スミルノフ 5
「う・・・」
「おー、起きたかいスミルノフ」
ここはワタシの部屋?
なんで寝てるんだっけ、クロフトが椅子に座って私を見下ろしていた。
「覚えてるかいスミルノフ、サナに負けたんだよ」
ああ、そう言えばサトーとボクシングする事になって、第3ラウンド終盤に仕掛けたんだっけ。
上手くやったつもりだった。
ストレートを見せ球にして距離を詰め、ブーツを踏んで動けない所へフックを叩き込んだと思ったのに、躱されたと思った瞬間にブツリと記憶が途切れていた。
「カウンターを被せたんだ、アンタの死角から綺麗に顎に入って気絶だ、Hahaha」
クソ。
サトーがあんなに強いなんて聞いていない、ヘラヘラと苦労も知らずにノホホンとしているお嬢様があんなに、
「ヘラヘラして苦労知らずのお嬢様」
クロフトが突然私の思考を読んだように言った
「なんてサナの事を舐めてたんだろ、最近は講習で参加していないけどサナはアメリカ陸軍の巨人特殊部隊守護者の一員だよ、戦歴くらい自分で調べておくべきだったな」
「特殊部隊? 戦歴?」
「おいおい、そこからかい!」
クロフトは懇切丁寧に説明した。
サナ・サトー、日本人とアメリカ人の両親を持ち、世界同時多発巨人化現象により巨人化。
日本の自衛隊に保護された後、東京災害を機にアメリカへ移住、二重国籍を改めアメリカ国籍を選択。
アメリカ陸軍巨人特殊部隊守護者の一員として従軍、第一級敵性生物の討伐により准尉昇格、米日安全保障から日本へ派遣、東京災害を治める事に貢献。
第二級敵性生物討伐数391、第一級敵性生物討伐数4087、領域外敵性生物討伐数257を記録。
「え」
「え、じゃないよ、アンタ軍に何を言われてたんだ」
ワタシの知るサトーは、大恩ある祖国の危機を放置してアメリカに降った非国民。
東京災害で苦境にある日本に対して、アメリカの尖兵として侵略に加担。
ロシア軍は侵略の憂き目に遭っている日本を救うべく、艦隊とワタシの派遣を決定した。
「・・・何処から指摘していいんだコレ」
「?」
途中、クロフトはポツリと何かを呟いたけど、あまりに小さいのでワタシには聞き取れなかった。
ロシア軍は北海道を足掛かりに南下して日本をアメリカの手から解放すべく進軍。
しかし日本の艦船からは領海侵犯を理由に退去せよとの話だ、それは卑怯にも裏で日本を操るアメリカの策略で、それを見抜いていたロシア艦隊は止まらない。
しかし卑劣にも不意打ちを仕掛けられた事で艦隊は壊滅、ワタシが乗っていた旗艦も沈められた。
「なんでアメリカに来たんだよ、素直にロシアに帰れば良かったろ?」
「アメリカのエージェントに「家族に会いたいだろう?」って脅されたから来た」
でなければこんな所に来る訳ない。
「脅されたぁ? ジョセフ!入って来な!」
「はいはい」
クロフトが座っていた近くの扉を開けるとスーツを着たエージェントらしき男が部屋に入って来た。
「なんか知ってるか?」
「知ってる、というか誤解でしかないな」
「説明」
「はいよ、アナスタシア・スミルノフ、キミは誤解している、我々アメリカ合衆国は国際法に則り、捕虜を脅したりなど非人道的な行為は行っていない」
「ウソだ、ワタシは言われた、家族に会いたいならアメリカに来る事を了承しろ、って」
「だから、それは誤解だと言っている、キミの言う家族とは誰を指しているのかな?」
家族? ワタシにとっての家族は2人しか居ない
「祖父と祖母の2人」
「御両親は?」
「あんな人、親なんて思っていない」
ワタシが巨人化して1時間後には軍が家まで来た、生活や衣服、住居を理由に軍が一時的にワタシを保護する、そんな話だった。
でもあの時別れてから両親は一度もワタシに会いに来た事はない、替わりに祖父と祖母が心配して頻繁に会いに来てくれるようになった。
担当のエージェントは言った、両親は金でワタシを売った、だから祖父母だけがワタシの家族だ。
「逆だよアナスタシア・スミルノフ、軍が金銭でキミの身柄を要求した、御両親はそれを断ったから排除されたんだ」
「え」
「お爺さんとお婆さんは軍から金銭を貰えるからキミの御機嫌伺いという仕事をこなしていたに過ぎない」
「ウソだ、信じない」
「キミが何を信じるかはキミの自由だ」
ウソだ、あの優しい祖父が、祖母が仕事?
