1年後
この1年、私は大学受験に向けて頑張って来た。
授業は勿論、クラブ、ボランティア、任務、統一試験とそれなりに医大へ行ける成績を取った。
アメリカの大学試験は基本的にAOで、高校在学時の成績と統一試験の結果、英語試験、そして推薦状を2.3通用意して出願する。
推薦状は担任の教師に依頼するのが最もポピュラーで、他にも外部にお願いすることも多い。
私は所属のワシントンDC前線基地の司令官とアメリカ合衆国大統領の推薦状も合わせて提出している。
ズルのような気もするけど、これはこれで私の置かれた環境で得られた知己(という名のコネ)なので、遠慮無く依頼して書いてもらった。
特に大統領が1人の国民を贔屓するなんて有り得ない、だからこそ客観的な資料と意見を持って書かれた推薦状は説得力を持つのだと言われた。
成績も合格平均値には届いているし、ボランティアや軍の任務で社会貢献も十分にして来た。
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃいサナ、あ、待て待て忘れ物だよ」
「え?」
見送られてホームを出る直前、リリィに呼び止められた。
振り向くとリリィの手が私の首に添えられて、互いに頬へキスを交わした。
「大丈夫、サナなら」
「うん」
コツンとおでこを合わせて、もう一度キスをする。
「まあ2度か3度受けたら合格するさ!」
「ちょっと、今から面接受けに行く人間に言うこと!?」
「Hahaha!医大は難しいからねえ、まあ失敗しても死ぬ訳じゃあない、気楽に行ってきな」
「うん」
そう、今日は私立ジョー・ポプキンス大学医学部の面接の日だ。
ワシントンDCからも程近いメリーランド州名門大学で世界でも有数の名門大学、そこの医学部合格を私は目指す。
大学構内、私の面接場所は芝のグラウンドど真ん中で行われた。
学長や担当部科長など大学でも上層部の方々が時間を作ってくれたのだ。
「—————と思い、医学を志しました」
「なるほど、因みに部隊のお仲間が怪我した事も有ると思いますが、その時はどうされました?」
「はい、事前に担当軍医から指導は受けていたのでマニュアルに則って対応しました、でも身内の対応には中々平常心を保てなかったのでメンタルコントロールには苦労しました」
「そうだね、我々でも身内の対応は難しいと思う」
「サトー君は—————」
概ね手応えはあった、まあ自分の経験や考えを相手に伝えるだけだからね。
学校生活、任務、軍について、ボランティア、チアリーディングクラブ、収入証明書なども質問される。
「私より貰ってるな・・・」
「えっと・・・」
「Hahaha.まあサトーくんの生活様式だと一般的な給与と変わらないだろう」
「あ、はい、食費は高くつきますし、衣服はどうしてもオーダー品になってしまうので」
「女の子だと服は妥協したくないよね、ウチも娘が居るから分かるよ」
最初は形式ばった内容の質問も一通り答えると割りとざっくばらんな雰囲気になった。
日常生活だったり、家族の事だったり、逆に質問で医学部に入れた場合、私の実習はどうなるか、とか色々聞いたりもした。
「サトーくんの場合はどうしても指導医や実習、実技は難しい」
「但し、此方としても有望な学生の道を断つような真似はしたくないからね、一先ずVRでの対応を検討しているよ」
「VR・・・」
巨人の私が医学部で避けて通れない道が実技周りになる、薬学とかを専門にした方がいいかも知れないと考えた事もあるし、内科だと私でなくても良いんだよね。
処方して薬を飲めればいいんだから、となるとやはり体のサイズを考えると外科を専門にした方が一番良いと判断した。
「関係各所と調整していてね、どうにかVRを実技の単位として認められそうだ」
「その代わり通常よりも必要なコマ数は多くなるが・・・」
「あ、いえ、頑張ります!」
その時だった、けたたましいサイレンが私のスマホ端末から鳴り響いたのは。
「っ」
勿論面接前にマナーモードには間違いなくしている、それでも鳴ったのは、
「サトーくん?」
「・・・申し訳有りません、軍の緊急警報です」
私の不作法に何人かは一瞬眉をひそめたけど、理由を聞いて納得してくれた。
ただ、面接はここまでだ・・・
「本当に申し訳有りません、お時間を割いていただいたのに、・・・退席させていただきます、後日謝罪の場を・・・」
「いや、大丈——————」
私は面接官の話も途中に立ち上がった、今日は大学試験と申請を出して外出している。
余程でない限りは私にコールは来ない、つまり余程の事があったという事だ。
最低限持ち運びしていたスーツケースからインカム2つ、HUDコンタクトを着けて、小太刀を取り出した。
『サナ!今大丈夫?』
「・・・大丈夫、イブ何かあったの?」
『ごめんなさい、・・・【穴】から複数の第一級敵性生物を確認、部隊は緊急出動したのだけど、その内の二体がメリーランド州へ向かってしまったの』
「リリィ達は?」
『他の処理に手一杯で、どうしても間に合いそうになくて』
「分かった、行くよ、サポートお願い」
『ええ』
「サトーくん?」
「敵性生物がメリーランド州に向かってます、頑丈な建物に避難して下さい」
「! 分かった、構内に」
返事を聞く前に私はHUDコンタクトに映し出された場所へ向かって移動を始めた。
人が多い場所だ、時間はあまり無い、一体は狼型、もう一体は泥の巨人だ。
小太刀一本、インカムとコンタクトのみ、服はスーツで防具もブーツも無い。
でも、やらなければならない、狼型も泥の巨人も人が逃げ切れる相手では無い、ましてや泥の巨人は人を取り込む恐れもある。
この事実は一般には公表されていない、敵性生物が人を取り込むなんて不安を煽る訳にはいかないからだ。
あー、面接の手応えは良かったけど、途中退席なんて論外だ。
ため息をつきそうになるのを堪えて、私はナビに従い足下を注意しながら目標地点を目指した。




