アナスタシア 3
父母とタブレット越しに話をした、1年半振りに見た両親は頬が痩け、顔色も良くない。
「アーニャ!無事で良かった!」
「大丈夫?酷い目に遭ってない?」
酷い目には遭った、でも今の両親の前で愚痴を吐き出す事は出来ないと思った。
「大丈夫、食事はあったし酷い目にも遭ってないから」
嘘じゃない、ロシア軍でもそれなりの食事は出ていた。
大変だったのは軍事侵攻で乗っていたロシア海軍旗艦が沈んだ位で、捕虜となってからは日本でもアメリカでも十分に・・・
いえ、ロシアより遥かに良質な食事が供されていた。
敢えて挙げるとしたら故郷の料理が恋しいくらいか、捕虜の身としては望むべくもない。
「父さん、母さんは痩せた?」
「私達は大丈夫だ、何も問題は無い」
両親は口を揃えて言った、そんな筈はないのにワタシに心配を掛けまいとして気丈に振舞っているのは明らかだ。
ワタシは何を見ていたんだろう、祖父母は明らかに媚びる様な欲に染まった眼をしていた、顔を出しに来ても早々に帰って行ったというのに。
父と母からはそんな色は全く見えない、純粋にワタシを心配している。
違う、ワタシは両親に売られたと言われてわかり易い希望に縋っただけだ。
祖国がそんな甘いものではないと今では理解しているけど、あの時は巨人になってしまって不安なワタシは自分に都合のいい拠り所だと軍を信じた。
ワタシはこれまでの経緯を話し、父さんも母さんもワタシ引き離されてからの事を教えてくれた。
ロシア軍はワタシが家を離れた直後、2人に金で全てを黙認する様に迫ったという。
たった10000ルーブル、それがワタシに付けられた値段だった。
勿論両親は頷かない、すると軍担当者は嫌らしい笑みを浮かべて100万ルーブルに引き上げたという。
金の問題では無いと父は怒った、母は家から退去を求めた、すると軍の態度が一変した。
突然父を殴り、2人を拘束、何処かも分からない部屋に押し込まれ、1ルーブルだけ投げて寄こした。
「欲をかくからこうなる、お前らは一生此処から出る事は無い」
両親を殺さなかったのはワタシに対する保険だったのだろう、食事は出たけど部屋からは一切出られなかった。
一日二食、2人分の食事は時間が経つにつれて少なくなり、しまいには一日一食、その一食も一人分にも満たない量になった。
幸いな事に部屋には水道があったので、何とか食い繋いで生きているだけの生活を送っていた。
そんなある日、銃声と共に部屋の扉が開いたという。
「I'm here to help, you can choose to starve here or go see your daughter.」助けに来た、此処で飢えるか娘に会いに行くか選べ
突然の出来事、英語での呼び掛け、空腹で意識は朦朧としていたが両親は即座に選択した。
勿論、ワタシに会いに行く方を。
それからは急転直下、車に押し込まれると数時間走りっ放しで移動した。
陸路から空路、そして国を幾つか回って、漸く辿り着いたのがアメリカで、そこでワタシがロシア軍の侵略に参加していた事、艦隊は全滅、その際に捕虜になっていた事を聞かされたそうだ。
「そう、だったんだ・・・」
「良かった、アーニャ、無事で」
「本当に・・・」
何か言わなければと思っても、言葉が出て来ない。
あっという間に約束の30分は過ぎて通信は遮断されてしまった。
ああ、良かった。
父も母も生きていて。
良かった。
両親はワタシを売らなかった。
熱く流れる涙を拭う事も出来ず、ワタシはただただ泣き続けたのだった・・・