両親は排除された?
じゃあワタシがしてきた事ってなんだったの?
「此方で保護をしたキミの家族は祖父母ではなく御両親だよ。
キミが恨んでいると言うなら会わせる事は出来ないがね?」
「え、生きて、?」
「おいジョセフ、言い方が悪趣味だよ」
「これくらいは言わせて欲しいね、軟禁されていた彼等を第三国を経由して、わざわざ死亡も偽装してまで漸く連れて来たんだ」
「はあ、で、どうだいスミルノフ、これだけでもアンタが得ていた情報の信頼性は揺れているんじゃないかい?」
それは、確かに祖父母と両親の事が事実だとすれば、サトーについて語られた情報も怪しいものだった。
ワタシはサトーを売国奴だと教えられて信じて来た、だからアメリカに来ても彼女と馴れ合う気はサラサラ無かった。
敵だと教えられたアメリカが、ロシア軍に軟禁されていた両親を保護してくれた?
分からない、何を信じていいのか、だってアメリカが疑念をワタシに植え付けようとしている可能性もある。
そうだ!
「りょ、両親に会いたい・・・」
会ってみれば分かることもある筈だ
「許可出来ない、キミは短慮が過ぎる、ロシアの言う事をそのまま信じて、目の前に居た本人を省みる事も無かった。
国防総省もホワイトハウスもキミを信用していない」
「じょ、情報なら話すから、だから」
「北海道海戦で拘束した下士官や上級将校から既に情報を得ている、今更キミの情報に価値が有るとでも?」
「う、」
「おいおいジョセフ、少し厳し過ぎやしないかい、サナの時はもう少し優しかったろ?」
「ははは、リリィ、サナは友好国である日本から来た、受けた教育も背景も比較にならないだろう?」
全部ぐうの音も出ない正論だった。
ワタシは今日まで非協力的で、サトーも敵視、信じて貰おうと思っても信用の積み重ねも無い。
「あー、じゃあそうだな、せめてテレビ電話なら良いだろ?」
「ふむ、それはそうだけど」
「ワタシ、謝罪します! 協力もするから、だからっ」
「ほら、本人もこう言ってるし、な!いいだろジョセフ」
クロフトだってワタシに思う所はある筈だ、それでも彼女はワタシの為に・・・
「良いだろう、アナスタシア・スミルノフ、キミの今後に期待して御両親との通信を許可する。
先ずは一度、30分のみ、以降はキミ次第だ、ああ、それと人質と思われるのも面白くないから言っておくけど、御両親は元気に過ごしている怪我も病気も無い」
「あ、アリガトウ」
「おっ、良かったな!スミルノフ」
ポンと肩を叩いたクロフトは自分の事のように喜んでくれた、ワタシはこれから改めていかないといけない。
***
「茶番だな」
「だが必要な事だった」
「Hahaha.ジョセフ恨み買ったんじゃないかい?」
「それはそれ、仕事の一環だよ」
アタシとジョセフは一芝居を打っていた、こうでもしないとスミルノフへ道筋が立てられなかった。
非協力的でロシアも返せと煩い、恩を売る為に返しては?なんて話も出ている、でもロシアに戻ったスミルノフがどうなるか、あまり良い期待は出来ない。
「リリィ上手くやれよ、別に彼女がアメリカに居る必要は無いが、他国に渡すのも癪だ」
「こういうマッチポンプは騙すみたいで気が進まない」
「少佐・・・、佐官になったんだ、これくらいは飲み込んで貰わないと困る」
「分かってるよ、でも出来るだけ嘘は減らしたいね」
「それは彼女次第でもあるし、我々の腕次第でもあるな、嘘を言う事と真実を言わない事はイコールでは無い」
「性格悪いねぇジョセフ」
「性格が悪いだけで国防出来るなら安い物さ、戦争するよりもな、そうだろ?」
「へいへい、そうだな」
あーあーやだやだ、アタシはこういうのは向かないってのに。




