日本開戦
私は東京での作戦に従事していたので北海道宗谷岬沖で起きた事に関しては全く知らない。
巨人特殊部隊が帰国した翌日の正午、総理がこれから国民に伝える事実がそこにはあった。
時系列としては敵性生物殲滅作戦の最終盤、1週間程の話になる。
xxxx年x月x日xxxx時、北海道宗谷岬沖でロシア海軍艦隊を確認。
同時刻、海上保安庁巡視船4隻による英語ロシア語での領海侵入に対する警告を行う。
同艦隊は警告を無視、進路変更は確認されず。
繰り返し巡視船は警告を行った。
同日xxxx時、ロシア艦隊の全構成を確認。
先日黒海で沈んだスラヴァ級ミサイル巡洋艦の同型艦ヴァリャークを確認。
次いで潜水艦が合計8隻、駆逐艦5隻、フリゲート3隻、コルベット8隻、高速戦闘艇9隻、戦車揚陸艦10隻を捕捉した。
「え? なんで潜水艦の数までここで捕捉してるの?」
レーダーで探知した?
作戦行動中と思われる軍艦を海上保安庁の巡視船が捕捉したのには違和感がある。
そして原則、沿岸国の領海内を外国の軍艦や哨戒艦艇が通航したとしても直ちに国際法には違反しない。
沿岸国の平和・秩序・安全を害さないことを条件に、事前に通告することなく、外国の船舶も沿岸国の領海内を通航することが出来る権利を有していて、その権利を無害通航権という。
この時点で明らかに侵略の意図はあったものの、それを断じて臨検などは行えない。
民間船なら兎も角、相手は軍艦、領海侵犯の時点で官邸には報告が挙がった。
海上保安庁への指示は「退去命令を継続、一定の距離を保ち監視を続けろ」というものだ。
この際、警告射撃等はしないよう厳に指示が下されている。
続けて巡視船は活動の中止や領海外への退去を要求、ロシア艦隊は何れも無視。
xxxx時、ロシア艦隊は稚内港へ進路変更。
xxxx時、稚内港東端へ戦車揚陸艦一隻の接舷を確認。
以上の事からロシアによる侵略と断定、自衛隊、米軍の合同部隊による自衛権を行使。
xxxx時、海自潜水艦18隻、米軍潜水艦9隻による先制攻撃、同ロシア潜水艦5隻撃破、ミサイル巡洋艦ヴァリャークに魚雷四発命中を確認。
「???」
同、駆逐艦4隻撃破、戦車揚陸艦9隻撃沈、接舷中の1隻を拿捕。
「???」
xxxx時、フリゲート3隻、コルベット5隻、高速戦闘挺3隻の戦闘能力を喪失。
xxxx時、駆逐艦1隻炎上、同潜水艦3隻を航行不能に追い込む。
xxxx時、スラヴァ級ミサイル巡洋艦の同型艦ヴァリャーク轟沈。
尚、稚内港当該区域の民間人は事前退去済み、被害は港湾の一部損壊のみに留まる。
「どうですか?」
突然掛けられた声に私はビクリと肩が跳ね上がった、彼は東京作戦司令部で話すようになった防衛省の情報管理官の1人だ。
サナちゃん達巨人特殊部隊の話で立ち話をしていた所、流れでロシア艦隊の話を聴いてみたら「見ます? どうせ正午には分かることだけど、目ん玉飛び出ますよ」と言って出した資料がコレだった。
「ど、どうって、これ、戦争、え、先制攻撃?」
自衛隊が?
