置いても、仮説テントではちょっぴり底冷えも感じていた。
トラック用の幌を継ぎ接ぎにしたものなので海風でバタバタとたなびくし、特設アリーナの壁の厚さに慣れた私にとっては眠りの浅い、あまり過ごし易いとは言い難い日々を送っていた。
「すみませんここから先は立ち入り禁止になってます」
「マジかよ、巨人見れると思って来たのに」
「ねえお兄さん、ちょーっと巨人見物に来ただけだから」
「・・・立ち入り禁止区域なので」
アリーナには3000人程の区民が避難して来ていた。
そこから数百m程離れた海側に私のテントは設置されたのだけど、元は障害物の無い滑走路上という事もあって人の会話も巨人となった私の耳によく届いた。
「つかさ、あの時停電したのって巨人のせいっしょ? ひとこと言ってやりたくね?」
「蟻だか蛇だか知らねえけど、とっととぶっ殺せよな」
「予約してたテレビぶっ飛んだけどー」
「家潰されそうになったんだけど」
「自衛隊もしっかりしろよなー」
「避難所って眠りにくい」
「穴なんか埋めろよ」
「迷惑料払って貰えるんだろうな」
「遠目に見たけど、働いてねー癖に巨人メシ食い過ぎだろ」
色んな声が聴こえた、自衛隊への不満、国への不満、私への不満。
悪口、陰口、不平不満、近くに増えた人達の多くの言葉が耳に届くので、あまり外には出ずにマットの上でジッと過ごす事が増えた。
蛇の球と戦った以降、小夜さんからは何も依頼がない、【穴】周辺の家屋撤去も蟻や蛇の駆除もない。
「気にしないで、アレは私達自衛隊が何とかするべき問題だから」
化け物の問題が片付いたら、また施設科の皆と一緒に頑張ってもらうから今はゆっくりしていてね。
と、あれからいつも疲れた様子の小夜さんは言っていた。