現在進行形で西側諸国に仕掛けているロシアが、二正面作戦で日本へ侵略。
これだけでも驚愕しているのに・・・
「少し前にロシアの議員が言いましたよね、北海道の権利はロシアのものだ、って」
「あったわね」
「あれらの発言や東京災害の混乱、自衛隊のリソースの大半は東京に注がれ、北海道は手薄。
少し前とある情報筋から得たものも有り、極秘裏にサハリンを中心に監視してたんですよ、勿論総理の指示で」
「・・・」
戦後の混乱に北方を掠め取られたのは歴史的事実だ、確かに今の日本の状況を考えると仕掛けて来かねない情勢ではあった。
実際、北海道に展開していた機甲部隊、それなりの数の戦車が東京戦線構築の為に再編成もされている、手薄なのだ。
「これ、見て下さい」
「こ、これ」
彼が差し出したのは自衛隊の武器使用に関する特措法の一文だった。
婉曲な表現と言い回しで分かり辛いものの、要約すると「上記期間中に限り、自衛権の行使の際は、自衛隊の先制攻撃を可能とする」というものだった。
「読んでた?」
「動かせる潜水艦は全て待ち構えてました、稚内市内には米海兵隊が対空砲や自走砲を配置。
あちらさんは舐めてくれましたよ、日本の攻撃は無い、電撃的に攻め込めばこちらのものだ、とでも思っていたでしょうね。
実際、敵艦隊の航空戦力はお粗末なものでした」
それは東京災害までの自衛隊の話しだ、今は武器使用のハードルはとても低い。
災害前に電撃的に稚内市へ戦車の揚陸を許し、港を占拠されていたら確かに手も足も出ないだろう。
市全体が人質の様なもので、肉の盾として展開して行くのは西側への軍事作戦を見ても明白だ。
いくら武器使用のハードルが下がっていても、国民が居る土地へ自衛隊が撃ち込める筈がない。
「彼等は油断しきっていました、空からの偵察を怠る程にはね」
そもそも航空戦力が偵察に来たとしても、対空砲等が万全の布陣で待ち構えているのだから、射程に入った瞬間撃ち落とされていただろう。
せめてセオリー通り、偵察に歩兵を出していれば防げた事態だ、それほどに日本の自衛隊が舐められていた証拠でもあるけど。
「無警戒にも戦車揚陸艦を接舷、この時点で完全に侵略行為は成立しました」
魚雷で先制攻撃、防ぐ方法は限定的で回避かデコイを使って祈るしかない。
特に日本の潜水艦は、米軍との合同演習においても発見出来なかった程の隠密性を有している。
油断しきっていた所へ、背後や直下から撃たれればひとたまりも無いだろう。
対空迎撃に優れているとされるスラヴァ級ミサイル巡洋艦のヴァリャークも海中で突然現れた魚雷攻撃、陸地からは飽和攻撃と何もさせる事なく沈んでいる。
敵軍損耗率95%以上、文句の欠片も無い全滅判定、完全勝利だった。
「あ、それと資料には書いてませんが、スラヴァ級に巨人乗ってました」
「っ、え? は? 馬鹿なの!?」
「絶対勝てる戦、のつもりだったんでしょうねえ」
彼は苦笑して肩を竦めた。
私も呆れるばかりだ、だってモスクワに【穴】が有って、あっちでもモンスター災害に見舞われている。
西側への軍事作戦、モンスター災害を抱えての日本国への侵略行為、二正面作戦どころか三正面作戦なんて有り得ない。
日本が言えたセリフでは無いけど、虎の子の巨人をこんな雑な作戦に使って失うなんて有り得ない失態だ。
まあスラヴァ級ミサイル巡洋艦を失っている時点でそれ所では無いのだけど。
確かに以前の日本なら容易に侵略も許していただろうし、巨人が歩兵として市街に存在するだけでも脅威と言える・・・
「お粗末過ぎない?」
「腐敗も進んでいるようです、数百万と家族の移住を条件に機密情報も得られました」
「待って、情報が渋滞を起こしていて処理出来ないわ」
「ははは、ですよねぇ! いやあ日本も驚くぞ!」
何を楽しそうにしているのか彼はとても愉快そうに笑った、日本どころか世界が驚くニュースだ。
ロシアの日本侵略、自衛隊先制攻撃、艦隊全滅判定・・・
そして、世界初、
「ロシア人、巨人の捕虜・・・」
私は決意した、自衛隊を辞めてアメリカに渡る!
これで自衛隊に、日本に居座る程、心臓に毛は生えていない。




